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10.檸檬


私はあまり量のないお魚を直ぐに食べ終えてしまった。



次に出て来たのは、しゃりしゃりとした食感で、赤色に少しの白色が混じったような色の氷菓子だった。


ほんのりと甘い氷菓子は、ふくよかな花のような香りがして、その香りの豊かさと氷の冷たさに口の中がすっきりとして、先程の魚の匂いが消えていく。


なにこれ、美味しい、ともぐもぐしながらカルメに視線を向けると、カルメは心得たというように頷いた。


「薄赤薔薇の氷菓子でございます」


料理名を聞いた私はそのまま、目の前のルミエに視線を向ける。こちらも心得たというように頷いてくれた。


「薄赤薔薇は広く知られている一般的な花です。薔薇には様々な種類がありますが、その中で薄赤の階位はそれほど高くありません。色の細かな階位については、また詳しくご説明するとして、この氷菓子には薔薇の蜜が使用されています。氷菓子が薄っすらと薄赤色をしているのも、薄赤薔薇を使用しているからです。蜜の味は普通ですが、この香りは薔薇らしいもので、女性に良く好まれます」

「大人の女性って感じ」

「そうですね」


私の子供らしい感想に、ルミエたちはふふふっと年長者らしい笑いを零した。


薄赤薔薇の氷菓子もそれほど量がなく、可愛らしいお皿にこんもりと盛られていたので、直ぐに食べ終えてしまった。



そして次に出て来たのは、大きな塊肉を蒸し焼きにして薄く切った料理だった。


真ん中は鮮やかな黄色だが、周囲は深い緑色になっている。そこにやや白みがかった黄色のソースがかけられている。

薄切り肉の下には色とりどりの花びらが敷き詰められており、この一皿はこれまでの料理の中で一番華やかだった。恐らくこの皿がこの食事のメインなのだろう。


「黄熊の蒸し焼き。無花果ソースがけで御座います」


しっとりとしていて筋のない柔らかなお肉は、噛めば噛むほど旨味が出てくるようだ。


花びらについた肉汁までが鮮やかな黄色だったことに少し驚いたが、そんなことは直ぐに気にならなくなるほど肉の旨味が詰まっている。


お肉の旨味だけで重くなり過ぎないように、かけられたソースが酸味と微かな甘味で口当たりを軽やかにしてくれている。ソースにはぷちぷちとした小さな種があり、食感にも変化があって楽しめる。



ルミエに視線を向けると、私が説明を求めることに慣れたのか、すらすらと説明してくれた。


「黄熊は北の雪原に棲む猛獣です。基本的に縄張りからは出てきませんが、数年に一度、群れの個体数が増えすぎた時に、口減らしとして、数頭が雪原の奥から出てきます。それをこちらに被害が出る前に狩り、素材にします。肉は基本的に保存食にしてしまいますので、保存加工をしていない新鮮な物はかなり高価なものです。この料理には保存食の方が使用されているのでしょう」


再び北の雪原が登場したが、色々なことができるほど広いようだ。そんな土地を抱えているこの国は、結構な大国なのかもしれない。



「ふーん。ソースは?」

「無花果は秋に収穫される果物です。茶色の皮に包まれた黄色い実の中に白い小さな種があります。無花果は腐りやすいのでジャムやこのようにソースに加工することが多いです」

「ジャムって何?」

「果物を砂糖で煮たものです」


無花果のジャムか。ぷちぷちとした種の食感が楽しいのは勿論だが、無花果自体の風味もよく出ていそうで美味しそうだな。


このソースも果物のような香りはしているが、どこまでが調味料によるものかがよく分からない。

いつか、無花果をそのまま食べてみたい。


「それも食べてみたい」

「後で、料理人に伝えておきましょう」

「料理人がいるんだね」

「はい。本部には二人の料理長と、大勢の料理人や助手がいます」

「そんなにいるの?」

「ここは専用食堂ですが、他に一般食堂もありまして、ここで出される食事の他にも、一般食堂の食事も作られているので、料理人はかなり雇っていますよ」

「一般食堂…………?」

「ソルカドで働く職員や研究員、依頼を受ける魔術師など、様々な人が利用します」

「それは給仕が大変そうだね」

「いえ、一般食堂はカウンターで料理を選んでお皿に盛るビュッフェ形式です。食事は自分で席まで食事を運びますので、ここのように給仕はいませんよ」

「自分で…………私もやってみたい」


それは興味がある。自分で好きな料理を好きなだけ盛りつけて、自分で席まで運ぶというのは楽しそうだ。


ここでのバランス良く、調和の取れた贅沢な食事も良いが、ビュッフェ形式の食事も体験してみたい。ちょっと悪いことをしている気分で、わくわくしてしまう。



そんな私の様子を見てルミエはふふふっと笑い、微笑まし気な表情で頷いてくれた。


「擬態ができるようになれば、そちらを利用して頂いても構いませんよ」

「分かった。頑張る」


やはり協会内でも擬態が必要なんだね。これはなるべく早く、擬態ができるようになる必要があるな。


俄然、やる気が出て来た。



「擬態をしていない状態でも、利用できないことはありませんが、目立ちますし、何より、一般食堂の方よりこちらの専用食堂の方が安全ですからね」

「安全?」

「食事という行為は魔術に関係し、儀式に連なるものです。それを異なる魔力を持つ者と同時に同様に行うと、魔術の侵食を受ける可能性があります。それを防ぐために、席分けや食器分けなどを行うのですが、一般食堂は食器やクロスは共通、もしくは類似しているので、完全な席分けにはなっていないのですよ」


