37.ディグセの使い方
「はい。これで完成です」
そう言って、ルクスは首飾りを手に取って、使い方を説明してくれた。
このディグセは私専用で、一応ルクスにも使えるようにしているが、それは緊急の時とかに、私以外の人間にもディグセを解除したり、発動させたりできるようにするためのものらしい。
完全なる白より下の階位、そして完全なる青より上の階位には自由に変装、擬態できる。
これを身に付けて、少しの魔力を流しながら、シタヴァノ、と唱えると、思い描いた色に変装できる。
変装は瞳と髪の色だけで、色も先程言った範囲内になるが、発動させて、ディグセが身体に触れていて、解術の魔術をかけられたり、解術の魔術陣の中に入ったりしなければ、常時、変装できる。
解除する時はカネラ、と唱えて、少しの魔力がいる。
発動も解除も少しの魔力がいるが意識して込めなくても、身体に触れていれば、自動的に消費される。
身体にはどこの部分で触れても良いし、ディグセのどこの部分でも触れていれば良い。
このディグセは首飾りの形なので、鎖を首にかけて、胸の上に垂らすようになる。
鎖の部分が触れているので、ディグセは発動したままだし、いつでも解除できる。
また途中で色を変える時には、発動したままもう一度、シタヴァノと唱えることで、変化する。
自分で髪色を見たり、鏡で瞳の色を見たりして、変化しているか、変化した色が問題ないか、を確認できる。
そして、身体に触れていない場合はディグセに魔力を込めながら、シタヴァノと唱えたり、カネラと唱えたりすることで、発動と解除ができるが、発動中は魔力を込め続けなければならないのと、発動時と解除時の消費魔力が少しだけ、多くなってしまうそうだ。
また発動中に触れていたディグセが離れてしまい、接触部分がなくなってしまうと、髪色は元の色に戻ってしまう。そしてまた触れると、発動中だった色に戻る。
魔石と鎖を繋ぐ部分や台座、鎖が壊れても、ディグセとしては使用できるが、魔石が欠けたり、割れたりすると、ディグセとして使用できなくなる。
魔石以外の部分の破損は修理可能だが、魔石の修理は不可能だそうだ。
表面に傷がついただけでは、まだディグセとして使用できるが、その傷が魔石にまで達していれば、使用できなくなるらしい。
それはどういうことだろうか、と首を傾げると、ルクスは微笑んで説明してくれた。
表面は最後に塗った紫色の液体、今は透明になっている液体で覆われている、これは保護膜というらしい。
そう聞くと、触れた時にこちらもその液体で汚れてしまうのではないか、と思うが、最後に魔力を通して、魔術で定着させたことで、膜のような固体になっていて、質感としては薄い硝子のようだそうだ。
その保護によって、多少の衝撃や圧力では本体は傷がつかないようになっている。
その保護で防ぎきれない程の負荷がかかった時は保護膜に傷がつくが、それほどの衝撃や圧力がかかったということは、中の魔石も無事では済まない。
よって、大抵は、保護膜が壊れる時には、魔石も壊れる。つまり、ディグセが壊れる時なのだ。
そしてその保護は鎖や台座にもかけられているので、余程のことがない限りは壊れないが、保護膜だけが壊れるということはほぼないのだそうだ。
ほぼ、というのは、まぁ滅多にないという前提があるが、中には保護膜を剥離する薬剤をかけたり、ディグセの表面の保護膜だけを狙って攻撃したり、ということがあるらしい。
何のために、そのようなことをするのか、と問うと、ルクスは苦笑して答えてくれた。
保護膜を剥離する薬剤をかけた事例については、とある身分の高い方に仕えていた侍女が嫌がらせに、そういうことをしたらしい。
保護膜がないディグセは消耗が激しく、壊れやすく、そして他者から作り替えられやすい。
消耗が激しいのは常に肌身につけているから。
壊れやすいのは、少しの傷でも魔石に入れば機能しなくなるから。
そして、他者から作り替えられやすいのは、保護膜が魔力を通さない役割があるから。
魔力を通すことが出来れば、先程ルクスが言ったようなことを唱えて魔力を込めるだけで、使用者登録だって、管理者登録だって、できてしまう。
魔術具の重要な部分には、完成の証として保護膜をかけることが一般的だと聞けば、保護膜の有無の重要性が分かる。
そして、保護膜だけを狙って攻撃をした事例では、どうにも、ディグセを狙ったようだが、保護膜を壊すことしかできなかった、というある意味で奇跡的な事例らしい。
保護膜は破壊できたものの、魔石を傷つけるには至らなかったということは、本当に珍しいことのようだ。
確かに保護膜の耐久度より少しでも上回っていれば魔石が傷つき、少しでも下回っていれば保護膜は壊れなかったのだから、その配分は奇跡的だと言える。
この事例で、保護膜のみを破壊することが可能だということが判明したようで、保護膜を研究している者たちに衝撃を与えたそうだ。
保護膜の研究者たちはその耐久年数や強度について研究しているそうで、魔術具と同一化した保護膜は剥離剤以外では、外すことができないというのが、それまでの常識だったらしい。
