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18.すれ違い


「その冒険家は?」

「北を調査した冒険家はゴード・ワルク。主に北方の調査、開拓に貢献した人物で、600年ほど前に活躍しました。南に向かった冒険家はエスロエ。サタロナ王国出身の画家で、サタロナ王国内の様々な風景を絵に残しています。南の渓谷の様子も彼の作品に残されています。彼は300年ほど前に活躍しました。」


私はカルメの説明を、ペンとインクを借りて貰った紙に書き留めていく。重要な部分だけを箇条書きだ。


「南には湿原が広がっています。湿原は南に行くほど水位が上がり、海と繋がっているそうです。そして西大陸には、このサタロナ王国以外に二つの国家があります。この二つの国家はどちらも連合国です。西の海、南の海には沢山の島があり、その島それぞれが小さな国となっていて、それをまとめる連合政府があり、連合国となっています。西はセテルン連合国、南はソツセア連合国です。魔術師協会はこの島一つひとつに支部を置き、連合政府がある島に本部を置いています」


なるほど。島が集まっている国ということだそうだが、それほど人口が少ない訳でも、島が狭い訳でもなさそうだ。それなり、ということだろう。


よって、西大陸で一番広く人口が多いのは、このサタロナ王国ということだそうだ。


「サタロナ王国の協会本部はどこにあるの?」

「王都センテより東、王国の中心のミーレ、という領地にございます」

「ミーレの領主は貴族?」

「はい。ですが、ここには協会本部があるため、王家の直轄領となっています」


魔術師協会とどこかの貴族が親密になるというのは、王国としては避けたいのだろうか。


協会も政治的には中立というか無関心というか、どこかの派閥とかに属する訳ではないから、強いて言えば王家が管理に向いているのだろう。



「私が居た洞窟は?」

「最果ての森にある洞窟のうちの一つと聞き及んでおります。最果ての森の入り口には砦が設けられ、森への立ち入りを管理しております。これは、最果ての森が実質的な国境になるからですね。ブラス・ホネテ様はこの砦の責任者で、デピラ・アセズ様は、この砦近くにある魔術師協会ヴァラレ支部の支部長でもあります」

「へー」


あの二人って偉かったんだ。だって、国境を守る責任者ってことでしょ?


そんな人たちが現場に来たのはなんでなんだろうね。そんなに大事件だったってことかな?



というか、デピラとブラスは仲が良さそうだったけど、何で王国側ではなく協会に連れて来てくれたのだろう。ブラスも居たんだし、王国側に問答無用で連れて行かれてもおかしくなかったのでは?



考えが纏まらないまま、そんな疑問が口から零れる。

カルメはそれに数秒ほど考え込み、恐らくですが、と前置きをしてから答えた。


「デピラ様が現場にまでそれだけの権限を持っていらっしゃるのは、最果ての森という場所の特性が理由だと思います。最果ての森は魔獣が出てくる以外には面白みも政治的要素もない土地です。王国側は実質、国境としての管理だけで、最果ての森の管理は協会主体で行っています。ですので、このような事件が起こった時に、ブラス様よりもデピラ様が指揮を執るのはいつものことなのです。オデット様がそのような土地に召喚されたのは、ある意味で必然で、王国にとっては想定外のことなのです」


王国にとっては最果ての森を管理する旨味がなく、それを協会に任せているということだろう。


そして任せ過ぎてしまった結果、最果ての森での権限はデピラの方が強く、また王国もそれを看過している。そこまでして権限を取り返す利益がないのだろう。



そんな中で、私が召喚されてしまった。


国境近くの汽水域のような場所になったのは、私を召喚した人たちにとっては王国に捕まり難い、見つかりにくい場所ということだったのだろう。


そして国境を管理しているだけの王国にはこの問題に手を出す権限がなかった。

というか、そういうことが起きた時に、協会よりも先に対処できるような組織になっていなかったということかな。


その所為で現場の、デピラの判断に任され、デピラは協会の魔術師として問題の対処のために私を保護したのだろう。



そう考えると、私を見つけて直ぐにこうして保護して、本部に連れて来てくれたデピラは事の大きさをきちんと把握していて、自分の上長に助けと判断を求めることができる人なのだ。


「うん。ここに連れて来てもらって良かった」

「はい。それに朝食を共に行動したことで、協会長のご意向は伝わったでしょう」


ん?ルクスの意向?


カルメのその言葉に私はおや、と首を傾げる。



確かに朝食はデピラも一緒に食べた。最後に、デピラに後のことを頼むと言っていたので、私の今後について把握しておくため、だと思っていた。

私の存在はなるべく隠して、ルクスが直々に保護して面倒を見るということを。



しかし、そこにルクスの意向があったと聞くと、少し見方が変わって来るように思える。


あの場は、私を今後どのように扱っていくか、保護してどうするのかを決める場である前に、そもそも保護するかどうかを決める、保護に値するかを見極める場だったということなのだろうか。



いや、あの時のルクスの態度からすると、保護したいという方向で考えているが、でも私に何か問題があれば王国に引き渡すことも視野に入れていたということだろう。


そして私は多分、ルクスのお眼鏡に適ったのだ。恐らく、三つの選択肢を出してくれていた時点で。




あの選択肢は、どこからどう見ても、協会に有利な説明だった。


自分たちのことだから、採点が甘くなっているのかと思ったが、私に協会が良いと思ってもらえるように、という遠回しな説得だったようだ。


勿論、ルクスには自分の過去と合わせて、私を保護するという判断には私情もあったのだろう。どこでルクスがその判断を下したのか、何が決め手になったのかは私には分からないが、取り敢えずルクスのその判断に感謝しよう。


