16.魔術相反
私たちは止まっていた手を動かし、前菜を食べ終えてしまう。
カルメによって配膳された次の料理は、茶色のスープだった。
「コンソメスープでございます」
透き通っていて鮮やかな茶色をしているが、具材は何も入っていない。ただの液体に見える。
スプーンで掬って一口飲んでみると、野菜や肉の旨味が詰まった、美味しさの塊のような味がした。
その美味しさに目を輝かせてルクスに説明を求めると、彼は微笑ましそうな表情を浮かべて解説してくれた。
「コンソメは肉や野菜を煮込み、調味料で味を調えたものです。このスープを基本に料理の味つけとして使用することもありますが、スープそのものも料理として提供されます。しかし、この色から分かる通り、料理としての階位は低いので庶民的な料理として知られています」
私はその言葉に驚いた。
料理にも階位があったとは。
いや、確かに色で階位が分かれているのなら、色がついているもの全てに階位があるのだろうけど。
「基本的には素材の色で料理の階位も決まりますが、組み合わせによって祝福や魔力の量は増減します。このコンソメは味は非常に好ましいのですが、祝福や魔力の量としてはいくつかの素材が打ち消し合ってしまっているので、階位が低くなりこの色になっています」
「打ち消し合わない、魔力が増幅する組み合わせもあるってこと?」
「はい。ボルリノと呼ばれるスープが代表的ですね。庶民の間では貴族のコンソメとも呼ばれています。ボルリノは主に黄熊と黄人参と呼ばれる野菜で作られます。黄人参は人参という野菜の中で階位の高い物になります」
「高そうだね」
階位の高い野菜に貴重な肉を使ったスープだなんて、聞いただけで高価そうなのが分かる。
「そうですね。しかし、味としてはコンソメも負けていませんし、どちらが良いのかは好みの分かれるところですから、貴族でもコンソメの方を好まれる方もいらっしゃいますよ」
その話を聞いて何となく、コンソメを好む人は悪い貴族じゃなさそうという偏見が出来てしまった。
コンソメはこんなにも美味しいのだから、ボルリノの方が高階位だからと言って、コンソメを嫌うことはないと思う。
ルクスの説明を聞きながら、スープを掬って飲む。
うん、やはり美味しい。
それにしても、料理人は味や見た目だけではなく、素材同士の相性も考えなければならないようだ。聞いただけで大変な仕事だということがわかってしまう。
そして、人によっては低階位の料理を出されることを、屈辱や侮辱に感じる人もいるのだとか。実際に階位が低いので、侮辱に感じるのも仕方ないのではと思ったが、どうやら違うらしい。
「重要なのは、バランス良く食べることです。人によって階位や魔力量、魔力許容量は違いますから、その人に合わせて必要な量を摂取する、ということが大事です。また高階位の物を高頻度で食べ続ける、ということをすると身体の摩耗が早くなり、低階位の物を高頻度で食べ続けると、身体が鈍化するということが分かっています。理想論としては朝に高階位、昼に中階位、夜に低階位という派閥と、朝に中階位、昼に高階位、夜に低階位という派閥の主に二つがありますね」
何と。摩耗と鈍化か。
実際にどういう症状が現れるのかは分からないけれど、身体に良くなさそうだと言うことは分かる。
どちらの食事がより良いのかは、魔術について理解のない私にはよく分からない。
私は楽しく美味しくバランスの良い食事であれば良いと思います。
ルクスの解説を聞きながらコンソメスープを飲み終えた私は、次に運ばれてきた料理を見て目を瞬かせた。
「鯵の塩焼きでございます」
平たいお皿の中心にそっと乗せられているのは、生成り色の皮がついた白身魚だ。
右下には色どりとしてなのか、緑トマトが櫛切りにして置かれている。
トマトには先程と同じオリーブソースのようなものがかかっている。
これは一緒に食べるものなのだろうか。それとも、この魚だけで食べても美味しいのだろうか。塩焼きならば、一応味は付いているのだろうけど…………
そんなことを思いながら、そっとルクスの方を窺うと、ルクスは魚だけで食べている。ということは、緑トマトは付け合わせなのかな。そう思って、私はルクスを真似して魚だけで食べてみた。
ふわりと口に広がる良い意味で魚臭い、しっかりとした海の味に私は驚いた。
素材の味を引き立てている塩味もちょうど良い。野性味を感じさせる料理だが、それが良いのだ。
朝食の時とはまた違った趣だ。
私は目の前の魚の美味しさを噛み締めながら、この魚は何だろうとルクスに視線を向ける。
「これは鯵という魚ですが、実は魔術階位が低い魚なのですよ」
「ん?」
「魔術階位には、魔術相反という現象があります。庶民の白、貴族の黒や、卑賎の白、高貴の黒と呼ばれることもあります。その呼び名の通り、白色でありながら魔力量が少ないもの、黒色でありながら魔力量が多いものがあります。原因やその成り立ちなどは解明されていませんが、魔術相反の例を纏めた図鑑などもあります」
魔術相反。
魔術は奥が深そうだと思っていたが、それに加えて複雑そうでもある。
これから魔術についても教えてもらうことになっているが、果たして一般的な知識量はどのくらいになるのだろう。これは先が長そうだなと遠い目をしながら、塩焼きを食べる。
それにしても、先程のコンソメといい、この鯵といい、何だか昼食は庶民的な料理なんだな。どちらかと言えば、大味というか。
