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19.魔力圧


まず、謝るか。


貴女は事実を指摘しただけなのに、怒ってしまってごめんなさい。

貴女が言ってくれたことに、今度から気を付けます。

だから、今度からは貴女がどう思っているのか、もっと詳しくきちんと教えてくれない?みたいな?



カルメに言う内容を考えた私は、その内容に不機嫌になってしまう。

いや、自分で考えたことなのだが、それをこれから、微笑みすら浮かべながら口にしなければならないという状況に、吐き気すらしてくる。



私はただ座って、正面にいるカルメを見ているだけ、いや睨んでいるかもしれないが、それだけなのに、カルメはどんどん青ざめて少しずつ後退っている。



はぁー。あーもう、面倒臭い。…………よし、頑張るぞ。頑張れ、私!




そう心を叱咤して、気合を入れた瞬間、執務室に繋がる扉がノックされた。


やや急いたような音に、はっとして身を固くした私とカルメは、続いて了承もなしに開けられた扉に驚いた。



「オデット様!どうしました!?」



開口一番に、そう言ってこちらを見たルクスの慌てっぷりに私の方が驚いてしまう。



出会ってから、穏やかで冷静で柔和で丁寧な態度のルクスが、入室時の失礼を断ることもなく、ただ私に向かって歩いてくる。


そして、それについて来たジュネは、私とカルメの間に立った。ジュネは私からカルメを守り、庇うように隠したのだ。



そう、私から。




それに気付いた瞬間、私はここを何とか収めようと叱咤していた心が、すっと小さくなってしまったのを感じた。

そこにあるのはお前もかという怒りと、あぁやはりという諦観だった。



「オデット様。どうかお気をお鎮め下さい」

「ルクス?私は結構、冷静だよ?」

「っ…………」


カルメを見ているのだが、ジュネに隠されてしまっているので、どうしてもジュネを睨んでしまっているようになる。


私の視線を受けたジュネを苦し気に顔を顰め、瞳には恐怖を滲ませているのだから、やはり何かをしてしまっているのだろうか。


だからと言って、自分が何をしているのかが分からないので、私はどうすれば良いのかも分からない。



「魔力圧が漏れております。どうか、魔力をお収めください」

「魔力圧…………」


漏れているものの正体は分かったが、果たしてそれはどうやって漏れているのだろう。


取り敢えず、視線を受けると苦しそうということが分かったので、私は窓から見える青空に目を向けた。

すると、ルクスたちのほっとしたように息を吐く気配が伝わって来る。



私には、今、自分の魔力がどうなっているのかが分からないので、視線は空に固定したままにする。



暫く、こちらを観察するような視線を感じていた。

もう魔力圧とやらは収まったのか、私の目の前に跪いていたルクスは立ち上がって声をかけてくれた。


「オデット様。もう大丈夫ですよ。見苦しいところをお見せして、申し訳ございませんでした」

「ううん。私こそ、ごめん」



はぁ。何とか、収めたかったんだけどな。

魔力圧を出していたなんて、これは完全に加害者だろう。

やはり、先程の台詞を言う時が来たのか…………?


ルクスの乱入で忘れかけていた言葉を思い出し、私は小さくなっていた叱咤する心を取り出した。



「いえ。それで何があったのか、お聞きしても?」



控えめにそう聞いてくるルクスに、私は落胆の息を吐きそうになる。

ルクスは気遣わし気な表情をしているが、魔力圧については完全に私が悪い。

睨んでいただけのつもりだったが、魔力が伴って圧力となって感じられていたのだろう。



私の言葉を待ってくれているルクスには悪いが、加害者である私から話すのは難しい。

どうしても、自分が被害者であると主張してしまうからだ。

いや、実際にそう思っている部分もある。

しかし、魔力圧を出していた手前、そう主張しても認められる可能性は小さいだろう。




はぁ。さっき、考えていた通りになったな。


事実を指摘されて、逆上して、魔力圧を出して…………これは、何も言えない。はい、弁明の言葉もありません。



しかし私の心の一部が、カルメに事情を説明されてしまうとカルメに有利なように言われてしまうだろうと、反対している。私はそんな心を押さえつけて、ルクスにぽつりと告げた。


