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17.世界地図


勉強を頑張ろうと決意したところで、私は階位を誤魔化すための道具について聞いてみることにした。


「確か…………ディグセ、を作る?」

「はい。市販されているものは最高で黄緑階位から茶赤階位にまで擬態できます。私が自分用に作成したものでも、白黄階位から青紫階位にまで擬態できるようになっています。オデット様にもご自分用に白階位から別の階位に擬態できるようなものをお作り頂きます…………しかし、ディグセの作成にはある程度の魔力制御が必要なのですが…………」

「難しい?」

「いえ、そうではなく、ディグセを作成したとしても魔力制御を習得しなければ、オデット様に触れられないという問題は解決しないのです」

「ん?」

「ディグセは髪色と瞳の色を別の指定した色に見せる魔術具です。見た目だけの変化なので、触れられない、身の回りの物の消耗が激しいということは変わらないままです」

「ふーん。じゃあ、どちらにしても魔力制御は必須だね」


そうなのか?いや、そう言えば、そんな感じだったような気がする。いや、どうだっけ?


そんなことを考えていると、ルクスが補足をしてくれた。


ディグセが姿だけなら、確かに魔力自体も制御しなければいけないな。


「はい。ディグセを使用して、擬態した階位に合わせた魔力を使用する魔力制御が必要になります」


しかも、ただ抑えれば良いのではなく、擬態した階位に合わせて抑えなければいけないのか?それは意外と難易度が高そうな気がするのだが。



「じゃあ、擬態魔術は何?」

「擬態魔術は魔術の行使によって力そのものを制限します。擬態時に魔力量などを計測すると、擬態している階位の量が検出されます。魔力制御をしただけだと、元の階位が検出されます。擬態魔術ではそういった数値を偽ることができますが、魔術を解いてからでないと本来の力が出せませんから、緊急時にはそれによる危険性もあります。魔力制御では制御しているだけで、そのまま本来の力が出せますからね」

「じゃあ、両方使えるようになって、使い分けた方が良い?」

「はい。それが理想的ですね。擬態魔術も完全ではありませんし。本来の自分の階位より高位の者に術式を破壊されたり解術されたりすれば、擬態は解けます。また擬態魔術も魔術の内の一つなので、必ず魔術行使の痕跡が残ります。王国や協会には魔術鑑定識別官という役職があります。彼らは魔術行使の痕跡、残滓から、どのような魔術が行使されたのかを鑑別する専門官です。彼らにかかれば、恐らくほぼ全ての擬態魔術は見破られてしまうでしょう」

「魔力制御は?」

「魔力制御は魔術ではないので、見破られることはありませんが、装置などで測定すれば、元の魔力量が検出されますからね。オデット様の場合、誰かに本来の階位を明かしたくないのであれば、擬態魔術を使うのも一つの手です。オデット様の階位の魔術であれば、術式破壊や解術をできる人が恐らくいないので、擬態しているということはバレるでしょうが、本来の階位は分からないでしょう。まぁ逆に、擬態が解けないということから、高階位だということが分かってしまうかもしれません」

「うーん。どっちもどっち?」

「はい。ですので、理想は両方使えることですね」

「うん、両方できるようになりたい」

「はい。両方、お教えいたしますね。しかし、まずは常識と基本的な魔力制御からです」

「うん」


両方教えてくれるというルクスは、それはそれは愉しそうな、というか、本当にどこまで教えてくれるつもりなんだろうとこちらが慄いてしまうような、本気の目をしていた。


ある意味、良い教育係を持ってしまったようだ。これからの勉強が大変そうで、私はひくりと口端を引き攣らせた。




食後のお茶を終えた私たちが移動したのは、ルクスの執務室だ。


今更だが、ルクスは協会長でとても偉いので、執務室も豪華だ。ルクスの研究室や私に与えられた部屋があれだけ豪華だったので、少し身構えていた私は、やはり豪華だった部屋に少し驚いた。


ここでの豪華さとは、絢爛というよりはもっと実用的で実直なのだが、やはり部屋の広さや、机、椅子といった家具に施された細やかな装飾などに、お金がかかりそうだなという豪華さが表れている。


きらびやかではなく、繊細で儚い印象を持ってしまうのは、色遣いのせいでもあるかもしれない。目に痛いような彩度の高い配色ではなく、ややくすんだ、悪く言えば使い古されたような、馴染みのある色合いなのだ。



深い飴色の扉を抜けると、まず私の部屋と同じように大きな窓が目に入る。


それを背にするように一際大きな執務机と、それを中心にして左右に向かい合うようにある中くらいの執務机が二つ。

そして手前には応接用なのか、休憩用なのかといった長椅子と、それに合わせた高さの低い机がある。



左右には扉があり、続き間があるようだ。

扉の無い壁は棚で埋め尽くされており、本、書類、それからよく分からない道具など、色々な物が置いてある。

絨毯や家具、カーテンの布は深い青緑で、縁や装飾に深みのある黄色が使われている。



そんな執務室は、大きな執務机と中くらいの執務机、そして応接用の机にまで、書類が積み上げられている所為で圧迫感があり、これは何日分の仕事なのだろうかと私は遠い目をしてしまう。


