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22.魔力制御の前に


ジュネとルクスの言い争い。

これはルクスが勝つだろうなと思いながら、静かにお茶を飲んでいると、ジュネの視線がこちらを向いた。


「しかし、研究に没頭されるのは良くありません。特に寝食を忘れて休憩もせずに、というのは。オデット様もそう思いますよね?」


おや、ジュネが新しい手札を切ったようだぞ。それに私を巻き込んでくれたようだ。なんてことを。


「うーん。寝食や休憩を忘れるのは良くない」

「偶にですよ」

「偶に、じゃありませんよ。よく、頻繁に、かなりの頻度で、です」

「…………」

「ルクス。それは心配」

「オデット様、どうかご心配なく。今度から気を付けます」


あまり反省していなさそうな、今度から気を付けるという言葉に、ジュネは溜息をついてしまっている。私には、その苦労の一端しか分からないが、ジュネにとっては頭の痛い問題なのだろう。


「うーん、今度から、私も付き合おうか?」

「オデット様が?」

「うん。ルクスの研究を見てみたい」

「それは構いませんが…………」

「オデット様、そんなことをしたら、ルクス様と一緒に不摂生な生活を送ることになりますよ?」

「うん。ルクスと一緒に不摂生な生活を送る」

「え、いや、それは…………」

「オデット様、いけません。成長期の子どもがそのような生活を送るのは推奨できません」

「じゃあ、ルクスがちゃんとご飯を食べて、寝台で眠ってくれたら、私もそうする」

「………………」


私の言葉に、ルクスが葛藤しているのが見える。


オデット様にそんな生活をさせる訳には…………いやしかし寝食を忘れずに研究ができるのか…………とぶつぶつ呟いているルクスは少し危ない人のようだ。

それに後半の台詞。研究していたら、必ず寝食を忘れてしまうような、何か強制力でもあるのかな?



そんなルクスが出した答えに、私たちは思わず笑いを零してしまった。


「えっと、なるべく努力するので、もし、寝食を忘れそうになっていたら、声をかけてください」

「ふふふっ。いいよ」

「オデット様、ありがとうございます!」


ジュネに感謝されて、ルクスが仕方ないというように溜息を吐いている。そんな二人の様子にこれまでの苦労が窺える。



この日を境に、ルクスの研究には大抵の場合は、私が付き添うことになった。そのお陰なのかどうかわからないが、ルクスの生活は少し改善されたようだ。


と言っても、暫くは私の面倒を見ることで精一杯だったルクスが、まとまった研究の時間を取れたのは、だいぶ後になってからだが。





そろそろ休憩を終えようか、という空気感の中で、私は気になっていたことを聞くことにした。

今の空気であれば聞きやすそうだし、何かの邪魔になることもなさそうだったからだ。


「ジュネは真名なの?それとも名?」


私の質問に皆が、あれ?そう言えば、という表情をしていたので、これは単に忘れていただけのようだ。ジュネ自身も、馴染んでいたので忘れていたようだ。


何だ。それほど気にしなくても良かったのかな。

そう思いながら首を傾げていると、ジュネは一度席を立って、私の近くまで来ると跪いて名乗った。


「改めまして、お目にかかれて光栄です、オデット様。ジュネ・フェウレと申します。名はノヴェラエ・プエラボと申します」

「よろしく…………で、何で皆は真名で呼んでるの?」

「それは、この場にいる私たちはジュネと個人的にも仲が良いからですね。真名で呼ぶことは親しみを込めてという意味や、相手を信頼している、気を許しているという意味が含まれます。公な場や他人が居る場ではノヴェラエと呼ぶので、気を付けて下さい」

「分かった…………ん?でも、私は最初から…………?」

「あぁ。それは、オデット様が真名を名乗られたのに対して、我々が名を名乗るということは、本来、失礼にあたるからです。真名を名乗るということは相手を信用し、相手に自分の真名を知られても良いと許可をするということになります。それを名で返答するのは、こちらには仲良くする気もなければ、貴方の味方になる気もないという意志表示になってしまうのです」

「へー」

「真名を利用すれば、祝福や呪いをかけることもできてしまうのですから、それを明かしてくれた相手に対して、自分だけ明かさないというのは不公平になる、と言えば分かりやすいでしょうか」

「うん」


確かに、真名はそんな風に利用できてしまうものなのだから、それを教える危険を冒すということを考えれば、簡単には教えない方が良いだろうし、片方だけが教えるというのが良くないのも分かる。


「仲良くしたくないと思っている相手から、先に真名を名乗られたら、どうすればいいの?」

「その場合はこちらも、名乗ってしまうか、名乗った後で真名を利用しないという誓約をお互いに交わすか、ですかね。あまり良くない対応では、こちらは名乗らずに、相手の真名を利用しないという誓約だけ交わすか、最悪、聞かなかったことにしてその場を立ち去るとか、まぁ良くないですけど」

「うーん」


確かにあまり良くない。仲良くない相手に真名を名乗ると、気まずいだけでなく、色々と面倒なことが起きてしまうのだな。うん、名乗らないようにしよう。


「初対面の人物に一目惚れとかした場合は仕方ないですが、基本的には名を名乗るようにしてください。例えば、一時的に知り合っただけの人物に自分の一部を生涯に渡って、預けるような真似はしない方が良いということですね」