席分けというのは、机を分け、椅子を分けるということらしい。


完全に別個の机と椅子を使うことで、食事という同様の儀式を同時に行っても、別の場所であるという認識になり、魔術侵食というものが起きないのだとか。



この専用食堂では、完全に席分けがなされている。今は四人で食事をしているので、四つの机と椅子が用意されている。更に食器やクロスを分けるということもそれを補強するものらしい。



しかし一般食堂の方では、多くの人が利用するため、机や食器、クロスを分けてはいるが似た物を使っている。その所為で別個の物であるという差別が小さく、侵食の危険が全くない状態ではない。


特に私は魔力量が多く魔力制御ができていないため、魔術侵食を発生させてしまいやすいらしい。



「それに各自に見合った階位の食器やクロスを使う方が、食事の際に得られる祝福の量が多いのですよ。階位の高い者が低い物に合わせて食事をすると、低めの量になってしまいます」


それは器が小さいと乗せられる物の量も減るというように、食事から得られる祝福の量が減ってしまうということらしい。


食事から得られる祝福は魔力回復などに影響していて、食事を取ることは肉体的な栄養だけでなく、魔術的な栄養にもなるそうだ。



「近年はこの席分けの本当の理由を知らないまま、階位の低い者に合わせるのは卑しい行為だと捉えてしまっている者もいますね」


悲し気に、そして困ったように辟易として溜息を吐くルミエに、何かそれで事件や事故が起きてしまったのだろうかと思った。それとも、嫌な思い出でもあるのかな。


「知らない人もいるんだね。それで、魔術侵食は何?」

「魔術侵食は先程の名呼びと似ています。簡単に言うと、階位の高い者の儀式的な行為には大きな力が伴います。それを階位の低い者が同じように行ってしまうと、力の大きさに耐えられず怪我などを負ってしまうということです。正確には場の共有と同調による無境界魔力飽和現象であって、真名の魔力反映作用とは異なるものですが」

「ふーん」


場の共有がどのような時に起こってしまうのか、その条件が気になるが、場を共有したことでその人と自分を分ける境界のような何かがなくなってしまい、魔力が流れ込むということかな。


確かにそれは、真名が魔力を反映しているということとは違うことだろう。



よく分からないが頷いていると、ルミエは今後こういったことも詳しくお教えいたしますよ、と笑顔で頷いてくれた。


ジュネやデピラが引き攣った笑みを浮かべているのが気になったが、知りたいことではあるのでお礼を言っておいた。




メインのお肉を食べ終えて、次に出されたのは色とりどりの果物と可愛らしいお菓子だった。


「こちらは、左から黄梨、青梨、そして檸檬ケーキで御座います」


三つの食べ物はどれも、これまでの料理に使われていたものだ。


特に黄梨と青梨は、綺麗に飾り切りされているが、そのまま出されているので、こんな色、こんな食感だったのかと知ることが出来た。


檸檬ケーキは黄色と茶色を混ぜたような、綺麗な焼き目のついた檸檬のケーキで、檸檬の風味だけが使われたあっさりとしたお菓子だった。


しっとりとして香ばしい穀物と乳製品の味が、檸檬のさっぱりとした風味のお陰でもったりとせず食べやすい。



「檸檬はそのまま食べない?」

「はい。檸檬そのものはかなり酸味が強いので、この梨のようにそのまま食べることはほぼありませんね。そう言えば、巷では辛気臭い表情をしている人物に、檸檬を食べさせるぞ、と言って、元気づけるのだとか。」

「嫌がらせではなく?」

「はい。遠回しな励ましのようです。そのような表情をしていないで、という」

「へぇ」


ルミエの話を聞いて、檸檬は辛気臭い表情を変えられることができるくらい酸っぱいのか、と感心する。

それは確かに、そのままで食べることはないだろうな。


しかし、檸檬を食べさせるぞと脅すことが励ましになるのだから、文化理解というものは難しい。

それならば、この梨のように甘くてしゃりしゃりとしていて美味しいものではいけなかったのだろうか。



うん、よく分からないなぁ。



そう思っていると、食堂が妙な沈黙に包まれていることに気付く。

それはどうやら私とルミエの会話を静かに見守ってくれている、というだけではないようだ。


ジュネやデピラはもの言いたげな、しかし言いたくないような、という微妙な表情をしている。


ルミエと私以外の全員が一様に渋い表情をしていることに気付き、私は一番話しかけやすそうなカルメに思い切って聞いてみる。


「カルメ、どうしたの?」

「い、いえ…………」


しかし、カルメは空気の読める、そして危機管理意識の高い女性だったようだ。


視線を逸らして口ごもる姿に、これは言いたそうでも聞かない方が良いことなのだなと納得して、あまり気にしないようにする。


何せ、カルメが言い難いということは、先程のルミエの発言の何かが間違っているということなのだろうから。



うーん、檸檬を食べさせるぞ、の件かな?


だってやっぱり、その部分の意味がちょっと理解しきれないんだもの。





私はかなり後に知ることになるが、カルメたちが指摘できなかったのは、ルミエが本心からそう誤解しているからである。


巷で使用されているのは「檸檬食らわすぞ!オラァ!」という、乱暴な方の揶揄いというか、脅しであって、ルミエがいうような優雅で大人しいものではない。


そしてこの言葉は、やんちゃな悪ガキが悪戯をした時に使用されていたり、母親が子どもを躾ける時に使用されたりと汎用性が高いものの、決してどれもがルミエが言うような優美さはないものである。



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