しかし、ルクスとジュネは何食わぬ顔で、午前中の分もありますからね、と手慣れた様子で椅子に向かって行く。

そんな二人を呆然と見送り、やはり一番大きな机はルクスの物だと分かったところで、私は我に返った。




カルメの後に続いて、右側の続き間の扉を潜る。


そこは執務室よりは狭めの会議室のようなところで、大きな円卓とそれを囲むように六脚の椅子が置かれている。

隅には使われていない机が六つ置かれており、恐らく、会議資料なんかを置いておくためのものだと思われる。

こちらも東側に大きな窓があり、部屋の色は深い飴色の家具と、深い青緑の布製品で統一されている。



カルメから聞いたところによると、ここはやはり会議室で、と言っても、ルクスたちが普段行う会議は別に会議室があるそうなので、ここを使うのは緊急や内密、非公式の時、後は、小用、会議室が使えない時、といった場合だそうだ。


つまり、普段から使うということは少ないので、私がこれから毎日使っても問題ないそうだ。


今日からここが私の根城になるらしい。もしここを使うことがあれば、その間は私は執務室の長椅子に避難すれば良いそうだ。



そして、この会議室には外の廊下に繋がる扉があるにはあるのだが、会議で使用すると予め決まっている時しか解放しないため、常に施錠されている。

よって、この部屋に人が来る時はルクスの執務室からの扉だけだ。


邪魔が入ることがなさそうな落ち着いた部屋に入ったことで、私の気分も不思議と落ち着いてきた。これで勉強に集中できそうだな。



カルメがどこかから用意してくれたお茶を一口飲んで、私は邪魔にならないように横に置いた。

私がお茶を横にずらしている間に、カルメがまたどこかからか、大きな丸められた紙を持って来て、私の目の前に広げる。


端に文鎮を置いて、良く見えるようになった紙には絵と文字が細かく書き込まれていた。


「地図?」

「はい。こちらは世界地図になります」

「結構、細かいね」

「はい。ルクス様にお借りしました」

「え?いいの?」

「はい。しかし、お教えする内容の一部については、広く公言しない方が良いものもあります」

「え」

「例えば、この地図の中で、この印は砦、軍事拠点を意味しますので、覚えなくとも良いです」

「…………」


ルクスに借りた地図は、協会長が使える物で、色々と各国の情報についても詳しく書かれているようだ。

他国にある魔術師協会とも情報交換をして、この地図を作製しているらしい。



それって、国家間の機密保持としてはどうなの、と思ったが、魔術師協会は中立で公的な機関で、各国が戦争や争いをすれば、むしろ調停する側に回るのだとか。


そのため、各国の魔術師協会同士は仲が良いし、情報交換も積極的に行われているらしい。


各国家が公開しているのではなく、協会の情報網によって集積された情報を地図に起こしているだけなので、問題ないそうだ。


うん、本当に問題ないのだろうか。



しかし、その情報は協会長のみが知っていること、上層部のみが知っていること、と色々、制限があるので、この地図もこの部屋からは持ち出してはいけないし、他人に話さない方が良いらしい。


話してはいけないではなく、話さない方が良いというのは、知っている人は知っている情報であるし、知らない人は聞いたこともない情報であるからだ。


知っている人から見れば、おいおいあいつ何喋っちゃってんだ、と思われるし、知らない人から見れば、何を出鱈目言ってんだ、と懐疑的に見られるだけだそうだ。


まぁ、私はそうして注目を集めたい訳でもないし、特に機密情報には興味がないので、そうなのかと聞き流すことにする。




それにしても、カルメさん?いきなり、何を仰っているのやら。


地図のあちこちに描かれている凹凸の凸のような印の一つを指差して、最初にそう教えてくれたカルメに、私は半眼になってしまう。


じっと、その表情を窺っても、カルメはあまり表情が豊かな人ではないようなので、真剣に話しているようにしか見えない。


これは話を広げるべきなのか、聞き流すべきなのかが分からない。

カルメの表情を見ても分からない。

私は二人きりの会議室に流れる沈黙に耐え切れず、話を変えようとした。


「カルメ。えっと、最初から教えてくれる?」

「はい」


あっさりと頷いたカルメに、私はほっと息を吐く。


これは勉強前の小話というか、前提情報として、この地図がどういうものかを教えてくれるための話だったらしい。

それなら、そうと言ってくれれば良いのだが。お茶目なのか、策士なのか、分からない。



「この地図では、オデット様から見て、上が北、右が東、左が西、下が南です。それでは、まずはサタロナ王国から」


そう言って、カルメは地図の左側にある広い土地を指した。


「このサタロナ王国は西大陸最大の国家です。王都は中心より西寄りのこちら。王都、センテでございます。王国の北には雪原が広がっており、さらに北には高く響える険しい山々、リーゲ山脈が横たわっています。リーゲ山脈を越えたさらに北は、人類未踏の地となっています。この山脈までが王国の領土です。王都より西には海が広がっており、この海をずっと西に進むとこの地図の東、こちらに到達します」

「繋がってるの?」


不思議だ。西に進み続けると東に出る。


そうなのかと首を傾げている私を見て、カルメは大真面目に頷く。


「はい。そして、王国の東には広大な森が広がっております。この森は最果ての森と呼ばれています。最果ての森の東端にヴァラレ渓谷と呼ばれる渓谷があり、大陸はここで分断されています。ヴァラレ渓谷より西側を西大陸、東側を中央大陸、その更に東に東大陸があります。王国の領土はヴァラレ渓谷までですが、実際に人が住んでいるのは最果ての森までです。」

「ヴァラレ渓谷の北と南はどこまであるの?」

「北はリーゲ山脈が分断されているそうです。これは数百年前の冒険家の記録が有名ですね。南は海に繋がったところで、渓谷はなくなります。こちらはとある画家であり、冒険家でもあった人物の記録が有名です。」


何だか、王国の隅々まで冒険をするのは楽しそうだな。最果てを見てみたい気持ちがある。冒険心というやつだろうか。


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