そして、過去の自分よ。よくやったと褒めてあげよう。知らない間に綱渡りをしていたようだが、上手く渡り切ることができたようだ。




しかし、ここで私は更に違和感を覚えた。


ん?もしかして、綱渡りはまだ終わっていないのだろうか、と。


だって今後、召喚魔術を行使した人たちの身元調査の結果次第では、別の場所に預けられるかもしれないし、王国側に調査結果と共に差し出されるかもしれないのだ。


私がルクスに嫌われたり、面倒に思われたりしたら、私情も含めて受け入れてくれたであろうルクスは、私情で突き放すこともあるのではないだろうか。


そう考えてしまうと先程のカルメの言葉は、ルクスの意向に感謝して、ルクスの意向に従うように言っているようにも聞こえる。




うーん、これは私の考えすぎなのだろうか。しかし、カルメがルクスを優先する気持ちも分かる。


今日出会ったばかりの何の繋がりもない私と、前から仕えているであろうルクスとでは、心を傾ける重さが違うのは当然だ。



だが、それを当の私にそんな風に言うのはどうなのだろう。嫌がらせではないにしても、警告や忠告のように聞こえてしまう。


うーん。ここは直接、聞いてみるか。


「それは私がルクスに要らないとか、協会に置いておけないと思われたら、王国に引き渡すってこと?」

「…………申し訳ございません」


私の言葉に、カルメは視線を逸らして謝罪する。その反応に私は更に、内心で首を傾げる。



認めているようで、認めていないというか。私の意見は合っているけれど、それは言わなかったことにして欲しいってことなのかな。


私はある意味当たり前の事実を言っているのだが、それを認めたくないのは何故なのだろう。カルメの方から言い出したことではないのだろうか。



「何故、謝るの?」

「我々は、オデット様の意志を軽んじるつもりはございません。ただ我々が保護できない場合は、王国側や神殿にしか、オデット様の居場所はないでしょう」


その言い方に私は何だか、もやもやむかむかとした思いを抱いてしまった。



ルクスの意思を優先したいということは伝わって来るし、それはそれで良いと思うが、そのために私を脅そうとしているのは私にとっては宜しくない。


私の意志を聞いてくれはするが、聞き入れるとは言っていない、というのと同じだ。軽んじるつもりはないが、軽くはなるかもしれない。

しかし王国や神殿に行きたくなければ、それでもこちらの意志に従えと、そう脅しているように聞こえるのだ。



王国や神殿に引き渡すという手札を見せれば、私が怯んで大人しくなると?

それは王国や神殿で管理下に置かれるのとどう違うのだろう。


それでも協会の方がまだ良さそうだと思えるくらいには、私はルクスに好感を抱いている。カルメが心配性なだけという可能性もあるから。


しかし、もしルクスまでそのように脅してくるのであれば、私は改めて自分の身の置き方を考えなければならない。



私の理解ではルクスの方は協会で保護したいと思っていて、私も協会が良いと思っているからこそ、成立した話だ。

それを全てがルクスの厚意で成り立っているかのように言うカルメは、意地悪だと思ってしまう。



いやまぁ、保護して欲しいと私が言っていて、保護してもらっているという見方もできるので、カルメの言うことを完全には否定できない。



そのような視点から見れば、カルメの言っていることだけは正しいし事実だ。

しかし、事実というのはどのように伝えるかと、いつ伝えるかで、人を傷つける刃にもなるのだ。


カルメの言い方はその事実を刃に変えてしまっている。だから、私はその言い方に危機感のような苛立ちを覚えてしまった。



「それは、脅してる?」



若干、怒気を込めた視線でカルメを見て、目を眇めてしまう。



「い、いえ、そのようなことは…………」



へぇ、あんな言い方をしておいて、事実を言っただけだと言い逃れをするつもりなのだろうか。


こういう場合、他の人には大抵は私の側が責められて、カルメの側が同情されるだろう。

何故なら、私は事実を指摘されただけで逆上したように見えるからだ。



しかし当事者になってみれば、何故あなたに、その事実をこんな形で指摘されなければならないのか、と苛立たしく思ってしまう。


だから被害者の顔をして、加害者を前にしたかのように私に怯えているカルメを、不機嫌に目を細めながら、どう対応すれば良いのかを考える。




カルメとは今後も付き合っていく可能性が高い。侍女を変更してもらうとなれば、ルクスに迷惑がかかるし、何かあったとバレてしまう。


そして、事情をカルメが話せば、私は協会に居ずらくなるし、私が話してもカルメにまた今回のような反応をされて、結果として私が悪者に見られてしまうかもしれない。



となれば、ここは上手く収めるしかないのだが…………これは私が踏み込み過ぎた、という失点もありそうだな。


最初のカルメの警告だか忠告だかを、大人しく聞き流していれば良かったのだ。

踏み込ませておいて、勝手に踏み込まれたと喚き立てる作戦だったのなら、私の負けでカルメの勝ちだ。私にそこまで、知略がなかったというだけだ。



しかし、これが作戦でなく本気で思ったことを口にしただけなのであれば、ちょっと私とは性格が合わないかもしれない。

ちくりと棘を刺してくるような言い方の人と、ずっと一緒に居るというのは、結構心が疲れるのだ。



どちらかが、変わるか譲るかしないといけない。そして今回は、カルメに怯えられている時点で、私がそうするしかない。



さて、どうしたものか。


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