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14.魔術計測


「次はこちら、魔力量計測器です」


透明な球体を横に避けて、ルクスが次に手に取ったのは、あの針がついた道具だった。



来たか、と私は身構える。

避けられないものではあるのだが、心の準備はしておきたい。


しかし私のちっぽけな覚悟は、続けられたルクスの言葉で吹き飛んでしまった。



「この針を身体の何処かに刺して、魔力量を計測します」

「え」



針を、刺す。



いや針なのだから、刺すのは当然と言えば当然か。

いやでも、身体に刺すのか?身体に穴が空いてしまうのかな。

いやいや、それよりもあの太さの針が刺されば、絶対に痛い。

だって、髪の毛とか糸とかよりも全然太い、針金くらいの太さがある針だぞ?



嫌そうに眉を顰める私に、ルクスは安心させるように説明してくれた。


「大丈夫です。この針は痛くないのですよ。こちらは魔力結晶でできた針なのです。魔力を結晶化しているので、人体というよりはその人の魔力に刺すものなのです」


魔力に刺すので、身体には刺さらない。


そう説明してくれたルクスには申し訳ないが、それのどこが痛くなさそうなのか教えて欲しい。


まだ私には魔力というものがよく分かっていないので、どちらにしても針を刺されるということは変わらないように聞こえるのだ。



「オデット様。こちらに腕を出して頂けますか?身体には刺さないので、服の上からでも大丈夫です」


さぁさぁ、と笑顔でこちらに手を差し出すルクスに、私は観念して手を重ねる。

自然と伸びた自分の腕を見守りながら、魔力計測器を手に取るルクスを観察する。



そこで、私の手を取っているルクスの手が微かに震えていることに気が付いた。よく見れば、表情にもどこか緊迫感があって少し強張っているように見える。

先程まで朗らかに安心させるように微笑んでいたので、その差異に私は首を傾げる。



そう言えば、他人に触れられないとか、食事の時に言っていたな。今は触れられているけれど、もしや危ない状態なのだろうか。ルクスは危険を冒して、そこまでして、この手を取ってくれているのだろうか。


そう考えると、不思議と心が静かになった。ルクスがここまでしてくれているのだから、私も頑張って大人しくしていよう。そう思えたのだ。




そんなことを考えているうちに、ルクスは刺しますねとさらりと宣言してから、ぷすりと私の前腕に服の上から針を刺した。



驚きでびくっとした以外には、特に何も起こらなかった。痛くもかゆくもない。というか、感触すらない。


上手く刺さっていないのだろうか。いやでも、見た感じはしっかり刺さっているな。だって、斜めとかではなく、垂直に針が入っているのだもの。


ルクスも計測器を見ているので、何か変化があって魔力を計測できているのだろう。

こちらからは見えないが、それをじっと見たルクスは一つ頷いて針を抜いた。



計測が終わり、腕を解放してもらった私は、服の上から刺された前腕をじっと見つめる。


うん、やはり、何も無いように見える。服に穴が空いていることもない。



色々不安に思っていたことが杞憂に終わり、私は安堵の息を吐いた。

そんな私を前にして、計測器を横に置いたルクスもほっとしたように息を吐いていた。


「ルクス、大丈夫?」


ジュネや護衛たちも私と同じような表情をしている。そんな私たちを安心させるように、ルクスは微笑みながら答えた。


「はい。失礼しました。オデット様の放出魔力量が私の魔力許容量に近いのです。侵食は受けていませんが、こういった経験が少ないので、見苦しいところをお見せしました」


ルクスの言葉にジュネたちは安心するどころか、驚きと心配で顔色を変えてしまっている。そんな周囲を見ながら、ルクスは苦笑する。


私はそのルクスの表情を見て、不安で心配な気持ちになった。



ルクスは自分を大切にすることがあまり得意ではないのだろうか。それとも、この程度は問題ないのだろうか。だとすれば、こんなにジュネたちが焦ることはないだろう。


ならば、ルクスは周囲に迷惑をかけるようなことがなければ、自分が多少苦しむようなことがあっても良いと思っているのかもしれない。


それか自分が苦しむことになっても、そちらの方が効率が良いのであればそうした方が良いと思っている、とかね。



それにしても、魔力許容量に近い量の魔力を受けたり、それを越える魔力に触れたりすると、侵食を受けることがあるんだな。それに苦痛のようなものも伴うと。


ルクスがそこまでしてくれたことに、何だか、申し訳なくなる。



「ごめん。私が自分ですれば良かった」

「オデット様の所為ではございませんよ。オデット様は計測器を見るのも使うのも初めてでいらっしゃいますから」


その言葉に、あぁやはりと思ってしまう。

ルクスは自分の身よりも、他人を思いやったり効率を優先したりしてしまう人なのだ。

これは今後も付き合っていくのであれば、気を付けなければならない。



ルクスを心配しているというのもあるが、私のためにルクスがこうして度々苦しむようなことがあれば、ジュネたちが私に嫌悪や憎悪のようなものを抱いてしまうかもしれない。

ジュネたちはルクスのことを信頼というか忠誠というか、慕っているみたいだから。


それに私もこんなことをしてしまうルクスにはやはり心配になる。




周囲の心配を余所に、ルクスは用意されていた適度に冷めてしまったお茶を一息に飲み干した。

ふうっと息を吐いて、次の瞬間にはいつもの優し気な笑みを浮かべているのだから、やはり心配だ。


しかし、ジュネたちはルクスの表情を見て問題なさそうだと安堵している。



それを見て、私は少しだけ意外に思う。ルクスが表情を取り繕える程度ならば問題ない、というか、心配ないのかな。


果たして、本当に放って置いて大丈夫なのだろうか。そう思いながら、次の計測の準備をするルクスを見る。



「最後はこちらで魔力許容量を計測します。この二つのクリップをそれぞれ人差し指に装着してください」

「うん」


私は自分で、ルクスが試しにやって見せてくれた通りに、クリップを装着する。両方の人差し指の先をクリップで挟むだけだ。


そしてクリップの先がきちんと箱に繋がっていることを確認して、ルクスは箱についているスイッチをかちりと押し、つまみをゆっくりと回した始めた。



ルクスは私の反応を見ながら徐々につまみを回しているが、私の指先には何の反応もない。



本当にこれはスイッチが入っているのだろうか、と内心で不安に思い始めた時、ふと違和感を覚えた。私は慌てて違和感のもとである人差し指を見るが、見た目には何も変化していない。



