15.器用さと身の上
これだけ料理や食材に詳しいのだ。出身や実家がそのどちらでもおかしくない気がする。
そう思ってルクスに尋ねると、それまで静かに料理を食べていたジュネが吹き出しそうになって噎せる。
ルクスはそちらを凍えるような冷たい視線で一瞥してから、私に満面の笑みを浮かべる。
正直、その落差が怖い。
「いえ、オデット様も御存知の通り、私は魔術師協会の協会長ですよ」
その答えに私はおや、と片方の眉を上げる。
こちらの意図に気付いていて、わざと答えを逸らしたように思える。
私は出身や実家の職業、地位について遠回しに聞いたのだが、ルクスは話したくないのだろうか。
ということは、実家とはあまり仲良くない?
協会長という立場になれるのだから、貧しい家で口減らしに遭ったということではなさそうだけれど。
魔術師になるのって、結構勉強しなければいけないような気がしている。
それはこれまでのルクスの言動から考えたことだ。実際に本部に研究室を持てるほどの魔術師になるにはかなりの知識と技術が必要そうだ。
この若さで協会長を務めているのだから、実家の権力があったのか、協会長になれるだけの教養を身に付けられる家庭だったと思っている。
もしかしたらこのまま聞き流した方が良いのかもしれないが、私の今後を預ける人物としてその立場は知っておきたい。
国の管理下に置かれるのは嫌なのだが、ルクスがこの国の貴族であれば、私にとってもルクスにとっても色々と不都合があるのではないだろうか。
そう思って、私ははっきりと聞いてみることにした。
「ルクスって、貴族?」
私のずばっとはっきりとした質問に部屋の空気が張りつめる。それと同時に驚きの感情が籠った視線も向けられる。
「オデット様はやはり非常に聡明な方ですね」
「褒めてる?」
「はい。言葉通りに褒めていますよ」
「ということは、因縁があるわけではないの?ルクスの意思で?」
怒りや嫌悪、侮蔑といった感情を見せなかったということは、因縁があるわけではないようだ。
そこにあったのは寂しさと悲しさ。そして、ほんの少しの甘え。
甘えたい子どもが上手く甘えられず、拗ねているような微かな苛立ちだった。
うーん。これは嫌われていたというよりは、むしろ何もされなかったからこその感情のような気がする。
親に頼ることも甘えることもできず、ずっと一人でいたような。周囲の仲の良さを羨ましく見ていただけのような、そんな感情だ。
「はい。しかし結局は、協会長に就任してしまっていますから、利用されたようなものです」
「それはルクスも?」
「利用されっぱなしは嫌ですから」
しかし、悪戯を思い付いた時のような、秘密を明かす時のような、意味ありげな笑みを浮かべているルクスを見ていると、今は大丈夫なんだなと安心した。
ルクスは私のお家の主柱だからね。そう簡単に揺らぐようでは困るのだ。
それにしても、利用されたり利用し返したり、そんな駆け引きができるのは羨ましい才能である。私にそんなことが出来る未来が全く見えない。
「ルクスは器用だね」
「褒めてます?」
「うん。私はそんなに器用じゃないから」
私には嫌味を言う技術などない。相手を利用する駆け引きができるという才能があるのだと褒めると、ルクスは感心したような溜息を吐いた。
「貴女様の教育係は大変な仕事になりそうですね」
「ルクスが教育係で良かった」
「光栄です」
危ない。ここで教育係を放り出されていたら、どうなっていたことか。安心して住めるお家を決めたばかりなのに、引っ越しさせられたら堪らない。
そんな思いでルクスが教育係なのだと主張すると、ルクスはくすりと笑ってあっさりと頷いた。
どうやら、揶揄われただけのようだ。教育係が変わらなくて良かったというべきか、仕返しされたようで悔しいというべきか。
やはりルクスは器用な人である。
ルクスが嫌悪感を示さなかったので、この雰囲気なら話を聞いても大丈夫そうだと判断した私は、真剣な表情でルクスを見る。
「ルクスの身の上話、教えて」
「そうですね。妙な噂を鵜呑みにされても困りますから、軽くお伝えしておきましょう」
「うん」
「レデブ家はサタロナ王国の公爵家のうちの一つです。私は現当主の長男として生まれました。しかし魔術階位が高かったため、父親は私を持て余しているようでしたし、王家や他の貴族からは警戒されていました。そのままでは王家の武器として忠誠を誓うか、国の管理下に置かれるか、という状況でした。そこで私は、幼い頃から興味があった魔術について学んだり研究したりするために、魔術師協会に入ることにしました。最初は自身の勉強や研究を優先していたのですが、私が魔術師として名を上げる度に、周囲の警戒は深まっていきました。仕方ないので貴族の地位を利用して、協会と貴族の折衝をするようにして、何とか警戒心を薄めています。その結果、協会長として王国に協力する形になっています」
なるほど。そうして均衡を保っているんだな。
協会が王国の管理下にあるようにも取られてしまいそうだし、実際にそう見せかけているのだろうが、実力としては協会は対等なのだろう。
そしてやはり、ルクスは周囲から避けられていたようだ。
