24.光の模様
ルクスたちと共に食堂に入ると、昼食の時と同じように、三角形の形に机が置かれ、布がかけられていた。同じ席に座り、カルメたちが直ぐに料理を持って来てくれる。
「それでは皆様、頂きましょう」
「頂きます」
挨拶をしてから目の前の料理に目を向ける。
前菜は透き通った透明な四角い物体が小さなカップに盛りつけられており、上に色とりどりの花びらが散らされている。きらきらと光が反射する透明なものと、花びらの色で、小さくとも華やかで綺麗に見える。
「コンソメのジュレサラダでございます」
「コンソメが茶色じゃない?」
カルメが教えてくれた料理名に、私は首を傾げた。昼食ではスープという液体だったが、今回は固体だ。それに色も違う。これはコンソメ味の別物、ということだろうか。
そんな私の反応にくすりと笑ったルクスが説明してくれる。
「ジュレはこの透明なもののことを指します。味はコンソメですが、形状がジュレです」
「コンソメが透明になる?」
「これは透明に変化したというよりは、透明に見える程薄まったということです。コンソメの階位が変化したわけではありません。それによく見ると、薄い茶色ですよ」
そう言われて、スプーンで掬って近くで見ると、確かにコンソメの色が薄っすらと付いている。花びらの陰になっていて見えなかったようだ。
そのまま食べてみると、確かにコンソメの味だ。ただし食感が違う所為か、口の中に広がるというよりは、噛み締める度に旨味が出てくるという感じだ。これもこれで美味しい。
「透明は魔術階位にはない色です。透明な物は魔術を持たないですからね。例えば空気や水です」
「空気と水」
「はい。しかし、魔術がないということと魔力がないということは違います。空や海には色があります。それはコップ一杯程度では透明に見える程の魔力しか含んでいませんが、大量に集めると青階位くらいの魔力はあるということです」
「魔術はない?」
「はい。魔術は生物が保有するもので、魔力を使用してとある現象を発生させることを言います。魔力は力です。空気や水は力を持っていますが、自分で使うことはできない、ということです」
「じゃあ、料理や家具に魔術階位があるのは何故?」
「それは材料の色ですよ。材料の植物や動物の色の階位が反映されているのです」
「土も魔術を持たない?」
「はい。そうですね」
ルクスの説明に私は考え込んだ。色があるということは魔術を持っているのではなく、魔力を含んでいるということらしい。土や水、空気は魔力を持っているが、魔術は使えない。その差は生物であるか否かだという。
それでは、生物はなぜ魔術が使えるのだろう。魔術とは何なのだろう。と考えが至ったところで、またルクスの言葉を思い出した。
魔術は魔力を使用して、とある現象を発生させること、だ。それではやはり、魔術はなぜ使えるのか、どうやって使っているのか、というところに行きつく。
それを口に出すと、ルクスは目を瞠って、悪戯を思い付いたように口端を持ち上げて微笑んだ。
「それはこれからの授業で分かると思います。その問いを胸に、答えを探してみてください」
「ん?うん、分かった」
なるほど?今後の授業内容になるから、今は話せないということか。それか、話すと長く、それこそ授業になってしまう、ということだろう。
私はそれに頷いて、今後の授業に期待しておこうと、心に留めておく。
そして、前から薄々感じていたのだが、身の回りの物を魔術や魔力を中心に考えてしまうのは、説明してくれているルクスが魔術に傾倒した人間だからなのではないだろうか。
ルクスにその自覚はあるのだろうかと思い、疑問に思う部分をつついてみる。
「ルクスは料理に詳しいね」
「そうでしょうか。まぁ、料理は複雑な術式を形成しておりますから、料理を理解するには素材や調理過程の魔術についての知識が必要になります。料理人には優秀な魔術師が多いのですよ」
なるほど。よく分かった。ルクスは相当の魔術好きだな。
料理に詳しくなるために魔術を学んだのではなく、魔術に詳しくなるために料理にも詳しくなったというところだろう。
私は普通の説明をジュネに求めた。
「ジュネ。この料理について教えて」
「えぇっと、そうですね。コンソメは兄のブラカが得意とする料理の一つですが、このコンソメ料理には弟のウィテハらしさが出ていると思います。」
「夕食はウィテハが担当?」
「はい。順番で言えばそうですね。それに、確かにブラカはコンソメをよく使用しますが、このように前菜では出さないような性格、と言いますか…………この前菜は、ブラカにしてはお洒落だと思います」
「なるほど」
確かに昼食の時の荒々しいというか、大胆というか、野性味を感じさせる料理と比べれば、この前菜は華やかで軽やかで優雅な感じだ。
偏見として言うならば、ブラカは花びらを散らさないように思ってしまう。
「ブラカとウィテハはお互いに切磋琢磨しているので、時々お互いの影響が見える料理があります。しかし同じコンソメでも、昼食に出たものとは趣が違うと思います」
そう言われて、私は改めてコンソメの部分を食べる。
うーん、こちらの方が優しい味がするような気がする。
それをそのまま伝えると、ジュネも同意するように頷いてくれた。
「そうですね。ブラカは何と言いますか、ガツンと肉や野菜の旨味を引き出していますが、ウィテハは上品な優しい味というか、優美な雰囲気があります。コンソメに関しては、ウィテハはブラカに負けていると思っているようですが、それぞれに良さがあると思いますよ」
