25.可愛さとお酒
私がほっこりとした気分になっていることに、気付いたのか、気付いていないのか、ルクス光の模様の使用例について詳しく話してくれた。
「光の模様を描かないことで歓迎していない、または急な訪問で歓迎の準備が整っていないということを示すこともあります。予め決まっていた訪問で光の模様がないことは、歓迎されていないか、早めに帰って欲しいという意志表示でもあることもあります」
「なるほどね」
「更に悪質なのは、お客様の光の模様だけを崩して置くことですね。これはほぼ嫌がらせです。そういうことをする人が良く言う台詞が、あら、運ぶ時に崩れてしまったのかしら、とか、うちの使用人は未熟なの、とかです。他人の所為にして、自分は歓迎しているつもりだけど、光の模様が崩れててごめんなさいね、という嫌味ですね」
「ルクス、大丈夫?」
「あぁ、すみません。昔のことです」
やはり昔の出来事か。貴族って大変そうだな。嫌だと断れない、立ち去ることができない事情があるのだろう。それか、体面とか体裁とか。守らなければならないものは、縛られているものは多そうだ。
それとも貴族だけではないのだろうか。記憶の無い私には分からないが、庶民であっても、そういう嫌がらせのようなことには気を付けなければならないのだろうか。
私がそうげんなりとしていると、ルクスは励ましのような言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。協会ではそのようなことをする人間はほとんどいませんから」
ほとんど。つまり、少しはいるんだな。もしや、この人もそうなのだろうか、と疑いの視線を向ける。すると、ルクスは私の視線から逃れるように顔を背けた。
「ルクスは嫌なお客様にそういうことをするの?」
「…………滅多にしませんよ。わざとそういうことをすれば、つけ入る隙を作ることにもなりますから。それを狙っている時くらいですね」
弁明するように説明してくれたルクスを見て、やはり私は本当に歓迎されているようだと安心する。
しかし、ここはその部分を疑っていたことはおくびにも出さず、あぁするんだと目を細める。
そんな私を見て、ルクスは慌てて、本当に滅多にですよ!と声高に主張する。
その反応が可愛らしく思ってしまい、思わず笑みをふっと零してしまった私に、ルクスは揶揄われていることに気付いたのか、はっと我に返って、羞恥に顔を赤らめた。
やはりルクスは可愛いと、私はにんまりする。すると、ルクスは不貞腐れたような表情をした。
「と、兎に角、オデット様もお気を付けくださいね」
何それ、可愛い。こんな人が協会長で大丈夫なのだろうか。もう少し腹芸とか謀略とか、そういうものが必要な立場ではないのだろうか。
それに身分の高い貴族の生まれなのだ。幼い頃からそういった視線に晒され、そういったことが必要な立場ではなかったのか。
ねえねえ、貴方たちの協会長が、こんななんだけど、大丈夫なの?
そう思ってジュネを見ると、信じられないという驚愕の表情でルクスを見ている。
ルクス様?夢なのか、これ。と呟いてしまっているので、やはりこのルクスは通常の反応ではないらしい。
なぜそれを私に見せてくれているのかは分からないが、私にはとても効果的だ。良い意味で、心が締め付けられるような苦しさを感じる。
「いやいや、ルクス様に嵌められたり、ルクス様の面倒を見たりする夢は見ても、ルクス様の頬を赤らめているところを夢に見るなんて、有り得ない。変態か?変態だったのか、俺は。いやいや、それは断じて違う。うん、そうだな。じゃあ、この光景も間違いだな。うん、オデット様の魔力圧とかの所為で、幻影が見えているだけなんだろう。うん、オデット様のためにも忘れて差し上げよう」
ジュネが隣でぶつぶつ言っているのが聞こえてしまった。
何だと?私の所為だと?いや、確かにルクスの可愛いところを引き出したのは私だ。
しかし、午後にあんなに魔力制御を頑張った私に対して、魔力圧が漏れているだとかは、流石に聞き流せないな。
よし、ジュネには現実を見せてやろう。
「ルクス。可愛いね」
「お、オデット様…………?」
「ジュネもそう思ってるみたいだよ?」
「はい?」
「ちょっ、オデット様!それ俺、死ぬから!」
私に可愛いと言われ、先程のことを思い出してしまったのか、再び頬を赤く染めたルクスに、さらりと事実を伝える。
そこで我に返って、先程の出来事はジュネも見ていたということ、そしてジュネにもそのように思われてしまったことに、気付いたようだ。
このままお菓子のように甘い時間を過ごしても良かったのだが、ジュネがそこで口を滑らせてしまったので、夢から覚まさせてあげることにしたのだ。
ジュネは焦って私を止めようとするが、もう遅い。その一言だけで、十分なのだ。その一言で、断罪が始まる。
ジュネは焦りで私を止めることしか頭にないようだが、その間にもルクスは状況を理解できてきたようだ。ルクスの方から冷気のようなものが漂い始める。
この協会内はなぜか室温が適度に保たれている。暖房設備が見える所にはないので、熱源といえば、部屋の灯りである蝋燭の炎くらいだ。しかし、それだけではないような魔術的な何かが施さているのは間違いないだろう。部屋は暖かいというほどではないが、過ごしやすい室温だ。
そして廊下や洗礼の儀式を行った広間などはもう少し温度が低めで、少し肌寒く感じる。
私に与えられた部屋で窓を開けた時、外がかなり寒かったので、廊下などはそれに近い気温ということになる。