公爵家の当主の長男と言えば色々と柵や期待がありそうだが、ルクスの階位だとそれに応えられないのか。柵は破ってしまえるし、期待に応えると周囲の警戒を深めるばかり。
「どうして協会長になったの?」
「それは前協会長に任命されたからですね」
なるほど。そこにも色々と思惑がありそうだな。協会長の権限と引き換えに、その地位に縛り付けるとか。しかし、王国とそうして良好な関係を気付いているのだから、実力は本物なのだろう。
本当に良い教育係だ。
貴族と協会の折衝をしたということは、それまでは協会は王国にとってあまり良くない存在か、良く知らない存在だったのだろうか。それとも良し悪しがあって、衝突が多かったとか。
ルクスが協会長になってからは安定しているのかな。協会長になるだけの実力と協会長の権限があれば、悪いことにはなっていなさそうだ。
「魔術師協会の役割って何?」
「魔術師の育成、管理、魔術の研究の奨励といった、魔術師や魔術に関係することと、魔力保持者の魔術測定や魔術師への依頼処理、魔術に関する情報提供といった、国民の生活に関わることなど、色々な業務があります」
魔術は生活や仕事にも大きく関わっているから、それら全般に関係していると思うと、かなり大きな組織であることが分かった。そんな組織の協会長をこの若さで務めているのだから、やはりルクスは凄い人物のようだ。
「ルクスは頑張ってるんだね」
「オデット様?」
正直、昨日までの記憶がない身からすると、ルクスの若さでも途轍もなく長い人生を歩んできた人に見えてしまうのだ。
こちらは人生一日目と言っても良いくらいに、生きることに関して初心者である。
それなりに生きるために、そしてより良く生きるために頑張っているつもりなのだが、それを年単位で頑張り続けるというのは、とても凄いことに思えてしまう。
自分の人生なのだが、これからそれだけ長い時間を生きていくということを、どこか他人事のように遠いことのように思えてしまう。
それでいて些細な出来事でも大事件に感じてしまうのだから、人生経験がないというのはとても危険なことでもあるのだ。
いや、これから新しいことを沢山経験できると前向きに考えれば、良いことなのかもしれない。
「私も頑張らないと」
「肩の力を抜いて、気楽にした方が良いですよ。これからの人生は長いのですから、そのように気を張っていては心がもちません」
「確かに」
やる気を出して意気込んだところで、ルクスは私が何を考えていたのかが分かったのか、そう助言してくれた。
ルクスが言ったことは正しいと思ったし、何より人生の先達からの助言なのだ。これはしっかり聞いておこうと、重々しく頷く。
そんな私を見て、ルクスはくすりと笑った。
年長者らしい包容力と優しさを見せてくれたルクスに私は何だか、心が温かくなる。
それは、階位の高さ故に周囲に遠巻きにされたルクスが、同じく階位の高い私にそうならないように接してくれる優しさが嬉しかったからだ。
私が王国の管理下に置かれてしまえば、自分が歩まなかった逃げ出した道を、私が歩むことになるかもしれない。
そのような同情じみた理由の優しさであるかもしれないが、それでもそれだけこちらに目を向けてくれていることが嬉しいのだ。
「ルクス。私を保護してくれて、ありがとう」
王国に仕える立場ならば、本来、私の身柄は王国に差し出さなければならないものだ。
しかし、第三の選択肢として良いお家を紹介してくれて、受け入れてくれたのだから、そこには感謝しかない。
「ルクスは優しくて、律儀で、人の気持ちをよく考えてくれて、人のために行動できる人で…………」
「え、オデット様?」
「ルクスは可愛い」
「っ!?」
「ぶっ」
おっと、思わず本音が。
しまった、と口元を押さえてルクスの方を窺うと、ルクスは目を瞠って固まっている。
そんなルクスにジュネは笑いを堪えきれず、咳き込んでしまっている。
直ぐに我に返ったルクスはまず、ジュネに鋭い視線を向けて黙らせた。
そして、私にはとても良い笑顔を向けて、一言。
「オデット様は自己申告通り、器用ではないようですね」
真っ向からぶつかるようなはっきりとした物言いに、私は少しだけ驚いた。
基本的に何を言われても受け流すというか、受け止めつつもあまり深く心を寄せることはない、という印象のルクスにしては珍しく、可愛いという言葉は堪えたようだ。
「ルクスって腹黒いの?」
しまった。また口が滑った。
再び本音が漏れてしまった私に、ジュネはまたもや笑いを堪えきれずに肩を震わせている。
ルクスは、は?と声には出していないが、そういう顔をしている。
ジュネを黙らせるよりも、元凶である私への対処を優先したのか、ルクスは溜息を吐いて、疲労を湛えた笑みを浮かべてこちらを見た。
「分かりました。ご期待にお応えして、オデット様のお勉強はきっちりとご指導いたします。その分、私の仕事はジュネに回しましょう」
「る、ルクス様…………」
「はーい」
ルクスの一言に、それまで笑っていたジュネは顔を引き攣らせている。私は仕方のない処遇なので、甘んじて受け入れる。
それに勉強は楽しみなので、そこに力を入れてくれるのは嬉しいことでもある。
仕返しと仕事の調整を同時にこなしてしまうルクスは、やはり器用だなと思った。




