36.ディグセ作り
休憩もそこそこにルクスは立ち上がって、棚からいつもの黒い石板を取り出して、私の目の前に置いた。
「オデット様。私が五つ数える間に10000以上の数値、今出せる全力を出してみてください」
「ん?分かった」
これはどういう練習なのだろう。
そう首を傾げながら、私は取り敢えず言われた通りにしようと石板に手を置いた。
「それでは、始めます。1、2…………」
ルクスが数を数え始めた瞬間に、私は内側から外側に魔力をどばっと移動させた。
全力をと言われたので、全力で外側に押し出した。いつものような細かな調整はなしだ。
「4、5。はい。振り切っていますね。それでは、内側に戻して下さい」
「…………」
そっか。そうだよね。
私は後先を考えずに広げてしまった魔力を、15秒ほどかけて内側に戻した。
石板の目盛りは3だ。
うん、私よ、よくやった。
ほぅっと息を吐いていると、ルクスは感心したように何度も頷いている。
いや、ルクスがやれって言ったんだからね?
それとも、まだできないと思って、言ってみただけなのだろうか。
あんなに勝利を確信した目をしていたのに?
当然できるだろうというような表情をしていたのに?
そんなことを考えていると、ルクスはその答えを教えてくれた。
「これが出来れば、問題なくディグセを作れますよ」
「ディグセ!」
「はい。そのディグセです」
ディグセは変装の魔術具だ。この魔術具で髪色と瞳の色を擬態できる。
「ただしディグセは姿を変えるだけですから、魔力は抑えて下さいね。魔力を使用する時も、その姿に見合った量でないと見破られます」
「うん」
ルクスの説明に私は何となくという気持ちで頷いた。
魔力量と色の階位の関係をまだ教えてもらっていないのだが、まぁ抑えていれば分からないだろうし、それに今は早くマスキを手に入れたい。
「それでは私の研究室に移動しましょう。流石にこの部屋にあるものだけでは作れませんからね」
そうして私たちは初日に魔術計測をした、ルクスの研究室の応接室に来た。
私を長椅子に座るように勧めると、ルクスは隣の実験室に行ってしまった。
ルクスが道具を用意するのを待っている間、私の頭の中はマスキのことで一杯だった。
擬態というか変装って、どういう仕組みでそうなるんだろう。
魔術具ってどうやって使うのかな。
やはり魔力が必要なのだろうか。
私はマスキどころか、魔術具のことだって分からないのに。
これから色々と、その辺りも教えてもらえるだろうか。
先程の魔力制御ができれば問題ないということは、さっきのやつをもう一度するのだろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、ルクスが両手に大き目の箱を持って戻ってきた。
蓋はなく、単に物を入れて運ぶための箱のようだ。気になるのは箱の中身だ。
「お待たせしました」
そう言って、ルクスは箱を机の上に置くと中身を広げた。
まずは綺麗なブローチのような物。しかも台座だけ。その素材は透明で硝子や水晶のようだ。
そして、そのブローチと同じ素材だと思われる鎖。ブローチに通してある。
ということは、あれはブローチではなく首飾りなのかな。
次に魔石、と思われる石。大きさはブローチにちょうど嵌まるくらいで、色は透き通った透明だ。
そして、紫色の液体が入った小瓶。
黄緑色の柄に白銀の毛がついた小さな刷毛。
黄緑色の小さなスプーン。
小さく切ってある白銀色の紙。
生成り色の手袋。
これら全てを乗せているのが、白銀色の大きな板だ。
そしてルクスは紙とペンとインクを、その道具たちが乗った板の横に用意した。
応接室にはかりかりさらさらとルクスがペンを走らせる音が広がる。
まるで書くべきことが決まっているかのように淀みなく動く手。
魔術に関係することを考えているはずなのに、冷徹に見える無表情。
ふと、そんな手が止まり、顔に微笑みが浮かぶ。
ほわりと緩むルクスの雰囲気に、私は目を惹かれた。
「オデット様は完全なる白の階位ですので、完全なる青の階位まで擬態できるようになりますよ」
「青まで…………白、黄、緑、青?」
「はい」
色の階位の順番を思い出して、そう問いかける私にルクスは褒めるような笑みを浮かべて頷いた。
そして手元の紙に一度視線を落とし、再びこちらを見た。
「最初に5500になるまで、魔力をこの魔石に注いで下さい。時間の条件はありません」
ルクスはいつの間にか持って来ていたあの黒い石板を私の目の前に置いて、その上に魔石を置いた。目盛りは22を表している。
「ここから5500までです。」
私は魔石に指先を触れさせた。それだけで目盛りは25になった。
そこから5500までいつものように、しかしいつもよりは緊張感を持って丁寧に注いだ。
自分の意志で入れるのは5400と少しだが、時間の制限がないのでまだ気楽にできる。
私は5500まできっちりと魔力を入れた。
