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40.素材と階位


魔力保護の付与の見学を終えて、私はルクスたちと共に、部屋を出た。


「コレティオ。無事に終わりました。ありがとうございます」

「いえいえ。それでは私は残りの付与をしてまいります。…………背表紙のレールの素材と色をこちらからお選びになっていてください。直ぐに済ませてまいります」

「はい」


コレティオは色んな色の紙束と色んな素材を、同じ大きさに切り取ったような束を、カウンターの上に置いて、先程私たちが借りた部屋に向かって行った。


それを見送って、ルクスは早速、目の前の素材の束の方を手に取る。



素材の束は厚さや質感、元々の色がそれぞれに異なっている。

色の束の方は、階位の高い色から低い色まで移り変わるように綺麗に並べられて積み上がっている。


ここに用意されている中で、一番階位が高い色は真っ黄色だ。


白色のものはあるにはあるが、そちらは色の紙束ではなく、素材の束の方にある。

素材の束の方で白いものは、元々の色が白く、中には魔術相反で階位が高くない白色もある。


「オデット様。こちらを触ってみてください」

「うん」

「好きな手触りの物や気に入った質感の物はありますか?」

「うーん…………」


私は言われた通りに、素材の束を触ってみた。


つるつるとして木製の家具のような手触りの物。

しっとりとして革製の靴のような物。

ふかふかしていて長椅子の座面のような布っぽい手触りの物。


色々な物がある。その中に一つ、他とは違う感覚の物があった。つるりとしていて硬そうなのに曲げられる柔らかな、輝きを秘めた物。


「これ、魔石みたい?」

「ご慧眼恐れ入ります。そちらは、魔石を糸にして紡いだ魔石糸の布です。持ち主の魔力が滲んでくると手に馴染み、付与の効果が高まります」

「ふーん」


魔石を糸に。どうやるのだろうか。いつか、その工程を見てみたい。


そう考えながら、次々と束になっている素材を触っていった。

かなりの数があるので、ゆっくり見ていると一日かかってしまいそうだ。


その中で、私は何となく良いなと思った手触りの物を見つけた。


「これは?」

「そちらは、子牛ですね」


ルクスは素材の端につけられた札を見て、教えてくれた。


「牛の革ですが、この心地よい柔らかな手触りと温かみのある質感が特徴の物です」

「うん。手触りが良いね」

「そちらになさいますか?」

「うん」

「色は揃えましょうか。そちらの方が魔術的にも馴染みやすいので」

「いいよ」


やはり、ルクスは魔術的な要素を気にするようだ。

しかし、ルクスがそう薦めるのであれば、そちらの方が良い理由が色々とあるのだろう。


そう思って私は了承した。それに正直、似合う色とか言われても分からないからね。



私は残りの待ち時間を色見本の紙束をぱらぱらと見ながら過ごした。


「似ている色が多いんだね」

「そうですね。隣に並べて、やっと違いが分かるくらいですが、やはり少しだけ魔力量や階位は異なるのですよ。今後のお勉強でお教えいたしますね」

「うん」



かちゃりと扉が開く音がして、隣の部屋からコレティオが出て来た。

彼は一仕事を終えた後のような達成感と疲労感を微かに滲ませて、こちらにやってきた。


「お待たせしました。いやはや、ルクス様の付与は流石ですね。職人顔負けですよ」

「いえ、流石に職人を名乗れるほどには熟達していませんから」

「ははは。ご謙遜を。それで、背表紙はお決まりですか?」

「はい。子牛で表紙と色を揃えたいです。」

「承りました。何か、刻印はされますか?」

「そうですね。裏表紙の内側に記名をしておきましょうか」

「はい。魔術刻印で?」

「いえ、オデット様はまだお作りになられていませんので、名を刻めますか?」

「私はレーノまでしか刻めませんが、大丈夫でしょうか」

「あ、そうですね。すみません。今の言葉は忘れて下さい。刻印はなしでお願いします」

「畏まりました。それでしたら、染色、定着、同質化だけですね。まだお時間は問題ありませんか?」

「はい。今日は時間がありますから、大丈夫ですよ。他にも揃えたい物があるので、店内を見ていても良いですか?」

「はい。どうぞ。それでは、私はファイルを作って参ります」


コレティオは素材の束と色の紙束を片付けると、再び、隣の部屋に戻って行った。


「それでは、筆記具を見に参りましょうか」

「筆記具…………」

「はい。オデット様がお使いになられる物ですよ」


私が使う物。今は、書斎や会議室に元々設置されているペンとインクなどの一揃えの物を使っている。それとは別に自分用の物を買ってくれるということなのだろう。


「今使っている物は?」

「あれは、備え付けの協会の備品ですね。定期的に手入れはしておりますが、やはり御自分の物があった方が良いでしょう」


そういうものなのだろうか。でも確かに、自分のペンがあったら、沢山書きたくなってしまいそうだ。何と言うか特別感が違う。


しかし、書き物をするという役割では協会の備品で十分なので、この気持ちのためだけに買ってもらうのは、何だか申し訳ない気がする。


いやでも、ルクスの中ではもう購入することは決定事項のようなので、私はそのペンを大事に使ってあげるくらいしか出来ることはない。


「…………勉強を頑張るよ」

「それは嬉しいですが、日記や覚書というように、今までと同じように、ご自由にお使い頂いて良いのですよ。物はいつかは壊れてしまうものです。その時はまた新しい物を買いに来ましょう」

