26.寝落ち
私は何歳なのか。
それを問いかけると、ルクスはさらりと答えてくれた。
「それはこれから測定する予定です」
「測定、できるの?」
「はい。身体の魔術の定着度合いを測定して、そこから年齢を計算することができます。まぁ、誤差はありますが」
何と。魔術はそういうことにも使えるのか。という感心を抱いたところで、私は話を戻す。
「でも、お酒を使った料理は食べられるんだよね?」
「はい。そうなのですが…………稀にお酒に非常に弱い人がいます」
「お酒に弱い?」
「はい。少量のお酒でも直ぐに酔ってしまう人です」
「酔うとどうなるの?」
「人によって様々ですね。突然泣き出したり、笑い出したり、愚痴っぽくなったり、眠くなったり」
「何それ。怖いね」
「いえ、普通の人はこうなることはありません。お酒に弱い人はそうなってしまいやすくなるということです」
「うーん。食べても良い?」
「しかし、オデット様がお酒に弱かったりしたら…………」
氷菓子が溶け始めているので、私としては早く食べたいのだが。
焦る思いでルクスたちを見るが、まだ悩んでいるようだ。
まぁ、弱かったとしても何とかなるのでは?
そう思って、私は二人がこそこそと相談している間に、一口食べてみた。
「あっ」
「オデット様!」
二人が制止する声が聞こえるが、もう遅い。
口の中に広がる檸檬の香りと甘くてほろ苦い味。これがリキュールの味なのか。そしてしゃりしゃりしていて、じゅわっと溶けるシャーベット。
「美味しい」
特に何もなさそうだぞ、と判断した私は、そのままぱくぱくと食べ進める。
ひんやりとしたシャーベットと、少し口の中が熱を持つようなリキュールの感覚が交互にくるので、食べるのがやめられない。
暫く、私をじっと観察していたルクスたちは、私が問題なくあっさりと食べ終えてしまったのを見て、慌てて少し溶けてしまったシャーベットを食べていた。
それにしても、何も起きないな。私って、案外お酒に強いのかな。まぁ、大人になってから考えよう。
無事にシャーベットを完食した私は、次に運ばれてきた料理の華やかさに目を瞠った。
鮮やかな赤色のお肉は薄切りにされ、花の形に盛りつけられている。その上には艶のある深い紫色のソースがかけられ、お肉の上で煌めいている。
「霜降り牛の蒸し焼き。グレイビーソースがけでございます」
「霜降り牛は牛の一種です。脂が筋のように細かく入っていることから、霜降りと呼ばれます。グレイビーソースは牛を調理した時に出る肉汁に調味料やお酒を加えて、煮詰めたソースです」
ソースがかかったお肉を一切れ口に入れると、その相性は抜群で、お肉の旨味とソースの旨味が調和していた。
お肉の見た目は脂が多く見えて、敬遠してしまいそうだが、食べてみるとその脂は意外とあっさりとしている。
舌の上に残らず、すっと引いていくので、次々に食べ進められ、いつの間にか、食べ終えてしまっていたようだ。
美味しいお肉を堪能して、一息ついているところに運ばれてきたのは、緑色の塊にしか見えないお菓子だった。
「チョコレートケーキでございます」
それはふんわりとした部分とまったりとした部分が交互になっているお菓子で、食感の違いはあるものの、どちらも香ばしく甘い何かの味だった。
「これは、チョコレートのケーキです。チョコレートはカカオという植物の実を加工して作られるお菓子です。それを更にケーキの形にしたものが、このチョコレートケーキですね」
「チョコレートはどういうお菓子なの?」
「味はこれとほぼ同じです。食感はどちらかと言えばもったりしています。飴のように固めてあるので、口の中に入れると溶けるのですよ。このチョコレートは意外と高級品なのです。そう言えば、最近この街にもチョコレート専門店が出来たとか」
「チョコレート専門店!」
そこには、この緑色のお菓子が並んでいるのだろうか。是非、いつか、そのお店に行ってみたい。