その間にもルクスはつまみをゆっくりと回す。そして、違和感は強くなっていく。


左の人差し指が内側に押し込むように、何かをぐっと押されている。見た目には何も起こっていないので、本当に内側だけを押されている感覚だ。


「上限です。オデット様、如何ですか?」

「左の人差し指の内側が押されている感じ?」

「苦かったり暑かったり、しませんか?」

「ないよ」

「分かりました。もう外して頂いて大丈夫ですよ」



何だ、これで終わりなのか。


意外とあっさり終了したことに落胆と安堵を抱きつつ、ルクスの言葉に従って人差し指のクリップを外す。


ジュネが器具を片付けている間、私はルクスから測定結果を改めて聞いていた。



「魔術階位は完全なる白。魔力量は10段階で10以上。魔力許容量も10段階で10以上、ですね」

「…………うん」



うん、分からん。



10段階の10ではなく、それ以上ということは計測不能ということなのだろうか。

そして、それってどれくらい凄いことなのだろうか。



そう言えば、白階位ってどのくらい珍しいんだっけ。この国で一番、世界でも五位以内に入るくらい、だったっけ?


じゃあ、他にも白階位の人はいるんだね。その人たちはどのくらいなのだろう。

あ、でも、それって機密事項かな。まぁ、あまり参考にならないということだけ、覚えておこう。



何だ、使えないなと落胆して眉を下げていると、ルクスも苦笑いを浮かべた。


「今回はオデット様の魔術階位がはっきりしただけでも、重畳だと思いますよ。これで戸籍登録や魔術師登録もしやすくなりますし、オデット様の身の回りの物を整える時の階位の参考になります」

「ありがとう、ルクス」

「勿体ないお言葉です」


そうか。戸籍登録、というものがあるんだな。

それは確かにしておいた方が良さそうだが、私の存在が協会外に漏れてしまうのではないだろうか。


その辺りはルクスの方が詳しそうだし、私を保護すると決めたのだから、良いように取り計らってくれると思うが、一応覚えておこう。



そして、魔術師登録。

今はまだ、魔術が何も使えないので、魔術師登録はできないだろうけど、何となく憧れてしまう。

仕事をしている人たちがカッコよく見える年齢の子どもなのだ。



衣服や身の回りの物については、擬態して過ごす予定なので必要になるかは分からないが、知っておくということで準備もしやすいだろう。




魔術計測を終えた私たちは、再び食堂に向かった。


何と、昼食の時間である。


午前中は洗礼と名付けの儀式、魔術計測しかしていないのだが、意外と時間がかかっていたようだ。



食堂に入ると、朝食の時は四角形を描くように設置されていた机は三角形で向き合うように設置し直されている。私、ルクス、ジュネはそれぞれ席に着いて、自然と私はルクスの方を見た。私とジュネの視線を受けたルクスが、音頭を取った。


「それでは皆様、頂きましょう」

「頂きます」


今朝、初めて知った挨拶だが、淀みなく皆に合わせることができた。そのことに少しの安堵と嬉しさを感じる。



早速運ばれてきた前菜は緑色の野菜のようなものと生成り色の何かの塊をそれぞれ薄切りにして、交互に重ねたものだった。橙色のソースがかけられている。


ちらりとカルメの方を見ると、カルメは心得たというように頷いて、料理名を教えてくれた。


「緑トマトとモッツァレラチーズのミルフィーユ。オリーブソースがけでございます」

「…………」

「まずミルフィーユというのは、この料理の形態のことです。このように複数の物を交互に重ねることを言います。そして緑色の野菜が緑トマトです。緑トマトは年中、大抵の地域で手に入る、ごく一般的な野菜です。旬は秋で、秋に収穫されたものは、他の季節に採れたものよりも酸味が強くなります。生成り色のものはモッツァレラチーズです。チーズは家畜の乳を固めたもののことで、種類が多くあります。その中で、これはモッツァレラというものなのですが、チーズの中ではあっさりとした味わいの食べやすいものです。最後にオリーブですが、こちらも緑トマトと同様に年中、大抵の地域で収穫できる一般的な野菜です。南の方の温暖な地域で栽培されるものは特に甘味が強く、そのまま食べられていることもあります」

「ありがとう」


カルメに向けていた視線をルクスに向けると、ルクスはすらすらと流れるように説明してくれた。その説明を聞き終えてから、私は改めてこのミルフィーユを見て、一口ぱくりと口に入れる。


酸味のある緑トマトとまろやかながらもあっさりとした味わいのモッツァレラチーズ。それらを包むように甘じょっぱいオリーブのソースが口に広がる。ソースに加えられた香草やスパイスの微かな香りが全体を引き締めていて、ぼんやりとした味にならない。


「うん。美味しい」

「お口に合いまして、良かったです」

「ルクスは料理人?農家の人?」


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