4.協会長
広間に一つしかない扉が開かれた。
もし知らない人が入ってきたら、私はどうすれば良いのだろう。そんなことを一瞬考えたが、その扉から入って来たのはデピラ・アセズだった。
そのことにほっとしたのも束の間、続けて数人の人たちがぞろぞろと入って来た。
私は驚いて身を固くしたが、入ってきた人たちも私を見て驚いている。
デピラ・アセズ以外に入って来たのは、全部で四人。デピラ・アセズと同じような形で、色違いのローブを羽織った二人と、ブラス・ホネテと同じような防具と、色違いのマントを身に付けた二人だ。
それぞれが色の違うものを身に付けているのだが、その色は何故か、髪や瞳の色に合わせられていた。何だか、色に意味がありそうだな、と思っている私と、驚き呆然としている彼らがお互いを観察すること、数秒。
いち早く我に返ったのは、デピラ・アセズの後ろにいた人物だった。彼は最初にデピラ・アセズやブラス・ホネテが私にしていたように、私の目の前に跪いた。それに習い、他の四人も綺麗に跪いた。
「お初にお目にかかります。私はサタロナ王国魔術師協会マギシアの長、マギシア・トレダ。真名をルミエ・レデブと申します」
これまで二人から聞いたよりも聊か長く、難解な名乗りに、私は付いて行けなかった。
何とか、国名、所属組織、役職、真名を告げられたのだと理解したところで、先程と同じように真名の部分を復唱する。
「ルミエ・レデブ」
という真名の一番手前で跪いている男性は、黄色の生地に生成りの刺繍が入っているローブを纏っていた。髪はさらりとした明るい金髪だ。垂れた頭の下で伏せられた瞳も金色。瞳の色は髪色よりはやや暗かったように見えた。
この青年が代表して話すのか、他の者達は跪いたままで名乗らなかった。私が真名を復唱したことに驚いたようで、少し身体を強張らせた彼は直ぐに軽く深呼吸をして、こちらを見上げた。
「祝福に感謝を。真名をお聞かせいただいても?」
「オディデ・ルヴェファ」
祝福も感謝も私にはよく分からなかったが、先程と同じように真名を問われたので、私は何の躊躇いもなく素直に答える。
これが明らかに悪いことを考えているような胡散臭い笑みを浮かべている人からの問いかけであったり、強面の人物に脅されながらの問いかけであったりしていれば、流石に私も警戒心を露わにしただろう。
しかし、そのような雰囲気は全くないし、そのような事情もないように見える。
唯々、この広間には、ひたりと緊張感が満ちている。
それは私からではなく、この目の前の五人から発せられるものだ。
私も初対面の相手と話をするという程度の緊張はあるのだが、この五人はそれ以上に、いやそれ以外の緊張感を滲ませている。まるで、何かの脅威に晒されているような怯えのような。
何故そんなにも緊張と警戒を滲ませているのだろうか。私ってそんなに危ない人物なのだろうか。
そんな疑問が湧いて来たが、取り敢えず、今は彼らが対話をしようとしてくれているのだから、それに応えよう。自分の今後のためにも。
「オディデ・ルヴェファ様。貴女様に出会えたことを幸運に思います。宜しければ、何故あの場にいらしたのか、これまでの経緯をお聞かせください」
ルミエ・レデブの言葉に私は考え込んだ。
それは横に居るデピラ・アセズの方が詳しいのではないだろうかと思ったが、私の側からも話を聞きたいということだろう。
私の真名もデピラ・アセズから聞いていると思っていたのだが、又聞きは良くないのか、それとも本当に聞いていないのか、同じように聞かれた。
私があの洞窟のような場所に居た経緯についても、同じように知りたいのだろう。しかし、私に答えられることはほとんどない。
「分からない」
そう端的に答えると、広間は再び沈黙に包まれた。
ルミエ・レデブはこちらを見上げて困った表情を見せたが、それを口に出すことはなかった。
かといって私に答えられることは本当に少ないのだが、私はもう少し言葉を尽くして説明する。
「気が付いたらあそこに居た。その後はデピラ・アセズに付いて来た。それ以前のことは覚えていない」
私の答えで何かがはっきりしたのか、ルミエ・レデブは納得したように頷いた。
「左様で御座いましたか。…………それでは暫く、こちらにご滞在されてはいかがでしょうか」
ルミエ・レデブの提案は正直有難い。
記憶の無い中で、知らない場所に放り出されたら、生きていけるかも怪しい。
この場所がどういった場所であれ、保護してもらえるのなら有難い。
まぁ、生きていることを後悔してしまうような、怖くて痛いような目に遭わなければ、の話だが。
ルミエ・レデブや他の者達の表情を見る限り、私のことを恐れはしても、下心を持っているようには見えない。ならば、この提案は受けても良いだろう。
向こうも私が滞在することを望んでいるのなら、私を利用しようとするような明らかな下心はなくとも、そこには何か理由があるのだろう。私に何かして欲しいか、私に他の場所に行って欲しくないか。
しかし、その理由をこちらから問うのは危ういかもしれない。それではこれをしてくださいとか、貴女が知る必要のないことです的な反応をされたら、束縛や拘束を強めることになりそうだ。
そんなことには思い至っていないというような関係のない話をしつつ、しかし情報は欲しい。
この人たちが私にとって良いものか悪いものか判断できるような情報が。
今のところ雰囲気としては良いものなのだが、私の見る目がないと言うこともあり得る。
取り敢えず、相手の拘束がどの程度のものなのかを探ってみよう。
「こちら…………ここはどこ?」
「ここはサタロナ王国、魔術師協会の本部、マギシアです。」
うーん、微妙。
そこまで拘束はきつくなさそうだけど、だからと言って、詳しい情報は教えてくれないのかな。
それとも、私に言っても分からないということが知られている?
