31.魔力回復薬の味
5000の魔力が籠ったカップの中の液体は、最初は透明だったのが、茶みのある赤色になっている。透き通ったその色を私はじっと見つめた。
目盛りの方ばかり見ていたから、透明から急に赤色に変化したように思ってしまうが、どのように変化していたのだろう。次はそちらを見る余裕があればいいな。
そんなことを考えていると、私が5000の魔力を入れたカップを見て、ルクスは立ち上がり、棚からまた色々な道具を取り出した。
ジュネの視線が厳しいものに変わったが、気付いていないのか、気付かないふりをしているのか、誰もそのことには触れなかった。
ルクスがまず手に取ったのは透明な石や硝子の塊のようなものだった。
「それは?」
「空の魔石です」
「空の魔石?」
「魔石とは魔力が籠った石のことです。これは空なので、逆に魔力が籠っていません。透明な色をしているのも空である証拠です」
そう説明しながら、ルクスはカップの蓋をぱかりと開けて、中にその魔石をぽいっと入れた。
空の魔石は中に入った瞬間に、周囲の色を吸い取るように変化した。
透明だった魔石が茶みのある赤色になって、透明から赤色に変化していたカップの中身は再び透明に戻っている。
ルクスはそれを見て、黄緑色の火箸のようなもので魔石を取り出し、計量カップより少し大きい同じ黄緑色のカップに魔石を入れた。
そこに透明な液体、紫色の粉、青色の草を秤で計量しながら、手際よく加えていき、それらを黄緑色の細い混ぜ棒で混ぜながら手を翳した。
白みのある黄色の光が、ルクスの左手からカップの中に向かって降り注いだ。
透明な液体に浮かんだり沈んだりして、ばらばらだった材料たちは、その光を受けてとろりと溶け、混ぜ棒によって混ざり、やがて一つの紫色の液体になった。
「はい。できました」
そう言って、ルクスは大きなカップに3割ほど入っていた液体を、別の黄緑色のコップに移して、私の目の前に置いた。
「これは何?」
「中級の魔力回復薬です」
「魔力回復薬…………?」
「それを飲み干して下さい」
「魔力が回復する?」
「はい。10から15秒ほどで効果が現れますので、その間は魔力制御に注意してください」
「分かった」
どうやら、それ以上は説明してくれないようだ。私にはそれを理解するだけの知識が足りないのだろう。取り敢えず、言われた通りにしようと、私は目の前のコップを手に取った。
一口飲んでみたが、基本的には水に少し甘い味がついたような感じだった。
ただ、苦いというか、渋いというか、少し嫌な感じの味がする。
甘いだけならば、すんなりと飲めるが、この妙な苦さの所為で、少しオエッとなってしまう。
この魔力回復薬はコップ一杯、お茶を淹れるカップ一杯分はある。
私は意を決して、一気に魔力回復薬を飲み干した。
うーん、飲んだのは良いが、後からえぐみが来る。
少し涙目になってしまった私に、カルメが水の入ったカップを差し出してくれた。
出来ればお茶とか果実水とか、別のものでこの味を紛れさせたかったが、折角差し出してくれたのだ。仕方ない。
そう思って、私はそのカップ一杯を飲み干して、口の中に残っていた魔力回復薬の味とおさらばした。
「ありがとう」
「いえ。中級の魔力回復薬は少し苦いですからね。お茶とは味の相性が悪いので、お水をお出ししましたが、大丈夫ですか?」
「うん」
何と、そうだったのか。お茶を飲んでいたら、更に苦しむことになっていたのか。
驚きと安堵にホッとしていると、身体の内側が熱くなるような、身体が火照るような、奥から何かが込み上げてくるのを感じた。
それが魔力だと直ぐに気付いた私は慌てて、込み上げてきた魔力を制御して抑え込んだ。
ルクスが言っていたのはこのことだったのだな、と納得した。
魔力回復薬はこんな感じで効果が出るものなのだと、知ることが出来た。
私が魔力回復薬を飲んだり、魔力を制御したりしている間、ルクスは魔術を使用して調合道具を洗浄したり、手を動かして素材を片付けたりしていたようだ。机の上は綺麗に整理されている。
「オデット様、大丈夫ですか?」
「うん」
「副作用や拒絶反応などもなさそうですね」
「う、うん」
そういうことがあるのなら、先に説明して欲しかった。いやでも、怖がらせるだけかと思ったのかな。まぁ、いいか。何も無かったんだし。
そうして、魔力が回復した私は、魔力制御の練習を続けることになった。
「それでは少し、条件をつけましょうか」
「条件?」
そう言うとルクスは、棚から砂時計を持って来た。やはりジュネの視線は鋭くなったが、これには私も少し賛同してしまう。だって、さっきから棚から色々な物を出しているけど、本当に用意が良いなと思っていたからね。
