21.ルクスの魔力圧(閑話)
今回は閑話です。
物心がついた頃には、母親が死んでいることを知っていた。
数年経ってから、自分のせいで死んだことを理解した。
そして、誰も、父親でさえも、僕に触れないということを。
「っ、ルクス…………!」
頭は酷く冷静で、心は静かな湖のように凪いでいた。それなのに、どうして目の前の少年は、これ程に苦しそうにこちらを睨んでいるのだろう。
あぁ、そうか。これが魔力圧なのか。
直ぐにそう理解した。確かに魔力が漏れているのが分かる。
僕は、幼い頃からどんなことにも貪欲に興味を持ち、追求してきた。
剣術、体術、魔術、医学、薬学、礼儀作法、芸術、史学、哲学、政治学、経済学…………
学んできたことに、身に付けたことに、どれも後悔をしたことはない。
何故なら、それが自分を守る術だと理解していたから。
だから、何事にも取り組み続け、自分の物にしていった。
しかし、それは周囲にとっては恐怖にもなるらしい。
それはそうだろう。僕は自分を守る武器を集めているのだから。
それは剣にも盾にもなる。他人を守ることも傷つけることもできる。
でも、武器を持っているだけで何もしていない僕を見て、勝手に傷ついたような被害妄想をこちらに向けてくるのは迷惑でしかない。
僕を恐れる周囲の人間とは違って、その少年は実害を与えてきたのだ。
「お前か?稀代の天才って、呼ばれてる奴は」
「…………こんにちは。天才かは分からないけれど、僕はただ勉強が好きなだけだよ」
本当は知っていた。
自分は強くない。勇気もない。弱くて臆病な存在だと。
だから傷つけられることを恐れ、自分の武器を、防具を必死に拾い集めているのだ。
「はっ。そうかよ。そうやって笑いながら、他人を傷つけられる奴なんだろうな、お前は」
「何のこと?」
だから自分を守った僕は悪くない、そう思っている。それが過剰防衛だったとしても。
「お前、自分がやったこと、覚えてないのかよ。はははっ。流石、他人を傷つけるのも天才ってか?」
「…………よく分からないけれど、次の授業があるから、僕はこれで失礼するよ」
そう告げて、僕は廊下の中央に立ち塞がった少年の横を通り過ぎようとした。
「母親殺し」
すれ違い様に、僕にだけ聞こえるように、呟かれたその言葉の意味を理解すると同時に、僕はその少年に鋭い視線を向けていた。
ぶわりと体の中心から何かが湧き上がって来る。僕の髪は魔力の風でふわりと揺れている。
僕はそんなことは気に掛けず、ただ目の前の少年を瞬きもせず、見つめ続けていた。
「っ、ルクス…………!」
相手が僕の名前を呼んだことで、更に魔力が膨れ上がる。
そうか。この少年は、僕を狙っていたんだ。人違いでも勘違いでもなく、僕を。
そんなにも僕のことを指名したいなら、応えてあげよう。だけど残念ながら、僕は君のことを知らないんだ。
だから、分かるよね?
「へぇ…………君の名前は?」
知られたくないのか、言えないのか。唇は震わせるものの、言葉にならない目の前の少年に、僕は一歩近付く。それだけで少年は二歩、三歩と後退した。
あれ、遠くなったな。逃げるの?傷つけるだけ、傷つけておいて?
そう思って僕はまた一歩、少年に近付く。
「っ、く、来るな!」
人気のない廊下に少年の声が響き渡る。
でもね、その言葉は正解じゃないんだよ?