「(最近流行りのチョコレートに興味を持つとは、見た目の年相応の反応をすることもあるんだな)」
ジュネに微笑まし気な目で見られたが、私だって、このお菓子の美味しさには屈するしかないのだ。私の頭の中は、チョコレートのことで一杯になっていた。
お菓子も食べ終えて、私たちは隣の談話室に移動して、お茶を飲みながらゆっくりと過ごしていた。
「オデット様。本日はお疲れ様でした」
「ルクスたちもお疲れ様」
「はい。本当に色々なことがありましたね」
私たちはそれぞれに今日の出来事を振り返っていた。
いきなり知らない場所にいて、自分のことも周りのことも分からずにいたところに、デピラたちと出会って、魔術師協会に連れて来られた。
色々とあって、服や部屋を用意してくれて、食べる物もくれた。
洗礼と名付けの儀式をして、魔術階位を測定して、魔力制御の練習をしたり、常識を教えてもらったり。
いくつか、裸や魔力圧といったあまり良くない思い出もあったが、それはそれで経験になったと受け止めるべきだろう。…………いつか、役立つかもしれないし。多分。
でも、嬉しかったのは、ご飯の美味しさとか、この場所の過ごしやすさとかだけではなくて、ルクスたちが優しくて、私に良くしてくれたことだ。
もし、あの暗い洞窟で一人きりで置き去りにされて、誰も来てくれなかったらと考えると、恐ろしくてその先を考えられない。
魔力制御ができるようになるまで、誰も私に触れられないと知った時、一瞬あの薄暗い洞窟を思い出してしまった。誰も居ない、誰にも触れられない、暗い洞窟を。
実際には気が付いた時にはデピラたちが既に居たのだから、そんな洞窟は知らないのだけれど、それでも想像してしまうのだ。
私はこの国に来てしまったし、帰ることはできない。
ならば、ここに馴染む努力をしよう。
ここで生きていく努力を。
まずは魔力制御からだな。
うん、明日からも頑張ろう。
ここはあの洞窟とは違うのだから。
そんなことを考えているうちに、私は談話室の長椅子で眠ってしまっていたようだ。
私は控えの間で手早く自分の食事を済ませて、オデット様のお側に戻った。
オデット様たちは食後のお茶を楽しみながら、今日の出来事をそれぞれ振り返っていたようだ。
皆の顔には一様に疲労が窺える。いつも飄々としているあのルクス様でさえ、かすかに疲労が滲み出ている。
珍しいことだ。そう思っていると、オデット様がいつの間にか、背凭れに身を預けて、目を閉じていた。
「オデット様?」
反応はない。オデット様は私の声に応えることはなく、静かな寝息を立てている。
どうしましょう。オデット様は魔術階位がかなり高く、ルクス様ですら、そのお身体に触れるのに苦労するほどだ。しかし、新たな主人をこのまま長椅子で寝かせておくわけにはいかない。
「遮魔布を持って来ますか?」
そんなオデット様を見たジュネ様が、ルクス様に問いかける。
けれど、ルクス様はどうでしょう、と首を傾げた。
「恐らく今も放出魔力は2000程度ですから、このままでも、問題なくお運び出来ますよ」
その言葉に私とジュネ様は驚いてオデット様を見つめた。
確かに、魔力制御を学ばれる前まで、恐ろしいほど放たれていた魔力も、今はかなり軽減されている。
このままであれば、私でもお運びできるだろう。
「まさか、本当に無意識でも制御できるようになっているとは…………俺は一週間程かかりましたよ」
「そうですね。オデット様には本当に魔術の才、そして努力の才があります」
同じように魔術階位の高さで苦労されてきたルクス様には、それがよりはっきりと感じられるのだろう。
大抵は、無意識下になれば、制御していない時と同じような状態になる。それを無意識でもできるように訓練していくのが、魔力制御だ。
それを一回の数時間の訓練だけで身に付けられているオデット様はやはり規格外だ。