魔石は綺麗な深い青色に染まっていた。
次はこれをどうするのか、とルクスに視線で問いかける。
「それでは指に魔石を触れさせたまま、私が今から教える言葉を、私と一緒に唱えて下さい」
ルクスに教えてもらったのは、分かるような、分からないような、不思議な言葉だった。
ルクスは魔石に触れさせている私の指に、自分の指を重ねた。
「我らは世界に求める。汝にこの魔力を与える。マギカパーレ・セタリス」
そう唱え終わった瞬間、ルクスの魔力が私の魔力を誘い出すように、私の指先をするりとなぞって、一緒に魔石に吸い込まれるように流れていった。
それは僅かな量だったが、確かに、目の前の魔石は黄みのある白色に一瞬だけ輝いた。
「もう離しても大丈夫ですよ」
上に重ねられていたルクスの指が離れ、私も魔石から指を離す。
そこには、魔力を込めた時と変わらず、深い青色の魔石があった。
正直、何をしたのか、何が起こったのか、分からない。
しかし、ルクスは成功だというように頷いているので、問題はないのだろう。
そこからルクスは手袋を嵌めて、魔石を板の上に移動させた。
直ぐに手袋を外して、指先を軽く魔石に当てて、不思議な言葉を唱える。
「我は世界に求める。汝に能力を与える。コヴェール・ディグセ」
ルクスの言葉に反応して、魔石は一瞬、ルクスの魔力の色だという白みのある黄色に輝いたが、その後は、やはり見た目には何の変化もない。
ルクスはまた手袋を嵌めて、その魔石を黒い石板の上に戻した。
そして、ルクスは紫色の液体が入った小瓶をどこかからか取り出して私に渡した。
「中級の魔力回復薬です。飲んでください」
「うん」
有無を言わさない態度で言われたが、ルクスは真剣な表情をしているだけで、機嫌が悪いわけではないようだ。
見知ったあの液体なので、私は一思いに飲み干した。
やはり、少しうえっとなってしまう味なのだが、今回は誰も水をくれないらしい。
ルクスに視線を向けると、ルクスは私が魔力回復薬を飲んだことを確認して話を進めた。
「オデット様。次は先程と同じです。この魔石に私が五つ数える間に、全力の魔力を触れさせてください。五つになったら、魔力は抑えて下さい」
「分かった」
うぅー。魔力回復薬の味がまだ、口の中に残っている。
仕方ない。マスキのためだ。
私はルクスの言葉に従って、魔石に指先を触れさせた。
その上からルクスは先程と同じように、指先を重ねた。
いや、その指先は少しだけ浮いていて、私には触れていない。
「使用者登録。マギカパーレ・レコニーゼ。どうぞ」
「…………」
「…………4、5、はい。レコルド…………成功していますよ」
私の魔力に反応して白く輝いていた魔石は、私が魔力を内側に収めると元の深い青色に戻った。
魔石を見たルクスはそう言って頷いた。
私もその視線を辿って、魔石を見てみる。
魔石の中心には白い炎のような光の球のようなものが灯っているのが見える。
これが、先程の使用者登録というやつだろう。
「私も一応、使用者登録をしておきますね。マギカパーレ・レコニーゼ…………レコルド」
今度はルクスの魔力の色に、魔石が一瞬輝いた。
そして、魔石の中心には白みのある黄色と白色の二つの輝きが寄り添うように灯っているのが見えた。
ルクスは先程の私と同じことをしたのだろう。
ということは、全力の魔力を外側に出すのに、5秒もかかっていない。
私もいつか、そのくらいのことができるようになるだろうか。
これからも魔力制御を頑張ろう。
ということを考えながら、ルクスの作業を見守った。
「管理者登録。マギカパーレ・レコニーゼ…………レコルド」
ルクスはもう一度、そう唱えて、魔力を流したようだった。
今度は先程よりは控えめな光が一瞬、広がった。
そして、その魔石の中心は、私とルクスの二つの輝きを包み込むように、ルクスの輝きで覆われている。
ルクスは手袋をして魔石を手に取ると、間近でじっと見つめ、何かが分かったのか、笑みを浮かべて頷いた。
そして、魔石をブローチのような台座に嵌めて、白銀の板の上に乗せる。
手袋を外して、指先を魔石に向けると、再び何ごとかと唱えた。
「我は世界に求める。汝らに永遠の寄り添いを。ホモゲニノ」
ルクスがそう唱えた瞬間、魔石とその台座は、白みのある黄色に一瞬だけ輝いた。
光が収まった時には、魔石の色が台座に移ったように、台座や鎖までもが深い青色になっている。
ルクスは手袋を嵌めて、紫色の小瓶に入った液体を小さなスプーンで板の上に出して、刷毛でとって、首飾りの魔石、台座、鎖の部分に薄く丁寧に塗った。そして、また手袋を外して、指先を近づける。
「我は世界に求める。汝に守りの力を。ポロテノ・セタリス」
ルクスの魔力の色の光に包まれた魔石たちは、その光が収まると、深い青色を覆っていた薄い紫色の液体が、透明になって、全体的に艶を帯びたようになっている。
「はい。これで完成です」




