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11.洗礼


最後のお菓子を食べ終えた私たちは、食堂と続き間になっている談話室に移動して、食後のお茶をゆっくり楽しんでいた。


「まずは衣服を中心に、必要な物を整えなければいけませんね。階位に見合った物ですと一、二週間くらいはかかってしまいますが」

「擬態するようになれば、そちらに合わせた服が必要になる?」

「はっ、そうですね。ルヴェファ様には擬態して生活して頂くようになると思いますから、そちらに合わせた服を用意した方が無駄が少ないでしょう」

「うん」

「それから教育係ですが…………私が務めましょうか」

「ルミエが?」


え、ルミエって偉い人だよね。そんな人に教育係をしてもらっても良いのだろうか。お仕事とか、色々大丈夫なのかな。

まぁひっそりと私を保護するなら、接触する人間は少ない方が良いのだろうけど。



私の不安そうな表情に気付いたのか、ジュネや他の人間のもの言いたげな空気を感じ取ったのか、ルミエは理由を説明してくれた。


「階位がある程度高くないと、気軽に会話することも難しいですし、今後擬態することを考えれば、貴女様の正体を知ってしまっていることになりますから、秘密を守れる人間である必要があります。それに、ルヴェファ様に魔術をお教えするには階位が近い方が良いですからね。私以上の適任は中々いないでしょう」


それでもやはり許容できない部分があるのか、ジュネたちは困惑しているような葛藤しているような表情をしている。


「勿論補佐をつけますし、私一人で全てをお教えする訳ではありません。ですが関係者は出来る限り、少なくするべきです。良いですね?」


ルミエの譲歩というか説得というか、説明にジュネたちが頷いたことで、私の教育係はルミエが務めることに決まった。


「という訳で、ルヴェファ様の教育係は僭越ながら、私が務めます」

「よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。まずは洗礼と名付け、魔術計測をするところからですね」

「洗礼?」

「洗礼は真名の意味を明らかにする儀式のようなものです。真名の意味は他人に明かしてはなりません。それは自分を他人に明け渡すということになりますからね。言葉を理解できる年齢になれば、いつでも洗礼は受けることが出来ます。ルヴェファ様も問題なくできるでしょう」

「名付けは?」

「名付けは真名の意味を別の言語に置き換える行為です。そこで置き換えた言葉を名として使用します。真名には魔力が宿り、そして個人に紐づくものですから、それを守ることも必要です。直接、真名を何かに利用されないように、別の言語に置き換えた名の方を一般に使用します。名も真名を元に名付けられたものですから、少なからず魔力が宿り個人に紐づきます。しかし、真名ほどの強力な関係性はないので、名を利用された時の被害を抑えられることができるのです」

「ふーん。魔術計測は?」

「魔術計測では魔術階位、魔力量、魔力許容量を計測します。これは体内魔術が定着した10歳前後を過ぎれば、いつでも何回でも計測できるものです。貴女様もちょうど10歳前後だと思われますから、一度計測しておきましょう」

「わかった」


そうか、普通は真名ではなく、名を使うんだな。


それがどれくらい普通のことなのか知っておきたいが、この口調から推察するに階位や身分が高い人だけの風習という訳ではなく、ごく一般的なことのようだ。



それにしても、真名の意味を他人に明かさないということはとても大事なことなんだな。


真名の意味は普通は家族や配偶者にも明かさないと聞けば、かなり厳重に扱わなければいけないことが分かる。無理矢理、真名の意味を明かさせるのは重罪になるようだ。



洗礼と名付けは本来、別々の儀式なのだが、纏めて一気にやってしまえるらしい。

そのことから、一般には名付けを含めた一連の儀式を洗礼と呼ぶのだとか。

何なら魔術計測までを含めて、洗礼と呼ぶところもあるらしい。



魔術計測は、普通に生きていれば何回も経験するが、大抵の人は洗礼の時に初めて経験することになる。


しかし、魔術師や魔術を頻繁に行使する職業の人々は、定期的にその計測結果を提出する必要があったりするので、珍しいことではないそうだ。


「それでは早速、洗礼と名付けに向かいましょう。デピラ、そちらのことは頼みます」

「畏まりました」


デピラはルミエに一礼して、私にも礼をしてから、一足先に部屋を出て行った。



そう言えば、デピラは最初に出会ったあの洞窟から一緒に来てくれていた。

もしかすると、あの洞窟を管理しているルミエの部下であって、本部であるこのソルカドで働いている訳ではないのかもしれない。


ここまで付き合ってくれていたのは、私のことを知る一人として私の今後の扱いを知っておくためなのかもしれない。

ルミエの見通しでは今後、デピラに関わることになるかもしれないのだな。





デピラが去ってから直ぐに、私たちも席を立った。先程と同じように本部内を歩き、とある広間にやってきた。



見上げるほどに高い柱が並び、縦に細長い窓が並んでいる。窓は色のついた小さな硝子で模様が描かれていて、そこから差し込む日差しにも色が付いている。澄明で繊細な光が綺麗だ。