「…………カルメに聞いて」

「オデット様。貴女様はこちらにいらしてから、あのように魔力を揺らされたことは一度もありませんでした」


私の不機嫌で不満そうな表情が不貞腐れているように見えたのか、ルクスは優しい声で宥めるように言葉を紡ぐ。



ルクスが何故、妙にこちらの味方というか、同情的なのかが分からないが、これは聞いてくれているうちにすっぱりすっきりと言ってしまった方が良いのだろうか。


折角、ここでカルメより先に話す権利を与えてくれているのだ。

その理由は兎も角、ここは甘えてしまっても良いのだろうか。

それとも、これは既に私の罪状は決定した上での申し開きを聞いている段階なのだろうか。


そう思うと、悲しく空しくなってきたな。ルクスの私を見る悲し気な目が、期待を裏切られた、好意を無碍にされた時のような目に見えて仕方ない。




因みにジュネは、未だカルメを庇うように立ったまま、苦し気な表情ではないものの、こちらを責めるような目で険しい表情をしている。


ジュネには反発されそうだが、いつまでもルクスにそんな表情をさせていたくないので、私はすっぱりと言ってしまうことにした。

しかし、こちらにも非はあるし、あまり堂々と言えたことではないので、ぼそりと小さく呟く。


「…………私の視点から言うなら、カルメに脅された」

「脅された?」


そう問い返したのは、やはりジュネだった。ルクスが口を開くよりも早く、反射的に答えているのかと思うほど素早い反応に、心のどこかで他人事のように感心してしまう。




そしてルクスとジュネは、カルメに視線を向ける。ジュネが少し横にずれたことで、漸くカルメの顔を見ることになったが、その顔色はまだ悪い。


「…………も、申し訳ございません」


カルメの震えながらも小さく聞こえて来た謝罪に、私は舌打ちしそうになる。

事情を問われているのに謝罪するとは、先程と同じ流れになりそうだぞ。


と思ったところで、先程の言葉まで思い出してしまった私は、これはマズいと慌てて窓の向こうに視線を逸らす。

やはり魔力圧とやらが漏れそうになっていたのか、ジュネとルクスが素早くこちらを振り返るのを視界の端に捉える。



「私は空を見てるから」



その言葉に、ルクスは頷いてくれたようだ。

ジュネとカルメは安堵の息を吐いている気配がする。


「カルメ。話しなさい」

「はい。オデット様が洞窟からデピラ様に連れて来ていただいたという話になりまして、オデット様が、ここに連れて来てもらって良かったと。私は、朝食を共に行動したことで、協会長のご意向は伝わったでしょう、と言いました。そしてオデット様は、それは、私がルクスに要らないとか、協会に置いておけないと思われたら、王国に引き渡すってこと?と仰られたので、私は申し訳ございません、と謝罪しました。そこでオデット様に、何故、謝るの?と問いかけられ、私は、我々は、オデット様の意志を軽んじるつもりはございません。ただ、我々が保護できない場合は、王国側や神殿にしか、オデット様の居場所はないでしょう、と申し上げました。そしてオデット様は、それは、脅してる?と魔力圧を放ちまして、私は否定しようとしたところです。…………オデット様、誠に申し訳ございません」


カルメの説明は素晴らしかった。素晴らしい記憶力とその精確性に私は、やはり他人事のように感心してしまう。しかし、最後の言葉だけはいただけない。



だからさぁ、カルメはどんな理由で、何に対して謝ってるの?


そう問い詰めたい気持ちをぐっと堪えて、視界に広がる大空に心を向ける。




今日は気持ちの良い晴れ空だ。もくもくとした真っ白な雲が所々にぷかりと浮かんでいる。高く青い空だけを見つめていると、何故か、自分がどんどん落ちていくような感覚に包まれる。それほど高く澄んだ青空は、空気も気持ちよさそうだ。




心の大部分が空のことで一杯になった私は、漸く穏やかな気持ちを取り戻した。

しかし、そんな時に限って、平穏は壊されてしまうようだ。



「オデット様はどうしてカルメの謝罪を受けて下さらないのですか?彼女は何度も謝っています」

「ジュネ!」


一瞬で再燃してしまった怒りのままにジュネに視線を向けると、ジュネはうっと息を詰まらせた。それと同時にルクスも鋭い制止の声を上げる。


そのことに驚いて、私はルクスを見る。その時にはもう魔力圧は収まっていたようで、ルクスはジュネのように息を詰まらせることはなく、目を眇めてジュネを見ている。



ルクスがジュネの言葉を止めようとしたことが、それだけ驚きだったのだ。

ルクスはもしかして、私の考えや気持ちに気付いてくれたのだろうか。

そんな儚くて微かな、そして不毛な願いを抱いてしまう。



「ジュネは黙っていてください」

「しかし、カルメは謝罪しているではありませんか。お互いに謝罪して受け入れれば、問題ないでしょう?」

「黙りなさい。その謝罪が問題なのです」

「…………」


ジュネの言葉に、おいおい勘弁してくれ、という気持ちになってしまった。

いやでも、ここはそうするしかないのだ、と冷酷に囁く自分もいる。


しかし、続けられたルクスの言葉に、あぁこの人は分かってくれたのか、と不毛だと思っていた願いが叶うような予感に胸が騒めく。



ジュネが黙って様子見の姿勢に入ったことを見て、ルクスは頷く。


そんなルクスの瞳には、しっかりと状況を把握できているという冷静さと、答えが見えているような、解決の糸口が分かっているような澄明さがある。


これはルクスに任せても大丈夫そうだぞ、とまた一つ、私の心に安堵の欠片がぽろりと落とされる。

その安堵の思いの心地よさに、思わず私は取り縋ってしまう。


「ルクス、助けて」

「はい。勿論でございます」


囁くように小さく呟いてしまった私を、ルクスはしっかりと見て、微笑んで力強く頷いてくれた。


そんなルクスと私を理解できないというようにジュネとカルメは、目を見開いて見ていたが、ルクスの命令が効いているのか、口には出さない。




「オデット様。なかったことにするのと、傷つけてでも理由を知るのと、どちらが良いですか?」


ルクスの言葉に私は考え込む。さっきまでの私には前者の選択肢しかなかった。

これ以上怒りの炎を燃え上がらせるわけにはいかなかった私には、その可能性がある後者の選択肢は取れなかったのだ。



その結果、吐き気を覚えながら、あの言葉を言うしかないと思っていたのだから、なかったことには出来ても、実際に何も無いという結果にはならなかっただろう。




しかし、今は、怒りが落ち着いているので、多少怒りが再燃しても、傷つけることになっても大丈夫だと言える。


後者の選択肢が取れるのだ。ならば私は、きちんと理由を知りたい。




それでカルメが傷つくことになっても。


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