計量カップの横に置かれた砂時計には小さめだが、やはり目盛りが付いていて、そしてつまみがついていた。
「ここを回すと、計る時間を変えられます。30秒刻みで最長で3時間、最短で30秒です」
3時間。そんなに長く計ることがあるのだろうか。調合とか実験とかに知識がないので分からない。
「今度は魔力を8000。そして2分以内、という条件をつけましょう」
その言葉に、私は目を瞠った。先程は時間に制限がなかったので、存分に制御だけに集中していられたが、今回は残り時間も気にする必要があるようだ。ゆっくりと調整していられないので、手早く魔力を注がなければならない。
先程とは違う緊張感を持って、私はカップに指をつけた。私はルクスを見て、頷く。
それを見たルクスは、2分に設定した砂時計をひっくり返した。
まずは6000、いや7000までは一気に入れよう。そう思って私は、だばーと魔力を注いだ。
7000を越えそうになって来たところで、きゅっと魔力を細くして、ちらりと砂時計の目盛りを見た。
時間は40秒ほどが経過している。
うーん、これは間に合わないかも。
そう思った私は、今は10ずつで増えている魔力を、少し増やした。30、いや40くらいかな。
そんな勢いで、増えている魔力は7800を過ぎたところだ。時間は残り50秒ほど。
よし、これならいけそう。
そう思って、魔力を細くして調整する。
後は先程と同じように止めるだけだ。時間も間に合う。
私は落ち着いて、8000を越えないように、慎重に魔力を注いだ。そして先程と同じように、ぴたりと8000で魔力を止めて砂時計を見る。
残り8秒。
そこでルクスを見ると、彼は頷いて微笑んだ。
「素晴らしいです」
その一言に私は大きく息を吐いて、カップに当てていた指を離した。
間に合ったし、成功した。私、よく頑張った。と心の中で自分を褒める。その声と同じように、ルクスも沢山褒めてくれた。
そして、ルクスは先程と同じように、魔力回復薬を作り始めた。
同じ手順だなと見ていたが色が違うので、同じことをしているということに気付いたのは、途中からだった。
まず、計量カップに入っている魔力の色は青みのある緑色だ。
そして、それを空の魔石に移し、透明な液体と黄緑色の粉、緑色の草が加えられ、白みのある黄色の光が降り注ぐ。
くるくると細長い棒でかき混ぜて、完成したのは緑色の液体だった。
「どうぞ。上級の魔力回復薬です」
「うん」
私は、これも同じ味なのだろうか、と一口飲んでみる。
すると、先程よりも甘味が強く、えぐみが少ないということに驚く。
これならいける、と安心した私は、普通にごくごくと魔力回復薬を飲み干した。それでも、カップ一杯分も飲むと、えぐみがはっきりと感じられる。
カルメが出してくれた水をすかさず飲んで、口の中をすっきりさせる。そして、魔力が回復するのを待ち、湧き起こって来る魔力を制御した。
そう言えば、これほど沢山の液体を飲んでいるのだが、お腹がたぽたぽにならないな、と不思議に思う。
お腹の空き具合をみるに、水の分くらいしか、埋まっていない。もしや、魔力回復薬って消えたり、直ぐに吸収されたりするのだろうか。
そんなことを考えていると、調合道具を洗浄して、材料と共に棚に片付けていたルクスが、私に声をかけた。
「それでは、少し早いですが、昼食に向かいましょう」
「そう言えば、食事では魔力は回復しないの?」
「少量は回復しますが、午後からの授業までに戻る程ではありませんよ」
「そっか」
私の質問の意図を読んでくれたルクスが解説してくれる。
休むと体力が回復するように、自然に回復する分と、食事に含まれる祝福や魔力を吸収して回復する分があるらしいが、魔力回復薬の急激な回復量と比べれば、微々たるものらしい。
そして自然に回復する魔力量は、誰でも同じ量なのではなく、保有魔力量の数%という割合らしい。
勿論、魔力量が少ない人の方が、それでも一杯になるまでの回復時間は早いようなので、完全に厳密に割合という訳でもないらしいが。
午後からの授業でも魔力を使うそうなので、先に魔力回復薬を飲んでおいたようだ。まぁ、あの味の後であれば、いつもより昼食が美味しく感じることだろう。逆に昼食の後に、あの味を飲むことにならなくて良かった。
やはりルクスは頼りになるな。そんなことを考えながら立ち上がった私たちを、ジュネとカルメはどこか呆然としながら、ただ見ていた。
「(作れるには作れるが、あんなに簡単に作れて、ぽんぽん渡すような物じゃないぞ)」
「(上級ともなれば、その材料はそれなりの値段だったはず…………流石、協会長ですね)」