「一目惚れならいいんだ…………」

「それも、有り得ない事ではありますが、自分の全てを貴方に捧げるという意味合いで、そうしてしまう人はいますね。それで、後々に浮気とかして呪いをかけられて、その解決を依頼されたりするので、本当に面倒なのですが…………」

「へ、へぇ」


ルクスの心底面倒臭そうな表情に私は内心で慄きつつ、相槌を打つ。これは、過去に何かあったな。


「あ、後は嘘の真名を名乗って、こちらは真名を名乗ったのだから、そちらも真名を名乗るように、と騙して要求してくる人がいるので気を付けて下さい」

「何それ、怖い」

「いえ、もっと恐ろしいことがありまして、陥れたい他人の真名を名乗って、嫌がらせをする人が居ます。その真名に仕返しをしても、呪いは他人の方に向かいますから、嫌がらせをした本人は、無傷。そして、真名を使われた他人の方が、被害を受けます」

「うわぁ」


ルクスの説明してくれた事例に私は顔を顰める。


その相手は嘘の真名を名乗って、こちらにも真名を名乗らせている。自分の被害を少なく、そして相手への攻撃が出来る状態になってしまうのだから、それは悪辣だ。


「ここで注意するべき点は、他人の真名を名乗るということです。嘘の実在しない真名であれば、魔力が紐づかないので、真名を口にした時にそれが感じられず、そのことで判断できるのですが、他人の真名であった場合には、目の前の本人ではないものの、他人の魔力が感じられるので、偽物ではないと見分けるのが難しいのです」

「見分けは付くんだ?」

「これには技術が必要なのですが、祝福や呪いを込めてその真名を呼び、自分の祝福や呪いが目の前の人物に通じているのかを見分けます」

「どうやって?」

「魔力残滓を辿って、ですね。魔力の移動や魔術の行使には、その痕跡が残ります。これを残滓と言います。それを見分ける力が必要になります。昼食の時に魔術鑑定識別官のお話をちらりとしましたが、彼らもこの残滓を見分けているのです」

「ふーん。ルクスもできる?」

「はい、一通りは。複雑なものになると難しいですが」

「私もできるかな?」

「魔術を一通り、修められたら、お教えいたしましょう」

「うん」


うん、そんな便利そうな力は手に入れておきたい。


真名の問題は魔力量や魔術階位で力押しできるものではないかもしれないし、搦め手が使われた時に対処できるような力は持っておいて損はないからね。



私がうんうんと頷いていると、話が一段落したと感じ取ったのか、カルメが控えめに手を上げる。私とルクスはそれに視線を向ける。


「あの、私も名を名乗っておいても宜しいでしょうか」

「カルメも真名?」

「はい。私の名はクイエタ・シルヴァンと申します」

「外ではクイエタ?」

「はい。宜しくお願いします」

「うん」


そうして、一通りの名乗りを終えて、ルクスによる真名についての注意というか、小講義が終わったところで、いよいよルクスの授業が始まった。




「それでは、授業を始めましょう。」


空気を切り替えるように、ルクスは一度手を叩き、私はその音に吸い寄せられるように、ルクスに注目した。


「一般常識についてはカルメに任せるとして、私からは魔術についてお教えいたします。理論から実践、初歩の事柄から最新の研究まで、幅広く学んでいきましょうね」

「ルクス。もしかして、かなり高度なことまで教えようとしている?」


ルクスの前置きに、私は口を挟まずにはいられなかった。擬態できるようになる程度の魔術ではなかったのだろうか。


そんな私の疑いに、ルクスはあっさりと頷いた。


「そうですね。しかし、オデット様は強大な魔力をお持ちです。それを正しい方向に適切な加減で行使するためには、高度な知識と技術が求められます。それに、魔力量が多いと使える魔術も多いですから、自然と学習量も増えます」

「それは、ルクスよりも多くなるということ?」

「恐らく、最終的な量ではそうなるでしょうね。通常は自分より階位の高い人物を教師として、自分の魔力量でできるところまで教わります。そして、興味がある分野について先人たちの研究を知り、自分も研究していくという過程になりますが、私やオデット様は自分以上の階位の教師がおりませんから、教師の階位までの魔術を学び、それ以上は手探りという形になります」

「ルクスも?」

「はい。私の場合は協会に来て、色々な人に色々なことを教えてもらい、その後は自分で手探りでやってきましたね」

「凄いね」

「ですので、オデット様には私ができるところまではお教え出来ますが、それ以上は私のように手探りで身に付けて頂くしかありません」

「…………」


ルクスよ。なぜ、貴方の苦労を聞いた後で、魔術初心者の私がその道を辿ると思ったのだ?私はそこまで魔術に傾倒するつもりはまだない。

いや、私の長所は魔術階位とそれに関係する魔力量くらいなのかもしれないが、それだけを伸ばすつもりはないのだが。


ちらりとジュネを見ると、案の定、呆れたような表情をしている。うーん、これは断りたい。


しかし、初回の最初の部分で、ある程度でいいです、とやる気のない様を見せるのは、何だかルクスに悪い。こんなにも親切に丁寧に教えてくれようとしているのだから。


うん。程々で頑張ろう。


そう決意して頷くと、ルクスは非常に良い笑顔で力強く頷いた。


まぁ、ある程度までいけば、私も他のことに興味が出るだろう。



そう安直に考えていた私は、予定外の、ある意味、想像通りの未来を迎えることになる。



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