勿論食堂も過ごしやすい室温に整えられているので、長時間いても寒さに震えることはない。
そんな食堂はルクスを中心に、ひんやりと冷気が漂って来ている。凍えるような圧倒的な寒さではなく、背筋がぞわりとするような、ちくりと肌を刺すような寒さだ。これが悪寒というやつだろうか。と、どこか感心していると、ジュネははっとその冷気に気付いて、そろりとルクスの方を窺う。
「る、ルクス様…………」
「ジュネ、先程の光景を見たのですか?」
「え、いや、この距離で三人で食事をしていて、視界に入らない方がおかしいでしょ」
「見たのですね?」
「み、見えました」
「そうですか。では忘れてください」
「は、はい。忘れます」
「宜しい」
意外に冷静な指摘をするジュネだが、ルクスの怒りというか冷気は収まらなかった。それには勝てないと思ったのか、ジュネは大人しく、先程の光景を忘れることを了承していた。ジュネは意外と賢い、というか、慌てて焦りながらでも、適切な対処ができる人間のようだ。うん、見習いたい。
うんうん、と頷いていると、ルクスの鋭い視線がこちらを向いた。
「オデット様も、見ましたか?」
「うん。見たよ。もう一回やる?」
「っ、しません!」
「そっか。残念だけど、またね」
「二度目はないです」
うーん。それが三度目だということは指摘しないでおいた。気付いていないのなら、私の心の中で、大切にしまっておこう。と、返事をせずに微笑むと、ルクスはまた不貞腐れそうになって、可愛い反応をしようとする。
可愛いのは良いのだが、さっきの冷気を漂わせたかっこいい表情はどうしたのだ、と少し呆れた目をしてしまう。
しかし、直ぐに表情を取り繕っていたので、本当にもう一回することにならなかったな、と息を吐いた。
すっかり冷気は収まっていたが、あれは魔力圧のようなものなのだろうか。でも全然苦しくなかったし、違うものかなと納得させておく。
光の模様の入ったスープを飲み終えて、次に運ばれてきたのは、深い青色の皮がついた白身魚だった。朝食に出て来たものと色は似ているが、こちらには白銀の斑模様はない。
「秋刀魚の香草焼きでございます」
魚の匂いとは別に、植物っぽい良い香りがしている。一口くらいの大きさに切って、そのまま食べてみると、味は塩味に引き立てられた魚の旨味だが、香りが全く魚臭くなく、食べる前から香っているものがそのまま口の中に広がる。この爽やかな香りが、魚臭さを消してくれているようだ。
「秋刀魚は北西の海が有名な漁獲地です。北の寒い海にいる秋刀魚の方が、栄養を蓄えていて旨味が強いそうです。ちょうど今の季節が旬の、季節の風物詩ですね」
何と。これは旬の魚だったのか。確かに、旨味がぎゅっと詰まっていて、簡単な味つけでも十分美味しい。やはり、ルクスの方をちらりと窺ってから説明してくれたジュネに、私はなるほどと頷く。
「香草焼きは調理法のことです。香りの強い植物の葉や実を一緒に置いておいたり、焼いたりすると、その香りが移って、肉や魚の臭みを消して食べやすくしてくれます。このように料理などの香りづけに使用される植物を香草と呼びます。食材や目的に合わせて、香草の組み合わせや比率を変えるそうですよ」
「へぇ」
この良い香りが香草なのか。
香草は料理に良く使用されているようで、こうして香草焼きにしなくても、使われていることが多いそうだ。沢山の種類があるそうなので、その組み合わせや比率を考える料理人は凄いなと、感心してしまった。
ルクスの方をちらりと盗み見たが、至って普通の表情をしていたので、この料理については特に説明したいような魔術的な話はないらしい。
あっという間になくなってしまった白身魚の次に運ばれてきたのは、茶みかがった黄色の氷菓子のようだった。
「檸檬リキュールのシャーベットでございます」
「「えっ」」
カルメが告げた料理名に、ルクスとジュネは声を揃えて驚いていた。
何か、この料理に問題があるのだろうか。
二人の視線は私と私の前のシャーベットを行ったり来たりしている。
私がそれに首を傾げると、ルクスが漸く口を開いた。
「カルメ。オデット様のシャーベットにもリキュールを?」
「はい。お二人と同じ物をお出ししております」
カルメの言葉にルクスとジュネは、早速そのシャーベットとやらを一口食べていた。私は何となく、まだ食べない方が良いかな、と二人の反応を見守る。
「うーん。このくらいで酔う人は中々いないと思いますが…………」
「そうですね。でも、とんでもなく弱かったら、危ないですね」
「まぁ、この程度でしたら、オデット様くらいの年齢であれば、普通に食べていると思いますし」
つまり、どうなんだ?食べてはいけないのか?食べても大丈夫なのか?
「ルクス?」
「そうですね。リキュールがオデット様のお口に合うかどうか…………」
「うん?美味しくない?」
「いえ、そうではなく…………」
埒が明かないなと思った私は、ジュネにも問いかけてみる。
「ジュネ?」
「…………檸檬は、檸檬油の原料の檸檬のことを指します。そして、シャーベットはこの氷菓子のことなのですが…………その、リキュールというのは、お酒の一種でして…………」
「お酒は大人しか飲めない?」
「はい。サタロナ王国ではお酒は成人した者にしか飲めませんが、お酒を使用した料理は抜け道として黙認されています」
「成人は何歳?」
「16歳です」
今度ははっきりと答えてくれたルクスに私はふと思ったことを尋ねる。
「私って何歳なの?」