「うん」
確かに、どちらの方が良いという話ではなく、それぞれに得意分野があり良さがある。私はどちらの料理も美味しいと思う。
そして、ジュネがきちんと料理の解説をしてくれたことに、何故か感動してしまう。これが普通の感覚か。
「ジュネ、ありがとう」
「…………いえ」
そんな私の思いが伝わったのか、私がお礼を言うとジュネは、ちらりとルクスの方を窺って苦笑した。
私もその視線に誘われるようにルクスの方を見たが、ルクスは何とも思っていないらしい。
普通の表情で前菜を食べていて、私たちの視線に気付き、何か?というように首を傾げた。
そこには魔術を語る時のような熱意は全く籠っていない。
そうして、熱意のない普通の表情を見ていると、ルクスの顔はどこか冷徹にも見えるような端正な顔立ちだということに気付いた。
魔術の話をしている時は、どちらかと言えば、年長者らしい知性を感じさせる瞳と、少年のようなあどけなさを感じさせる口元が相まって、どこか腹黒そうな高貴な人というように見えてしまうのだ。
そんなルクスとは異なり、ジュネは無表情の方が少年らしい若々しさを感じさせ、そこに感情が乗ると大人びて見えるのだ。多分、ぱっと見の見た目で、実年齢より若く見られるような人だ。
どちらも、冷徹な感じか、柔和な感じかという違いはあるが、整った顔立ちなのは間違いない。
そんなことを考えながら前菜を食べていると、あっという間になくなってしまった。カルメによって皿が取り換えられ、次に目に入ったのは、黄色の液体で表面に簡単な模様が描かれた、緑色のスープだった。
「枝豆のスープでございます」
緑色の液体は枝豆というのか、と知ってから、さてそれは何なのだろう、とジュネの方を見る。ジュネは一度、ルクスをちらりと見てから、説明してくれた。
「枝豆はとある植物の実を熟す前、青いうちに収穫したものです。味は食べて頂ければわかりますが、実は熟すと茶色になり、大きく階位を落とします。そちらを大豆と呼び、甘味があっておいしいのですが、スープや前菜よりはお菓子に使われることが多いです。」
ジュネの説明を聞いて、私はスープを口にした。ほんのりと優しい甘さが奥の方にあるのが分かるが、それよりも熟していない野菜らしい青臭さがある、塩気と旨味のあるスープだ。黄色の液体も一緒に掬って食べてみると、先程よりも少しまろやかな味になる。
「この黄色の液体は?」
「これは牛の乳ですね。ウィテハたちは牛にもこだわりがあるようですが…………すみません。俺には分かりません」
「いや、大丈夫。ありがとう」
牛は一般的な家畜だったはずなので、種類も多いのだろう。それを当てることができないからと言って味音痴という訳ではない。
そして牛の乳の話になったあたりから、少し鬱陶しい視線をこちらにちらちらと向けてきている人がいる。
何か聞いて欲しいようだな。そして魔術に関することなのだろう。
それはそれで気になるので、私はルクスに視線を向けて、問いかけた。
「ルクス?」
「はい。このスープは牛の乳で、模様が描かれていましたよね?あれには意味があります」
「そうだったんだ」
その言葉に私は手元のスープを見る。一部が崩れてしまったが、確か、四本の同じ長さの線を交差させたような模様だったはずだ。
「はい。光には様々な色がありますが、基本的には黄色や白色を光の色として使うことが多いです。そして、その色の液体で光を模した模様を描くことで、光を表しています」
「光を?」
「はい。光の模様はこう、十字を二つ、角度をずらして重ねたような…………こういう模様です」
そう言って、ルクスは空中に指で、スープに描かれていた模様を描いた。中心から八本の線が、八方向に枝分かれしたような形だ。確かに光の輝きにも見える。
「これは、一般的には、貴方の行く先に光あれ、という祝福の言葉を簡略化して記号化したものなのです」
「祝福の言葉?」
「はい。そこまで重たい意味の言葉ではありません。貴方に良いことがありますようにとか、良い明日が訪れることを祈っていますとか、その程度の意味ですね。例えば、どこかに旅に出る人にこの模様を入れた餞別を送ったり、お手紙の最後に挨拶として書いたり、とよく見るものです」
「ふーん」
「今回は恐らく、オデット様の来訪を歓迎します、という意味だと思います」
「私の?」
「はい。オデット様の正体は知らせていませんが、私にお客様が来て、一緒に食事を取っていることは伝わっていますから。お客様が来た時にはよくこの模様が料理に使われます」
なるほど。そこまで重たい意味で祝福されている訳ではないようだ。
よかった。料理にそんな重たい意味を込められても困るし、その思いに応えることもできないからね。よくある模様でよくある使い方ならば、安心だ。
「歓迎されないお客様の時はどうするの?」
「そうですね。政治的には歓迎の態度を示さなければならないことが多いですから、歓迎したくないお客様でも、光の模様は描かれることが多いです」
「私は?」
「オデット様は本当に歓迎されていると思いますよ。私の個人的なお客様ということにしていますし、朝食から一緒に食べているので、私たちの関係も良好だと伝わっているでしょう」
「良かった」
ルクスたちが歓迎してくれるのが嬉しいし、周りの人もこうして歓迎の態度を示してくれるのも嬉しい。
やはり、このお家を選んで良かったな。そう思える。




