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33.魔力を溜める


「失礼します。オデット様、少し休憩に致しませんか?」


ちょうどカルメとも似たようなことを話していたので、私はその提案に頷いて机の上を片付ける。

私たちはルクスの執務室に戻り、長椅子に座る。



「私の執務が終わりましたので、オデット様のお勉強のキリが良いところで休憩にして、その後は魔術のお勉強ができれば、と思いまして」


明るい笑顔でそう告げるルクスを見て、私はジュネにちらりと視線を向ける。


これはそういうことなのだろうか。


私の視線に気付いたジュネは、苦笑しながら話してくれた。


「少し前に本日処理が必要な書類は片付いたのですが、ルクス様は早く魔術の授業がしたかったようですよ。普段であれば仕事をしながらでも、魔術の研究のことで気も漫ろなのですが、そんなルクス様とは思えない真面目っぷりでした。普段からこれくらい真面目に取り組んで下されば、嬉しいんですけどね」


なるほど。やはり、ルクスがこちらに来たのは、待ちきれなくなったからか。


私よりもやる気を出しているルクスに、何だか嫌な予感がする。



この人は本当に大丈夫な人なのだろうかとルクスを見ると、彼はジュネの言葉は全く響いていない様子で、明るい表情のままうずうずとしている。


「オデット様は素晴らしい才能をお持ちですからね。実に教え甲斐があります。さぁオデット様、魔術のお勉強を始めましょう」


私は後から来たので、まだお茶に少し口をつけただけなのだが、先に休憩をしていたルクスはお茶を飲み干してしまったようだ。


休憩は終わりだというように、ルクスは棚から計量カップと砂時計を持って来る。私は慌ててお茶を飲んで、カップを横に避けた。




「それでは魔力制御の練習からです。まずは昨日と同じように魔力を注いでください。数値は5000。時間は1分です。」


さらりとルクスが設定した目標に、私は若干遠い目をしてしまう。



難易度が、気の所為でなければ、結構上がっていると思うのだが。

いやまぁ、昨日と同じことを繰り返しているだけでは上達しないと思うのは分かるが、もう少し段階というか練習をさせて欲しい。

いや、これは練習なのだった。



そんなことを考えている間に、ルクスは砂時計を設定し終わったようだ。

容赦なく砂時計に手をかけるのを見て、私は慌ててカップに指先を触れさせた。



5000を1分か。4000、いや4500くらいまでは一気に入れないと、間に合わないかもしれない。



計画を立てているうちに、ルクスは始めますと言って砂時計をひっくり返した。


私は30秒ほどかけて、4500までだぱーっと注ぐ。

その流れの速さは維持したままで、少しずつ注ぐ魔力を細くしていく。

そして5000になったところで、止める。


昨日よりも、そして午前中よりも感覚を掴んでいるので、私は5秒ほど余裕を持って終えることができた。


「うん、できた」

「お見事です。少し厳しめに時間を設定したのですが、5秒も余らせてしまわれるとは素晴らしいです」


やっぱりか。

ルクスの褒め言葉は有難く受け取るとしても、お前の所為だからなという気持ちも生まれてしまう。



しかし、それでも憎めないのは、ルクスの設定する目標がちょうど良いからなのだ。

ちょうどできるかできないか、という境界線に近いところというか。

きちんと頑張れば成功するけれど、ちょっとでも制御を誤れば失敗するかもしれないという、ちょうど良いところ。



私の技量が精確に見抜かれていて嬉しいような、こんなギリギリの課題を出してくるなんて厳しいのではと疑問に思ってしまうような。

なんというか、良い先生なんだろうな、という感じはする。


そんな私の気持ちを余所に、ルクスは授業を続けた。



「それでは次の段階です。魔力を一定量に保つ練習です。今は魔力を内側に押し込んでいる状態です。そして必要な分をそこから取り出して、必要量を満たしたところで、残りはまた内側に戻します。今回は、最初に制御できていなかった時に魔力があった外側に、魔力を一定量保持する練習です。そうして、魔力を外側に保持すると、他人からは外側に保持している分の魔力量しか感じられません。それから、内側から外側、そして体外へと境界が二つあることになりますが、その外側に魔力を用意しておくことで、魔術を行使する際の魔力操作の速度を上げることが出来ます。必ずしも内側に全てを押し込んでいる状態が良いという訳ではありません。実戦では魔力量や魔力操作による偽装を行いますからね」


実際に戦う時に、魔力を内側に押し込んでいた状態だと、魔力操作に時間を取られて、魔術の発動が遅くなる。

しかし、魔力を操作するまでは魔力が全くないか、少ない人に見えるので、魔力量を知られることはない。

また、押し込んだ状態からの魔術発動の速さを極めれば、何も魔力がないところから魔術が発動されたような錯覚をさせることもできるらしい。


逆に、魔力を外側に保持していれば、魔力量がその程度だと錯覚させることができ、内側から魔力を出している分、魔術発動までの魔力操作が容易になるそうだ。



どちらも、利点と欠点があり、使い分けられるようになるのが目標という訳だ。

今はほぼ完全に押し込められているので、次に外側に保持するという練習をする、ということだ。

その後で、魔力操作の速度を上げる練習をしていくということだろう。


「料理をする時の火加減のように、魔力を一定に保ちます。この正確さが薬品などの調合や魔術具を作成する時の品質を左右します」


説明をしながら、ルクスは午前中と同じように魔力回復薬を手早く作った。


「このように魔力回復薬を作成する際に注ぐ魔力はなるべく一定にしなければ、ダマやムラができます」


ルクスは手から白みのある黄色の光を注ぎながら、混ぜ棒でくるくると中身を掻き混ぜている。


「その光が魔力?」

「はい。光の色は階位を表しています。擬態魔術ではこの色も擬態できますが、魔術具の擬態ではこの色は変化しません。オデット様もこのように一定に注げるようになりましょう」