「分かった。ありがとう」


ルクスは笑顔で頷いてくれた。私はその表情を見て安心してしまい、思わず頬が緩んだ。



また買いに行く。


そう言ってくれたことが嬉しかった。

ルクスとこの先も居られるような言葉をくれたから。

もし、それが叶わなくても、今、この時は、そう思っていてくれている、というだけで嬉しいのだ。



後になって考えてみれば、この時には既にルクスはこのような言葉を口にしていたのだから、お互いに無自覚でも、その気持ちが芽生えていたのかもしれない。



私がお礼を言うと、ルクスは重ねるように握っていた手を、軽くきゅっと握った。


嬉しそうな、照れたような表情とその仕草が相まって、ルクスがとても可愛く見えた。やはりルクスは可愛い。


私たちが最初に見たのは、筆記具ではなく、紙の方だった。筆記具の区画はもう少し奥にあるようで、その手前の紙が並んだ区画で、ふとルクスが立ち止まったのだ。


「紙の白色は魔術相反の代表的な例の一つです。紙が発明されたばかりの、貴重で流通量が少なかった時代のものでも、その階位は低かったようです」


ということは、その物の流通量とか貴重さというものは、魔術階位には関係のないことなんだな。


勿論、階位が低ければ、多くの人が扱えて、広まっていく。

でも、流通量が多いから階位が低くなるわけではない。


もし、流通量で階位が決まるのであれば、地域によって、同じ物でも違う色をしていることになってしまうからね。

階位は階位として、生まれ持ったものということなのだ。


「ですから、魔術相反の現象の原因の解明には未だ至っていません」


そうなのだな、とルクスの話に相槌を打つ。魔術は古くからあるようだけど、まだまだ分かっていないことが多そうだ。


「私がよく使用しているのは、このウィテハ・シヴァレという色のノマレという厚みの紙ですね。…………どのようなペンやインクを使用するかで、紙を選ぶ基準も変わりますから、ペンを見に行きましょうか」


魔術の解説をしていると、ルクスはちょうど自分がよく使用している紙が目に入ったようだ。


それをすりすりと触りながら、教えてくれた。

しかし、直ぐにはっと我に返って、ペンを見に行く道中だったことを思い出したようだ。

軌道修正をして、ペンの区画に足を向けた。



「ペンの種類は魔術的な観点から見ると、主に二種類に分けられます。一つは魔力をインクとする、または魔力を含んだインクを使用するペンです。そして、もう一つは魔力を含まないインクを使用するペンです。普段使用しているのは後者で、前者は儀式や重要な書類の署名、契約書類や魔術陣を書く時に用いられます。魔力を含んでいる必要があるかどうかで、使い分けます。魔力を含んだインクは個人を識別したり、魔術を発動させたりするのに必要です。そちらは必要になった時に、また揃えましょう。本日は普段、ご使用される魔力を含まない普通のインクを使用するペンを探します」

「うん」


儀式、ということは、洗礼と名付けの儀式の時のペンは魔力をインクにするペンだったのだろうな。


ルクスの話が魔術に関係していることで、また脱線しそうになって、少しひやりとしたが、無事に軌道を修正してくれたようで、良かった。




そして、ルクスに連れて来られた区画には、色とりどりのペンが並んでいた。


ペンに色があるということは、階位もありそうなのだが、魔力量とかは関係しているのだろうか。

そう思って、ルクスに尋ねてみる。隣に魔術に詳しい人がいるからね。


「ペンの色は、どうやって決まるの?」

「これは素材の色が反映されています。素材は魔力を含んではいますが、料理に色があるのと同じで、使用する上では侵食を受けることはほぼありません。しかし、自分の階位より下の色の物を使用するのが一般的です。それにはやはり侵食と魔術などが関係しているのですが、その話はまた後程、詳しくご説明しましょう。オデット様の場合ですと、完全なる青の階位より下の物ですね」

「…………う、うん」


そうだった。私、今はディグセで変装しているんだった。

私は階位順に並べられたペンを見て、一つの物に目を止めた。


「これ、綺麗…………」

「これは、珍しいですね」


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