「…………分からない」
「それではこれから、この国や協会について、お教えいたしましょう」
正直に感想を述べると、それが分かっていたようにルミエ・レデブは頷いてこれからの話をした。
これは流石に悪いものではなさそうだぞ。いやいやでも、気を緩めるのは危険だろうか。
そんな鬩ぎ合った気持ちを抱えながら頷く。
するとそこで、ルミエ・レデブはバツが悪そうに視線を逸らして、言い難そうに何度か口を開いたり閉じたりした。
私はその意味が分からず、首を傾げる。少しの間を空けて漸く覚悟が決まったのか、ルミエ・レデブは意を決した表情でこちらを見た。
「…………その、まずは、お召し物を纏われては?」
おめしもの、お召し物…………お召し物!?
その言葉を理解した瞬間、私はばっと手で色々隠した。うん、色々。
ルミエ・レデブはいつの間にか再び顔を伏せているし、他の人たちは下を向いたままだ。そのことに少しだけ安堵したが、今はそれどころではない。
「る、ルミエ・レデブ。服はある?」
「…………申し訳ございません。オディデ・ルヴェファ様ほどの階位の方に見合ったお召し物をご用意するには、我々では一、二週間ほどかかります」
ルミエ・レデブの悲しそうな表情に私は軽く絶望した。
一、二週間だって!?服を用意するだけなのに?一体、どんな服を用意するつもりなんだ?
と思ったところで、先程の言葉を思い出した。私の階位に合わせた服を用意するには時間がかかると言っていた。やはり服には階位があったのだ。
そして、私の階位はどうやら一般的ではないようだぞと思ったが、今はそれどころではないのだった。
「見合ってなくても構わない!服を用意して欲しい」
「畏まりました。それでは、直ぐにお持ち致します。ジュネ」
「はい」
見合っていない服を着るということは何か問題があるのかと思ったが、それでも用意してくれるということはその問題は大したことではないのだろう。
多分、私が裸でいることよりは、大した問題ではないはずだ。
というか、私は今まで何故、裸でいることを何とも思っていなかったのだろう。
あまり深く考えたくないが、私は決して普段から裸で過ごすような民族の民ではないと信じたい…………!
だって、きちんと羞恥心を持ち合わせているのだから。
ジュネと呼ばれた、私に跪いていたローブを羽織った男性の一人は、護衛と思われる軽装の防具を着用した二人の男性のうちの一人を連れて、この広間を出て行った。
依然として、私は両手を使用して色々と隠したままである。広間には痛いほど重たい沈黙が満ちている。
そんな中、先程の二人は直ぐに戻って来てくれた。そのことだけでも、まず嬉しい。
そして、ジュネと呼ばれた男性は両手に衣類が入っているであろう黒色の布包を持っていた。
「ルミエ・レデブ様、お持ちしました」
「はい。ありがとうございます」
ルミエ・レデブはジュネから黒い布包を受け取り、はらりと中を開いた。
中には生成り色に白色の刺繍の入ったローブを一番上に、似たような生成り色の衣類が一式畳まれて入っていた。
中身を確認したルミエ・レデブは問題ないというように頷いて、布包をこちらに捧げるように差し出した。
「オディデ・ルヴェファ様。こちらがお召し物になります。生成り色では御座いますが、階位の高い物でございます。オディデ・ルヴェファ様の格には見合いませんが、こちらで今ご用意できる物がこれくらいでして。どうか、ご容赦ください」
「ありがとう」
やはり色には階位があるようだ。私の格がどの程度なのかが気になるが、それはこれから知ることが出来るだろう。




