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34.覚書と勉強


魔力制御の練習を終えて、私たちはブラカが担当してくれた夕食も食べ終えた。

私は食後のお茶を早めに切り上げて自室に下がった。


カルメでも触れられるとはいえ、寝室まで運んでもらうのは忍びないし、きちんと寝間着に着替えて眠りたかったのだ。




翌朝ぱちりと目を覚ました私は、まだ見慣れない天蓋の内側に戸惑いながら身を起こし、身支度を整えた。


昨晩、早めに眠った所為か、早くに目覚めてしまったらしく、まだカルメは来ていない。

着替えは恐らく、これからカルメが持って来てくれると思われるので、私は寝間着のまま書斎に向かった。



書斎の机には、いつも持ち歩いている紙束が置かれている。

そこには、これまでの出来事、習ったこと、教えてもらったことなどが書かれている。


時間があるので、これまでの紙を読み返しながら、色々と感じたこと、思ったことを別の新しい紙に書いていく。

こうして、日記のような紙と覚書のような紙の束ができていった。



私は書いたことを読み返しながら、今までの出来事を振り返っていた。


何だか、こうして振り返るとしんみりとした気持ちになってしまう部分もあるが、これからこの紙がどんどん増えていくことを考えると期待に胸が膨らむ。

そのうち、この紙が本のように分厚い束になるかもしれない。


そんな想像を膨らませながら、今日はどんなことをするのだろうかと思考を巡らせる。



まずは朝食だな。

ウィテハとブラカが交互に担当している食事は、順番から考えるにウィテハが今日の朝食の担当だろう。


その後は、ルクスが執務をしている間に、カルメから常識の授業がある。

どんな内容なのかは想像もつかないが、今日も頑張って理解して覚えよう。


休憩を挟んだら、ルクスの執務が終わっていれば、そのまま魔力制御の練習になる。

ルクスの口ぶりからすると、まだまだ先の段階があるようなので頑張らなければ。


そんなことをつらつらと考えながら、私は背凭れに凭れ掛かり、足をぶらぶらと揺らす。



どうにも、この部屋や設備は大人向けのようで、椅子が大きかったり、洗面が高かったり、お風呂が広かったり、寝台がかなり大きかったりする。


まぁ協会に子ども部屋なんてないだろうし、仕方ないことだけれど。それでは何故、私が着ているような子ども服があるのだろう。


そんな方向に思考が飛んでいたところで、書斎の扉がノックされた。


「はい」

「失礼いたします。オデット様。おはようございます」


振り返って見たカルメの表情は、私を見てほっと安堵しているようなものだった。

そのことを不思議に思った私は、首を傾げて問いかける。


「おはよう。どうしたの?」

「いえ、寝室にいらっしゃらなかったので」

「探した?」

「はい。ですが何も問題はありません。さぁ、お召し替えを致しましょう」

「うん」


カルメが持って来てくれたのは、黄緑色のローブとドレスだった。


少しずつ服の階位が下がっている気がするけれど、色の階位が高い服はあまりないのかな。

まぁ、髪や瞳の色だけでなく服の色まで白かったら、卒倒されてしまうから、階位が低い方が良いんだけどね。



着替えを終えて食堂に向かうと、ルクスたちはまだ来ていなかった。

行儀が悪いとは分かっているが暇なので、机に持って来ていた覚書を広げて、これまでに教えてもらったことを復習していた。


「おはようございます。オデット様」

「おはようございます」

「おはよう、ルクス。ジュネも」


覚書を読んでいるとあっという間に時間が過ぎていたようだ。

ルクスたちがやって来て、全員が席に着いた。

私は紙束を片付けて、前菜が運ばれてくるのを待った。


「先程の紙はどうされたんですか?」

「これまでに教えてもらったことを書き留めてるやつ。それを読み返してた」

「なるほど。覚書なのですね」

「うん。ちょっと日記みたいな部分もあるけど」


ルクスはそんな私を見て、褒めるように微笑んだ。

その視線を受けるのが少し照れ臭くて、私は視線を逸らす。

少し耳が赤くなっていることに気付いたのか、ルクスたちは更に笑みを深めたが、私は気付かないふりをして、目の前の前菜に視線を落とした。




ウィテハの朝食を食べ終えて、私は予想していた通り、ルクスの執務室の隣の小会議室でカルメの授業を受けることになった。



ルクスの執務室には昨日と同じように大量の書類が積み上がっていた。

これが普通らしいので私も驚きはしなかったが、ルクスたちは毎日この書類たちと向き合っているのだ。

流石にげんなりしている。


私が頑張ってと短く励ますと、ルクスは頷いて、早く終わらせて魔術の授業をしましょうとやる気を出していた。


ジュネには感謝されたが、そちらの方向に張り切られてしまったら、私がこなすことになる課題の難易度が上がってしまうような気がする。


しかし、もう遅い。


ルクスたちが机に向かって行くのを見て、私は軽く溜息を吐いて小会議室に入った。



「それでは、本日はサタロナ王国の体制などについてお話しいたします」

「うん」

