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20.仲直り


ルクスもカルメが傷付くことを分かっていて、それでも傷付くカルメではなく、私に選択肢を持たせてくれるのだから、やはり優しい。


私が既に傷付いていることを分かってくれているのだ。



私の傷をなかったことにして、怒りをなかったことにして、カルメと仲直りをするのではなく、カルメに傷つけられたことを教えて、カルメを傷つける覚悟を持って、それでもその先に仲直りがあると信じて、私は後者を選んだ。


だって、ルクスは助けてと言った私に頷いてくれたのだから。

それだけで希望を持てる。それだけで私はルクスを信じられる。


「私は、理由を知りたい」

「はい…………それではカルメ、思っていること、考えていることを正直に話して下さい」

「…………分かりました」


冷静に、そして断罪するようにも聞こえるルクスの言葉は、私にもその覚悟を持っているように、と言われているようだった。


当のカルメはよく分からないまま、頷いているようだった。


これから、何を言わされるのかを。

これから、傷つくかもしれないことを。



私はそんなカルメを怒りと悲しさを持って、見つめてしまう。


どうしてわからないの、どうしてわかってくれないの。教えて欲しい、教えてあげる。


そんな思いが綯い交ぜになって、心を荒らす。




「朝食を共に行動したことで、協会長のご意向は伝わったでしょう、と言いましたね。貴女が考える、協会長の意向とは何ですか?」

「…………それは…………オデット様を秘密裏に保護したい、というお考えだと推察いたしました」

「それは協会に来られて良かったと安堵するオデット様に、協会長は秘密裏に保護してくれようとしていますよ、と伝える言葉ですか?」

「はい」

「何故、そのようなことを言ったのですか?」

「オデット様はこの先も協会に居られますよ、とお伝えしたくて…………」

「したくて?」

「朝食をご一緒に召し上がられたデピラ様にも、協会長のお考えは伝わっているはずですから、デピラ様が他人にオデット様のことを漏らすことはないでしょう、と。ですから、オデット様はこのまま協会で過ごすことができますよ、とお伝えしたかったのです」


最初は躊躇いがちに答えていたカルメだが、ルクスに経緯を聞かれているだけだということが分かったのか、段々と饒舌になる。



しかし、次の質問で、カルメはまた言葉を詰まらせた。


「それでは、それは、私がルクスに要らないとか、協会に置いておけないと思われたら、王国に引き渡すってこと?と仰ったオデット様に対して、何を考えましたか?」

「…………そのことに気付いておられたのか、と焦りました」

「そのこと、とは?」

「…………オデット様への対応をルクス様は決めかねていて、朝食はその時間稼ぎと査定の場でもあったということです」

「それでは何故、謝罪したのですか?」

「オデット様を、高位の方を査定するような真似を致しましたことを失礼だと思い、謝罪しました」

「オデット様に謝罪の理由を聞かれた時、何を考えましたか?」

「謝罪を受け取らない、というお考えだと思いました」

「それでは、オデット様の問いに対する、我々は、オデット様の意志を軽んじるつもりはございません。ただ我々が保護できない場合は、王国側や神殿にしか、オデット様の居場所はないでしょう、という言葉はどのような意図で言ったのですか?」

「オデット様がお怒りなのではないかと思い、オデット様の意志は尊重されるということをお伝えしたかったのです。そして同時に、オデット様に協会に居て欲しいと、ルクス様はお考えになられていると思い、オデット様を引き止めるために、他の選択肢を与えないようにお話ししなければならないと考えました」

「他の選択肢を与えると、オデット様は離れてしまうと考えたのですか?」

「はい。オデット様の好意はルクス様に向いていると思いました。そのルクス様から査定されていたと分かってしまったようでしたので、慌てて引き止めなければと思いました。朝食の席で、王国や神殿という選択肢については不信感を抱いているようでしたので、せめて嫌な場所よりは好きではない場所の方が良いのだと思って欲しかったのです」


ルクスによって明かされたカルメの考えや思いに、なるほど?と分かったような分かっていないような気持ちになる。

なぜそう言ったのかは分かったが、何でそんな風に考えたのかなとも思ってしまう。特に後半の部分は。



そんな風に私が考えていることが伝わったのか、ルクスは私の方を振り向いて頷いた。


「さて、オデット様、カルメの考えとオデット様のお考えで違う部分はありましたか?」

「うん。後半がずれてる。きっかけは、査定」

「そうですね」

「…………?」

「カルメ。オデット様は査定されたということに、怒りを感じておられない。失礼だとも思われていない」

「…………そう、なのですか?」

「私って、高位の人だったんだ。魔術階位が高いだけだと思ってた。それに高位の人を査定するのは、何が悪いの?」


私の純粋な問いかけにカルメは呆然として答えた。その表情はまだ、自分と相手の考え方が違うということが分かっていないような、無垢なものだった。


「え?それは、選ぶ権利は高位の方こそが持つものです。オデット様より階位の低い我々は本来、オデット様に選ばれる方です」

「そんなことないと思う。確かに、協会では魔術階位が高いと偉いのかもしれない。けれど、だとしたら、私は今後、協会長にならなければならないの?もし王国に保護されていれば国王に?神殿だと、聖女だったっけ?それでも、階位の低い人が選べないなんてことはない。もしそうなんだとしたら、反乱や革命は起きないよ」