「オデット様はこちらに来る前から魔術を学ばれていた、とかではないですよね?」
ジュネ様がそうお考えになるのも当然だろう。オデット様はまさに規格外。
お食事をしている姿や、その解説を嬉々として聞いていらっしゃる姿は、見た目の年相応の反応をしているが、魔術や勉強といった頭を使う場面では、時には大人より聡いお考えを見せる方だ。
しかし、そんなジュネ様の考えをルクス様はあっさりと否定した。
「いえ、それはないと思いますよ。オデット様の元々の放出魔力量は保有魔力量にかなり近い値でした。魔術を学んでいれば、その差は大きいはずです。記憶がない所為かもしれませんが、ここまで制御できているのは、オデット様の努力の賜物ですよ」
確かに、魔力制御は無意識でもできるようにするものだ。
一度、制御することを学ぶと、放出魔力量は保有魔力量とはかけ離れていく。
それが近い値であったのであれば、それだけ制御を学んだことがないという証拠でもあるのだ。
そんな話で少し、しみじみとした空気を変えるように、ジュネ様がにやりと悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。
「今日のルクス様は、かなり面白かったですね。そういった意味でも、オデット様は素晴らしいですよ」
「面白いですか?」
「それはもう。魔術の話を嬉々として語りだしたり、オデット様に揶揄われたり…………」
「ジュネ?忘れましたよね?」
「はははっ。そういうところですよ。今までのルクス様ではあり得ない反応です」
至って真面目にルクス様の反応を分析しだしたジュネ様を見て、ルクス様は少しだけバツが悪そうな表情をした。
「オデット様を見ていると、幼い頃の自分を思い出してしまうのです。階位の高さ故に、物や人に安易に触れられない。母の温もりや父の大きな手、それらがないということは、とても寂しいのです。貴方たちにも少なからず、そういった経験はあるでしょう?だから、もしあの時、手を握ってくれる人がいれば、もしあの時、頭を撫でてくれる人がいれば…………そう思って、少しだけでもと願って、それでも手に入らなくて、やがて諦める。そんな思いをする人を目の前で生み出したくないのです。恐らくオデット様も同じ気持ちです。だからこそ、あんなにも魔力制御に必死なのでしょう」
「そうですね…………はぁ。今日のオデット様を見て、俺もまだまだだな、と思い知らされましたよ」
ルクス様のお考え、ジュネ様の思いは、私も同じだった。今日のオデット様の制御の様子を見て、私も頑張ろうと思えた。
「それは私もですよ」
「いやいや、ルクス様はもう十分でしょう」
「何を言っているのですか。まだまだですよ、私は。研究したいこともありますし」
「ほどほどにしてくださいね」
いつも、ルクス様の研究時間の管理に苦労しているジュネ様の盛大な溜息に、ルクス様は意外にもあっさりと頷いた。
「そうですね。それに暫くは、オデット様にかかりきりになるでしょうし」
「そうでしたね。明日からも仕事ですから、我々も早めに休みますか」
「そうしましょう。カルメ、オデット様をお部屋までお運び出来ますか?」
「はい。お任せ下さい」
「では、頼みます」
そう言って、ルクス様とジュネ様は談話室を後にした。
私はオデット様の前に跪いて、その眠りが深いことを確認する。
「オデット様、失礼いたします。私がお部屋までお運びいたしますので、そのままお休みください」
オデット様に触れた時、その魔力に少し手が震えてしまったが、問題なく抱えることができた。オデット様は少し瞼を震わせたが、目を覚ます気配はなさそうだ。それだけお疲れなのだろう。
私はオデット様をお部屋の寝台までお運びして、布団をかけて灯りを消した。
「お休みなさいませ」
次話は閑話となります。
また閑話が二話、続きます。