保護膜の耐久年数は、その消耗や傷付き度合いによるそうで、定期的な手入れが必要なようだ。
それでも一年おきくらいだと聞けば、保護膜の便利さがよく分かる。
保護膜の有無は、表面の輝きに艶があるかどうか、こつりと軽く叩いた時に衝撃を吸収しているか、響いているか、という違いで分かるらしい。
もし、ディグセが普段と違う様子であれば、そういったことを確認して、私に相談してくださいとルクスは言った。
そして長いディグセの説明を終えて、私は漸く、ディグセという魔術具を手にすることが出来た。
鎖の部分を摘まみ、魔石部分をじっくりと眺めるが、確かに全体的に艶がある。
指先でちょこんと触れてみれば、衝撃を吸収しているような、こつんと鈍いような感覚がある。
この状態を覚えておこう。
私はディグセを掌に乗せて、発動させてみた。
「シタヴァノ」
少し魔力が吸い取られる感覚があり、自分の髪の毛が深い青色になっていることを確認する。
うん、青いな。
新鮮味が、見慣れない感じが、凄い。
目を見開いて、髪の毛を引っ張ったり、動かしたり、色々な角度で見ている私をルクスは微笑ましそうに見ていた。
カルメが手鏡を差し出してくれたので、それを受け取って覗き込んでみると、瞳の色も深い青色になっていた。
鎖の部分だけ持って、ぶらりと垂れ下げたが、ディグセは発動したままだ。
やはり鎖でもどこでも触れていれば良いんだな。
机の上にディグセを置いて離れてみると、髪色は白に戻った。そして、触れると青に。
「シタヴァノ」
再びそう唱えて、今日の服の色に合わせて変化させる。
うん、これも問題ないようだ。
「カネラ」
そう唱えると、髪色はすっと元に戻った。瞳の色もだ。
私はカルメの方を向いた。カルメは一つ頷いて、ディグセを受け取り、私の後ろに回って、ディグセをつけてくれた。
装飾品にはあまり興味がないが、自分の魔術具があるということには、何だか嬉しくなる。
ディグセは大事なものなので、服の内側に入れた。
この方が触れている面が多くなって安心できるし、見せびらかしたい訳ではないからね。
「シタヴァノ」
そう唱えてディグセを今日の服の色に合わせて発動させておく。
「ルクス、ありがとう」
胸元のディグセにそっと触れて、思わず笑みが浮かんでしまったが、そんな私の様子を見て、ルクスも嬉しそうに微笑んだ。
「いえ。私もこれほど高階位のディグセの作成をすることができて嬉しいです。これで、廊下で誰かとすれ違っても、特別な反応を示されなくなると思います。協会内では、他人の目がありますから、私たち以外の人がいる前では、ディグセを発動させておいた方が良いでしょう」
「うん」
ルクスが道具類を洗浄したり片付けたりするのを待って、私たちは食堂に向かった。
その道中は、これまでは私を見て跪く人が多かったのだが、今回は納得したような表情で礼をするのみだった。ルクスの知り合いとか、お客様とかに思われているのだろう。
私はいつもよりも気分が高揚したまま、ブラカの昼食を食べた。
ルクスたちには、あらあらまあまあ、という微笑まし気な表情で見守られていたが、嬉しいものは嬉しいのだから、仕方ない。
昼食後、ルクスの執務室に戻ってきた私は、そのまま、隣の小会議室に入った。ルクスとジュネはまだ執務があるらしい。
私はその間、カルメとお勉強だ。小会議室に入る時に、ルクスがカルメと何事かを話していたようだが、仕事の打ち合わせのようだったので、私は気にせず、先に中に入って、紙とペンとインクの準備をした。
「それでは、午前中は王国の体制についてお話ししましたが、午後は実際の王国の暮らしについてお話ししましょう」
「王国の暮らし?」
「はい。まずは、色々な物の単位からでしょうか」
「単位…………30秒とか2分とか?」
「はい。時間は秒が最も小さな単位です。60秒で1分、60分で1時間、24時間で1日、30日で1か月、12か月で1年です」
「年の次は?」
「ありません。この年には魔術暦と王国暦があります。今は魔術暦1223年。王国暦392年です」
「暦って何?」
「ある時を基準にして、その時からどのくらいの時間が経ったのかを表しています。魔術暦については諸説ありまして、詳しいことは判明していません。ルクス様の方が魔術暦についてはお詳しいと思います。王国暦は、このフォルテ王国が建国されてから、になります。魔術暦を使用するのは魔術師や学者くらいです。国が滅びても魔術は無くなりませんから、そういった枠組みを越える魔術や学問の領域などでは魔術暦を使用します」
「ふーん」
時間の単位については、これまでは聞けば分かるが、問われれば分からないという感じだった。
記憶はないが、身に覚えはあるというような。
それをはっきりとさせることができたので、少し安堵している。
魔術暦についてはいつかルクスに質問してみよう。
諸説について、詳しく説明してくれそうだ。