その広間の中央には演説台のような譜面台のようなものが設けられており、その両脇には燭台がある。


広間の隅に木製の硬そうな椅子が数脚置かれていて、観客席というか来賓席というか、保護者席というか、儀式の付き添いが座る席にしては聊か遠く、これでは何をしているのか、見えないのではないかと思う。


それ以外には何もない広間なので、椅子は敢えて壁際に置かれているのだろうが理由は分からない。


床は窓と同じような模様が色付きの石材で描かれていて、もしやと上を見れば、上も同じ模様が取り入れられていた。




私たちは広間の入り口で立ち止まって、私はルミエから説明を受けた。


「ここで、洗礼と名付けの儀式を行います。あちらの中央の記帳台にある紙に、置いてあるペンを使って真名を書いてください。我々はここでお待ちしておりますので、何かあればお声がけください」



真名って、文字というか綴りはどのように書くのだろう。


そう疑問に思ったが、直ぐに頭の中に見たこともないような見覚えがあるような文字列が浮かぶ。これは最初に真名を聞かれた時と似たような現象だぞ、と思いながら、私はルミエの説明に頷いた。




記帳台に近付くと、そこには一枚の真っ白な紙が用意されていた。下に無造作に置いてあるペンは透明な硝子か水晶のようなもので出来ているようだ。


しかし、ペンを手に取った瞬間、ペンが真っ白に染まってしまった。

そのことに驚きつつ、まぁもし何か壊してしまったのなら、後で謝ろうと心に決める。




取り敢えずペン先は無事だし、儀式の進行には問題なさそうなので、私はそのまま記帳台にある紙に向き合う。


そう言えばこれ、インクとかはどうすれば良いのだろうか。


周囲を見渡したが、インク壺などは見当たらない。ルミエはペンを使って、真名を紙に書くように言っていた。ということは、このままでも書けるようになっているのかな。


そう思って、私は戸惑いながらも、紙の中央に頭の中に浮かんだ文字列を書いた。




初めて握ったペンで、しかも練習したことのない文字列を、戸惑いの気持ちを抱えながら書いた所為か、書き終わって全体を見ると、頭の中の綺麗な文字列とは似ても似つかない、乱れた署名になってしまっていた。


字の汚さは儀式の進行に問題がないのだろうか。


そう心配になってしまう程だったが、直ぐに起きた目の前の不思議な現象に目が釘付けになる。



中央に書いた真名のすぐ下に、何故か私が読める言語でとある言葉が浮かび上がった。


私は何も書いていないのに、お手本のように綺麗な形の文字が書かれたように浮かび上がっていたのだ。



オディデ・ルヴェファ…………神の寵愛…………?




その言葉を見て、意味を理解するのに一秒。

その言葉を受け止めるのに数秒。


ペンを持ったまま固まった私は、真名の意味をどう解釈すれば良いのか、必死に考えていた。


そんな私を余所に今度は真名の上に、新たな文字が浮かび上がる。


「オデット・ネヴァフ…………」


あぁ、これが私の名なのだと何故か納得した。そして、これが名付けなのだな、と。



思わず名を読み上げてしまい、はっと我に返ったが、真名の意味を口にしたわけではないので、これは問題ないはずだ。それにこの距離であれば聞こえまい。



真名とは別の言語であっても、似ている響きを宿した私の名は、なぜかしっくりときた。

しかし、真名の意味については承服しかねる部分がある。



まず神という存在について認めた上で、その寵愛について理解しなければならないのだから、それは越えられない壁と似たようなものに思える。




他の人の真名の意味を聞くのは良くないことだろうが、他の人もこのような感じなのだろうか。


いや、これは深く考えないようにしよう。どうせ、他人に真名の意味を明かすことはないのだから、忘れていても問題ないはずだ。


取り敢えず、この言葉は心の奥に封じ込めておいて、名の方だけ成果として持って帰ろう。




私は手に持っていたペンを記帳台に元々あったように置く。白く染まっていたペンは私の手が離れると、元の透明な色に戻った。

そのことに少し安堵して、さて次は何をすれば良いのだろうと首を傾げる。


「ルミエ!終わったー!」



この紙はこのままで良いのか迷ったので、私は後ろを振り返って大きめの声を上げた。

すると、ルミエも私に応えて大声で返事をしてくれた。


「紙を中身が見えないように折りたたんでー!隣の燭台で燃やして下さいー!」


私はルミエに言われた通りに紙を四つ折りくらいにして、隣の燭台に翳した。燭台の黄色の炎は、瞬く間に紙に燃え移り、紙は解けるように消えてなくなっていく。


私は慌てて紙を摘まんでいた指を離した。


紙は燃えながら下に落ち、地面に触れる前に完全に消えた。


不思議なことに灰や燃え滓が一切出ていない。やはり特殊な紙だったようだ。

ペンもインクをつけずに書けたし、この燭台の炎も特別な物なのかもしれない。


次話は閑話となります。

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