「うん」


ルクスの言葉にジュネたちが唖然としているのが分かったが、できるようになれたらいいなとは思っているので頷いた。



そして、ルクスは、私の目の前にあの紫色の液体を置いた。


この色とあの味は忘れもしない。これは一気に流し込んだ方がいいやつだ。


思い切ってぐびっと飲み切り、カルメから貰った水も飲み切る。

そして魔力を制御して落ち着いたところで、ルクスは昨日からお世話になっている黒い石板を目の前に置いた。


「これは今までの物と仕組みは同じですが、性能が異なります。1刻みで10000まで計ることができます」


あれ?これは、私が使うからここに持って来てくれたのだろうか。


ジュネが半眼になってしまっている。

しかし原因の一端は私にもあるので、何も言わないことにした。

ルクスが怒られて、私にも飛び火したら嫌だからね。


「それではこちらで魔力量を計りながら、制御の練習をしましょう」

「うん」


私は慣れたように石板に手を置いた。

目盛りは2を表している。

ルクスはその数値を見て、問題ないというように頷いた。


「それでは意識して、0にしてみてください」


0。0に。うん、できた。


石板を数秒じっと眺めて、値が変化しないことを確認して、ルクスはまた一つ頷いた。



「それでは、次は100を30秒ほど維持してください」


私は魔力を操作して、内側から外側に少しずつ出していった。

しかし、目盛りは101になったり、98になったりと、なかなか100ちょうどを維持できない。


私が100にできて数秒してから砂時計をひっくり返すようで、一瞬100になっただけではルクスの手は動かない。

私はルクスが砂時計をいつ動かすのかを気にするのをやめて、目の前の石板と魔力の制御に集中した。



なぜちょうど100を維持できないのだろう。

魔力を注いだ時のように内側から外側に必要な分だけを注いで、残りは内側に仕舞ったままにすれば良いだけなのだろうに。


魔力制御が未熟なのか、外側に出し過ぎたり、内側に仕舞い過ぎたりと100にならない。

そして100になっても、気が緩むと102になっていたりする。




「はい。30秒です」


ふとそんな声が聞こえてきたことで、はっと我に返り深く息を吐いた。


「次はそうですね…………5800を2分にしてみましょう」

「うん」


先程の制御の大変さを思えば不安になる気持ちもあったが、出来なければルクスから何か助言を貰えるだろうと、ルクスの出した課題に頷く。



石板に手を置いた私はまず5800を目指して、内側から外側に魔力を注いだ。

しかしやはり、なかなかちょうどを維持できない。


そのことに私は段々と焦ってしまう。

指先に力が入り、呼吸が浅くなって、止まる。



「オデット様。力を抜いて、ゆっくりと呼吸をしてください」


ルクスの声にはっとして、ふうっと意識して深く息を吐く。


「最初に私は、この制御を料理の火加減のように、と火に例えましたが、別の考え方をする人もいます。その人は、最初に外側に5800まで溜める、その後は何もしない。内側と外側の境界をはっきりさせろ。それだけだ、と言っていました」

「うーん…………」


なるほど。

外側と身体の外との境界に比べれば、内側と外側の境界は曖昧なのか。


確かに内側だと思っているのは、放出魔力計測器に感知されない、というだけの認識だった。

それだけではなくて、より明確に内側と外側は違うもののようだ。


他人に感じられない、自分だけが感知できる内側。

単に身体の中心と思っていたが、それでは内側と外側の境界が曖昧だ。



内側に集めているのではなく、内側に溜めている。

そこには境界があって、自分の意志で魔力を操作することで、その境界を越えられる。

だから、内側から外側に魔力が漏れることはない。境界があるから。




では、境界とは何なのだろう。


外側と体外の境界は身体の表面だ。

そこに自分の身体があるかどうか。



内側と外側はどちらも身体の中だが、その境界は何なのだろう。


うーん。魔力があるかないか、だろうか。

ということは、その境界は魔力で作れば良いのか。


魔力の壁を作り、領域を分ける。その内側には魔力を、外側には何もないように。


うん、できた。



そして、ここから5800だけを外側に溜める。

内側から出したものが外側に溜まるのであれば、外側と体外の境界もはっきりさせないといけないな。

身体がある範囲、今回の場合は手に溜めれば良いか。


手の境界だけを意識して、そこに5800の魔力を溜める。


「はい。2分です」

「うん、できた」


この考え方なら、内側の魔力の壁を越えて、魔力が外側に行くことはない。私がそのように操作しなければ。



「ルクスがさっき教えてくれた考え方で、できるようになった」

「それは良かったです。いつか、そのご本人にもお会いできるでしょう。オデット様はその方と話が合うかもしれませんね」


ルクスはその人のことを良く知っているようだ。

懐かしむような表情で話すルクスを見て、私もその人に会ってみたいと思った。




「(まさか、あの方の考えを直ぐに理解できる人がいるとは…………オデット様は天才だと思っていたが、実は奇才だったのか?)」


ジュネにそんなことを思われているとは露とも知らず、私はその人物を心の中で、魔力を溜める人と呼ぶことにした。


お読み頂いている皆様、いつも、ありがとうございます。

本日、累計1,000pvを達成しました。

活動報告と番外編を投稿しましたので、宜しければご覧ください。

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