「君の名前は?」
そうして僕が更に一歩、間を詰めようとした時、こちらに駆けよる足音と魔術の詠唱が聞こえた。
「我は世界に求める。汝に安らかな眠りを。セレペ!」
後ろから青色の光に照らされ、僕はふらっと倒れそうになる。地面に片膝と片手をついて、何とか襲い来る眠気に耐える。その間に、駆け寄って来た人物は、僕たちの間に割り込んだ。
「何をしているのですか!?ルクス君、メンソゲ君!」
「っ…………せ、先生」
「…………アンシテタム先生?」
やって来たのは魔術薬学の教師、アンシテタム先生だった。
先生の素早い判断により、僕たちは有無も言わさず、医務室に連れて行かれた。そして別々の個室の休憩室で、事情聴取されることになった。
僕にはアンシテタム先生、あの少年には体術の教師、シリダム先生が聴取にあたった。
「ルクス君、さっきは急に魔術を当ててごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて、そんなことないわよ。それで、何があったの?」
「僕が彼の発言に反応してしまい、魔力圧を向けてしまいました」
僕が簡潔にそう告げると、先生は悲し気な表情をした。
「…………何て言われたの?」
「色々と身に覚えのない悪口を言われましたが、母親殺しの言葉だけは聞き流せなかったので」
「っ…………」
僕の口から出たその言葉に、先生は驚いた後、酷く悲しい顔をした。先生の方が泣きそうになっていて心配だ。
その言葉は僕にとっての未知の武器のようなものだ。
母親を殺してしまうほどに階位が高く、生まれながらにして、殺人者であることを表す言葉。
僕は手放すことも変化させることもできない、高階位であること、という武器の使い方も危険性も分かっていなかった。
ただそんな武器を持っている僕を、周囲は恐れの目で見た。
身近な人たちだけは違ったが、それは負の方向ではなく、0だという程度で、間違っても好意のあるような、正の方向の感情ではなかった。
だから、僕はあの言葉を言われた時に、抵抗する以外の方法を知らないのだ。
それは未知の武器を暴発させないためである。
高階位であるという武器は、その有用性を示せば、皆が欲しがるだろう。その危険性を露わにしてしまえば、皆が恐れるだろう。
だから僕は、その武器に興味を持たれないように、恐れられないように、武器を使わず、武器があることを無視し、武器の存在を忘れさせるようにした。
自分を正当化しているような言い方だが、実際その未知の武器を僕が理解して使えるようになってしまって困るのは、僕を攻撃しようとする皆の方だろうに。
そう言った意味では僕の周囲の人たちは、僕の持つ未知の武器の効果を知っているのかもしれない。
知っていて危険だから、もしくは優秀過ぎるから、使わせないようにしているのかもしれない。
その後、あの少年の証言からも、僕の証言に間違いがないことが確認され、僕たちは追加課題の処分を受けた。
僕にとっては特に問題のない罰だったので、先生たちも僕の事情を察してくれているのだろう。
先生の心配そうな、辛そうな表情を見るに、先生もそちら側、僕にこの未知の武器を使わせたくない側の人間なのだろう。
そんな先生を僕はただ無機質な微笑みで整えた表情で見ていた。
その後、その少年とは接触することはなかった。
廊下ですれ違っていたとしても、僕はもう彼の顔すら覚えていない。
「ルクス?」
あの時とは全く異なる、憎しみや怒りなどの負の感情が全く籠っていない、優しい少女の声に、私は我に返る。
「どうしたの?」
言葉は拙いが、あの時の先生と同じように私を心配してくれているのが分かる。
「…………少し昔のことを思い出しまして」
「昔のこと?」
「はい。まだまだ未熟だったな、と」
「詳しく教えて」
私の昔の話を知りたがるその少女は、私の言葉に目を輝かせて、分かりやすい反応をした。
「ふふふっ。機会があれば、お話ししましょう」
「今がその機会だと思う」
いつものように、そう言って話を流そうとしたのだが、察しの良いはずの少女は、それに乗ってくれなかった。そのことを不思議に思い、理由を尋ねてみる。
「どうされました?」
「…………ルクスが寂しそうだったから。昔のことは悲しい?」
「っ!」
驚いた。この少女は本当に察しが良い。あの時の自分の思いをこんな形で知ることになるとは。
「…………実は学院に通っていた頃、同じ学院の生徒に心無い言葉を投げつけられたことがありまして、そのことを思い出していたのです」
「そんな人は魔力圧で黙らせれば良いと思う」
「流石ですね。実は私は怒りが抑えられずに魔力圧を出してしまい、先生に止められて、その後二人とも処罰されたのですよ」
「うんうん」
どうやら、この少女は無意識に魔力圧を出してしまったことを功績だと思っているようだ。よくやったというような勝ち誇った表情で頷いている姿を見て、私は思わず笑ってしまった。
「ルクスはもう寂しくない?」
「っ!…………はい。今はジュネやカルメ、他の皆、そして何より、オデット様が居ますから」
「うん!」
私は高階位であるという武器を持っている。今はその危険性も有用性も理解している。
だからこそ、同じく、いや私より高階位であるオデット様には、その武器をきちんと制御できるようになってもらい、それを周囲に認められ、そして優しい人たちに囲まれる生活をさせてあげたいと思うのだ。