そう思えば、朝食は逆に貴族的だったのではと気付く。
そのことを素直に口に出してみると、ルクスは理由を直ぐに理解できたようで、当然だというように頷く。
「あぁそれは、昼食の担当がブラカだったからでしょう。以前にもお話ししました通り、本部には二人の料理長がいます。双子で兄がブラカ、弟がウィテハと呼ばれています」
「双子?」
「はい。兄のブラカは魔術階位が低く、庶民的な料理を得意としています。弟のウィテハは魔術階位が高く、貴族的な料理を得意としています。一般食堂では両方の料理が並んでいますが、こちらの専用食堂の料理は二人が交互に担当しています」
なるほど。それで朝はウィテハ、昼はブラカが担当だったという訳なんだな。それぞれが得意分野を活かして、腕を振るっているようだ。
ルクスや本部にお客様が来た時には、お客様の好みに合わせてどちらかが担当するかを決めているようで、双子の料理長は仲良しだそうだ。
正反対のような双子だが、それを嫌い合っているのではなく、認め合い、助け合い、補い合っているような関係だと聞けば、どのような関係なのかと少しひやひやしていた私はほっとしてしまう。
自分が知らないところで、何かに利用されていたら嫌だからね。
しかし上手く言葉を選んだルクスを見て、呆れたような表情をしているジュネには、私は残念ながら気付かなかった。
後で知ったことだが、この二人の関係はそんな清廉なものではなく、もっと泥臭く暑苦しいもののようだ。
微妙な空気が流れていることに気付かず、魚を食べ終えた頃には、その空気もなくなっていた。
次に出て来たのは、紫色の氷菓子のようなものだった。
「西瓜の氷漬けでございます」
これは氷菓子ではなく、西瓜というもののようだ。さっくりとスプーンが入るので、本当に氷菓子ではないのか、と疑ってしまう。
口に入れると、まずその冷たさに驚く。しかし、直ぐに凍っているのが溶けて、しゃりしゃりとした果物の食感に変わる。ややきつめの酸味とそれを和らげるような甘味が口に広がる。これは確かに、冷やして食べた方が良さそうだ。
「西瓜は寒冷な気候で栽培されています。有名な産地は北の方ですが、その土地の人々は寒い日に温かい部屋で冷やした西瓜を食べるそうですよ」
「わざわざ?」
「はい。恐らく、ブラカもそのことを知っているのでしょう。今の季節にはちょうど良いですね」
「うん。私も冷たい方が美味しいと思う」
何と言うか、最後の方の口の中で完全に溶けてしまったものは、味が薄くぼんやりとしてしまっているように感じる。冷たい方が、キリッとした酸味と甘みを感じられるのだ。
西瓜の氷漬けを挟んで一息吐いたところで、次に出て来たのは黒い肉だった。
やや厚めに切ってあるお肉は、その断面や質感から肉だと分かるが、端から見ただけでは黒い塊でしかない。付け合わせは色とりどりの野菜で、全体に先程の透き通ったコンソメのようなソースがかけられている。
「黒牛のステーキ。コンソメソースがけでございます」
ナイフを入れると、やや硬めの肉を断つ感覚が伝わって来る。
一口くらいの大きさに切ってからソースを絡めて食べると、しっかりとした噛み応えのある、まさに肉といった肉らしさが伝わって来る味だった。
何だか、大衆食堂や酒場で、体格の良い男たちが夕食に食べていそうな味だな。
朝食の時のように蒸し焼きで薄切りにしても美味しいのだろうけれど、これは塊で食べるのが流儀だと、頭の中の想像上の男たちにどやされる。
というか、ブラカがまさにそんな人だったりして…………まさか、ね。
「黒牛も一般的なお肉ですね。どこでも手に入りますし、品種が違ってもほとんど同じ味です。あ、これはあくまで個人的な意見ですよ?ブラカにはこだわりがあるようなので」
やはり、ブラカは気性の荒い職人気質な人のようだ。これは気に入られたら良いけれど、気に入られなかったら面倒臭そう。いつか、会うことになるだろうけど、どうなるのかちょっと不安だな。
ブラカについては兎も角、美味しいお肉を食べ終えると、最後にお菓子が出された。
「左から、サブレ、クッキー、パウンドケーキでございます。」
見た目は全て茶色の焼き菓子だ。四角くて薄いもの、丸くて薄いもの、四角くて分厚いもの。
サブレは素朴な甘さと穀物の味。クッキーも似たようなものだが、サブレの方はさくさくで、こちらのクッキーはほろほろという感じだ。
それに対してパウンドケーキは全く異なる種類のもので、ふわふわの食感だった。味は似ている甘味と香ばしさだが、食感が違っていてそれぞれ美味しい。
そんなお菓子を食べ終えた私たちは、隣の談話室に移動して、お茶の時間をゆっくりと過ごしていた。
「オデット様。申し訳ございませんが、午後は私の執務室でお過ごしください。私が執務をしている間、続き間でカルメから常識を学ぶ時間ということで」
「分かった」
「恐らく、暫くは私の執務室でお勉強という生活が続くと思います。オデット様にはいち早く、擬態して頂きませんと、この協会内でもご自由にお過ごし頂くのが難しいですから」
確かに、私の正体や真名を知っていなくても、白髪に白銀の瞳の者がいれば、噂になったり騒ぎになったりしてしまうだろう。
折角、ルクスが関係者を減らす方向で保護してくれているのだ。
それには私も賛成なので、できるだけ早く擬態できるようにならなければいけないな。
うん、頑張ろう。