「まず、サタロナ王国はその名の通り王制です。他には帝国、連合国、神聖国、共和国があります」


王国に国王がいるように、帝国には皇帝が、連合国には各国の国王とそれによる連合議会と議長が、神聖国には国王と中央大神殿長が、そして共和国には大統領がいる。


呼び名は違っていても中身はどこも似たようなものらしい。

しかし、呼び名や力を持つ者の数、その力の配分などが国によって違うようだ。


王国では王族、貴族、平民というように身分が分けられている。

王都センテに王城があり、そこは王族が住んでいるだけでなく、政治や儀式、式典、外交、社交と色々なことが行われているようだ。

騎士団や魔術師団もあり、話を聞く限り王城はとても広そうだ。


そうぽつりと呟くとカルメは微笑んだ。


「オデット様がご想像されているよりもずっと広いと思いますよ」

「そうなの?」

「それでは、この本部の敷地はどれくらい広いと思いますか?」

「…………分からない。私の部屋とルクスの執務室、研究室と洗礼を受けたところと、食堂と…………あと、最初に来た部屋しか知らない」

「オデット様が使用されているお部屋以外にも客室があります。研究室もルクス様以外の方のものがありますし。あとは、図書室、一般食堂、広間がいくつかと、厩舎、訓練場もいくつか、それから職員寮…………」

「待って。多いよ」

「ふふふっ。そうですね。でも、王城はもっと広いですよ」

「そうなんだ」


カルメはすらすらと部屋の名前というか、施設の名前を挙げていった。

その数の多さに付いていけなかった私は、慌ててカルメを止める。


カルメも笑って私の意見に同意してくれたが、行ったこともない王城のことなんて、想像することしかできない。


まぁ、今後も行くことはないだろうけど。



それにしても、協会がそんなに広いのであれば、協会内ではなるべく一人にならないようにした方が良いだろうな。

迷って彷徨って、行方不明なんてことになったら、今朝のカルメよりももっと大変なことになってしまう。



その後もカルメが教えてくれたことを書き留めながら、覚えていく。

話が一段落したところで、私が書き留め終えるのを待っていたカルメは一つ頷いて、授業の終了を告げた。



「お疲れ様です。オデット様」

「ルクスもお疲れ様」

「私はもう少しかかりますので、先に休憩なさって下さい」

「うん」


ルクスの執務室に戻ると、ルクスたちはまだ仕事をしていた。

私は長椅子に座って、先に休憩を始める。


ふと、ジュネの姿が見えないことが気になったが、ルクスに聞いてみると、お使いに出しているそうだ。

お使いで何をしているのかは想像もつかないが、ルクスの表情を見るにあまり良いことではないらしい。


今回はあまり聞かない方が良さそうだと判断した私は適当に頷いて、カルメが用意してくれたお茶を飲んだ。



そして暫くしてルクスもこちらに合流して、休憩を始めた。

ルクスが休憩を始めて直ぐに、ジュネも帰ってきた。


ジュネのお使いの報告に、ルクスはどこか安堵したように息を吐いた。


「ルクス様。あの方にはお帰り頂きました。商品にも満足しておられました」

「それは良かったです。お疲れ様でした」


ジュネのやや疲れた表情を見て少し心配になったが、カルメがお茶を勧めているので、こちらも問題ないだろうと私も心の中で少し安堵した。


ジュネは立ったまま、カップに淹れられたお茶を一息に飲み干して、カルメにお礼を言っている。



何となく、お仕事中のような空気感に私は居心地が悪く感じてしまう。


この空気はまるで私が来る前の協会長の執務室はこんな感じだったのだろうと思わせるものだ。


私にそんな側面まで見せてくれたことに嬉しいと思うべきか、それともこの疎外されているような感覚は錯覚ではないと思うべきか。


取り敢えずここはお邪魔にならないように、なるべく存在感を薄めておこう。


そう思って静かにお茶を飲んでいると、ルクスに不思議そうな表情をされた。


「オデット様?」

「もうお仕事は終わった?」

「はい。もう大丈夫ですよ」


なぜ、そんなに気まずそうにしているのだろう、と問うような声音に私は正直に答えられず誤魔化す。


それにしても、ルクスが不思議そうな表情をするということは、これは私を疎外したいのではなく、単純にいつも通りに仕事をしているだけなのだろう。


うん、良かった。


両親の職場に娘息子が突撃してしまったような感覚だったので、やはり気まずかったのだ。

そこで両親が温かく迎え入れてくれなければ、子どもとしては悲しくなる。


まぁ、私は休憩のために執務室に戻ってきただけなのだが、そんな雰囲気を感じ取ってしまったのだ。



私のそんな気まずさを理解したのか、ルクスは柔らかな笑みを浮かべて頷いてくれた。

先程の少し不機嫌そうな表情とは打って変わって、明るい笑顔を浮かべたルクスに、私は密かに息を吐く。


しかし、ルクスの笑顔の理由は私の気まずい表情をしていた理由に気付いたから、というだけではなかったようだ。


次話は閑話となります。

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