「はい」

「それから、私が謝罪の理由を聞いたのは、謝罪を受け取らないという意志じゃなくて、どうして何に対して謝っているのか、分からなかったから」

「そう、なのですね」

「だから、最後の引き止める言葉もいらない。ここを離れるつもりはないから」

「はい。撤回致します」

「うん。私こそ、魔力圧をかけてごめんなさい」

「いいえ、こちらこそ、その…………誤解してしまい、申し訳ございませんでした」

「うん、いいよ」


私たちがお互いに謝罪し、それを受け入れたことで、皆は一様に安堵の息を吐いた。

そして、喧嘩?を仲裁してくれたルクスは私たちにそれぞれ注意する。


「オデット様はこれから常識と貴族の会話について学んでいきましょうね」

「貴族の会話?」

「カルメの誤解の仕方は貴族らしいものとも言えます。このような会話で衝突していたら、生活に不自由しますから」

「はーい」

「カルメは、オデット様に常識が通じないということをもう少し理解しましょう。常識が違う相手を理解して、通じる言葉を使うというのも大人の仕事ですよ。それから、最後の引き止める言葉は、考え方は悪くないのですが、言葉選びが最悪でしたね。せめて嫌な場所よりは好きではない場所の方が良い、という思いは理解できますが、まず前段階として、本当に好意がなくなったのか、ということも確認しておかなければ、脅しに聞こえてしまうのも仕方のない言葉でしたよ」

「はい。気を付けます」


仲裁後の取りなしや改善点まで教えてくれるのだから、ルクスは優秀で世話焼きだ。そんなルクスに私は万感の思いを込めて、お礼を言う。


「ルクス、ありがとう」

「いえ、お互い様ですよ」

「それなら、沢山ありがとう」

「オデット様には敵いませんね」

「私の方こそ、ルクスには敵わないよ。気付いてくれるなんて」

「まぁ、私にも似たような経験がありますからね」

「…………それは、分かるかも」

「ですよね」

「うん」


私の思いに気付きながらも、お互い様だと言ったルクスは何だか、格好良かった。



それにしても、ルクスが私の考えに気付いてくれたのは、やはり、似たような経験があったからのようだ。

ということは、こういう状況で魔力圧を出してしまうことは、魔術階位の高い人間にとっては起こりやすい現象なのだろうか。


まぁ、魔力量が多いと、簡単に魔力が漏れてしまいそうだからね。これは魔力制御を頑張らなければ。


そう意気込んでいる私を、ルクスは微笑ましそうに見ていた。



カルメとジュネも先程よりは随分柔らかで和やかな雰囲気になっている。


うん。一時はどうしても禍根が残るだろうと覚悟していたのに、それが嘘のようだ。





その後、私たちは今日の勉強はここまでにして、休憩にしようということになった。


ルクスの執務室に全員で戻り、応接用の机に向かう。カルメがお茶を淹れてくれて、ジュネがお茶菓子を用意してくれた。


ルクスは少しだけ仕事が残っていたのか、執務机で紙に何事かをさらさらと書いて、ジュネに渡していた。それを扉の外に持っていったジュネも直ぐに戻ってきて、全員で席に着いた。


その間、長椅子で大人しく皆が来るのを待っていた私は、驚きで呆然としていた。



何故なら、書類が全て片付いていたのだ。


ルクスの机、ジュネたちの机、応接用の机、全てに積み上がっていた書類が一枚もなく片付いている。



あれだけの書類がどこから持ち込まれたのかもそうだが、どこに行ったのかも疑問だ。まぁ、それは私には関係の無いことだけど。



「ルクスは仕事が早いの?」

「あぁ。書類は大量にありますが、件数としては少ないのですよ。付属資料が多いだけです」

「でも、あんなに書類があったのに…………」

「あの程度でしたら、日常茶飯事ですよ」


けろりとしてそう言うルクスを訝しく思った私は、視線をジュネに向けた。


「ジュネ。ルクスは仕事が早い?」

「はい。間違いなく早いです。本気を出したら、王国でも一番なのではないかと」

「王国で?」

「ジュネ、オデット様。王国には私より早い人が沢山いますよ」

「いえいえ、ルクス様の本気には敵いませんよ」

「あれは本気と言うか、真面目にやっているだけなのですが」


そう言ったルクスの言葉にジュネが過敏になってしまったようだ。目を細めて、ルクスを見る。


「それって、普段は真面目にやってないということですか?」

「いえ、そう言う訳ではありませんが。普段の仕事は普通にこなしているではありませんか」

「つまり真面目にやれば、もっと早くできると」

「普通以上に早くする必要ありますか?もしや、私の研究時間の確保に協力してくれるのでしょうか」

「いえ、協会の仕事を増やします」

「仕事って、増やそうと思って増やせるものなのですね」

「ルクス様の場合は、指示する側で運営する側なのですから、下の意見を聞いて色々と企画してくれても良いのですよ?」

「必要なものについてはそうしていますが、折角できた自由時間は研究に当てるべきでしょう」

「ルクス様は研究者である以上に、協会長なのですから、そちらが優先されるべきでは?」

「それはそうですが、協会長としての役目は全うしています。それ以上を求めるのは割に合いません」


これはルクスの勝ちだろうな。やるべきことはしっかりとこなした上で、やりたいことをやっているのだから、責められる部分はないだろう。


次話は閑話となります。

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