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1.召喚(閑話)

本編が始まる前の、前日譚のようなお話です。

湿った空気が漂う暗い洞窟は、二つの魔術の火球で照らされている。



掌ほどの大きさの赤色の火球は光球ほどの明るさはないものの、消費魔力量と使い勝手を考えれば、こちらを使用することを選択する者も多い。


少しだけだが暖を取れるし、いざという時にはそのまま攻撃に使用できる。魔術の煙を考慮しなければならないのが難点だが、短時間の使用ではそれも問題ない。




そんな火球を生み出し、操作している人影は二つ。


二人の中肉中背の男たちは、丈が長く分厚い生地でできた青色のローブを羽織っている。目深にフードを被っており、二人の表情は口元からしか窺えない。




二人の男たち以外には、蓑虫のように地面に転がっている人間が10体。


生気のない目に、ぴくりとも動かない身体。


微かに上下する胸を見れば、その者達が生きていることは分かるが、一目見ただけでは生死を判別できないほどに存在が希薄になっている。



これまでに行われたこと、これから行われるであろうことを思えば、当然の状態だった。


そして、蓑虫たちは全員が、自分たちをそのようにした男たちにさえ、恨みや嫌悪、怯えの眼差しを向けることはなく、ただ死ぬために生きているというような態度だった。




そう仕向けたのはこの二人の男たちである。


何故なら、その方が都合が良いからだ。


暴れられては扱いにくい。

逃げられて困るということはない。

そもそも逃げられないようにしてある。

彼らに反抗する手段は持たせていないのだ。



暴れられたり勝手に動かれたりしては、こちらの手間と体力が余計に必要になるだけで、これからの予定が変更されることはない。

それを分かっているから、この蓑虫たちは抵抗しないのだ。


いや、それ以上に、逆らうことができないようにもしているので、そんな考えすら浮かばないだろう。だから拘束したり、足の腱を切ったりはしていない。



「おい。準備はできたか?」

「あぁ。今回は今までで一番、気合が入ってるな」


蓑虫のような人間たちを引き摺って、洞窟の中心に集めた片方の男の様子を見て、もう一方の男が声をかける。


それに応えた蓑虫を引き摺っていた男は、ぱんぱんと手を払って腰に両手をあてて、大きく息を吐いた。その声音には、自分たちの成果が既に出ているかのような自信と達成感が滲んでいた。



もう一方の男はというと、蓑虫たちが集まる地面の下に刻まれている複雑な魔術陣を丹念に確認している。


指先で何度も線をなぞり、何かに気付いては丁寧に修正していく。その目にはこれから手に入るであろう未来の成果を確信している気持ちと、そのためには失敗できないという神経質さが表れていた。


「そうだな。流石にこれだけの生贄とこの術式があれば、今度は成功するだろう」

「だな。今回の術式は渾身の出来だし、生贄も今までで一番の質だ」


蓑虫、いや生贄を担当した男も、術式を担当した男も、今回の作戦は成功すると信じて疑わない。


それは今度こそはという自身の願望と、これ以上の失敗は許されないという彼らの上役からの言葉によって引き起こされた仮初めの自信であるようにも思えた。



これ以上の失敗は許されず、これ以上の準備は整えられない。最後で最高の機会なのだ。


生贄担当は勝利を確信した笑みを、術式担当はこれから幸福が訪れることを確信した笑みを、それぞれに浮かべていた。


二人の笑みにちらりと過る不安の影は、主にあの部下に厳しい上役の言葉の所為だろう。

心に棘のように刺さったまま残っている厳格な上役の言葉には、今回の作戦の成功で見返してやろうと心の内で反論しておく。


「あぁ。これでこれ以上ない成果を出せる。誰にも口出しなどさせるものか」

「そうだな。じゃあ、まぁ、始めようぜ」


生贄担当の男は待ちきれないと言わんばかりのうずうずとした態度で、術式担当の男を急かす。


最後の最後までしっかりと術式を確認していた男は、満足するまで修正をしたところで、地面をなぞっていた指先に付いた土を払い立ち上がった。




二人の男は慎重に魔術陣の外側に立ち、自身の魔力を魔術陣に向かって放出しながら、詠唱した。


「「我らは世界に求める。生贄に新たな命を与えよ。新たな命に世界の祝福を与えよ。ベヴォーレ!」」


二人の詠唱に反応して地面に刻まれた魔術陣が青く光り、目の前に転がっていた蓑虫のような生贄たちが突如として消えた。


その代わりに陣上の中空、何もなかった空間から白い光の球が生まれ出でた。


「白!白だ!」

「来たな」


白い光を見て大騒ぎしている生贄担当の男。

その反応に同感しながらも表には出さない術式担当の男。



二人の間には早くも喜色が広がっているが、まだ魔力の放出は終われない。ここで止めてしまえば、作戦は失敗してしまう。


術式が完全に行使されるまで、魔力を流し続けなければならないのだ。徐々に大きく、そして強く光る白い球に二人は興奮を抑えつつ、魔力を放出し続けた。




それにしても、まだ術式は終わらないのか。そんな思いまで二人は通じ合っていたようだ。


「おい。まだか!?」

「っ…………」


まだ終わらないのか。

このまま放出をして大丈夫なのか。


そう問いかける生贄担当の男に、術式を担当した男は眉を顰めた。


まだも何も、新しい術式なのだ。消費魔力量は試算ではこの二人で足りるのだが、試算以上の魔力が必要になる可能性も当然有り得る。何せ、今目の前に広がっているのは、目を細めてしまいそうになるほどの白い光だ。



男たちは興奮でぶれそうになる魔力を、集中して操作した。ここで目の前の術式以外に無駄に使用できるほどの魔力の余裕はない。



いつの間にか魔術の火球も消えて、今この洞窟内を照らしているのは、白い光だけになっていた。



ここで諦める訳にはいかない。この機会を逃したくない。

目の前に成功が手の届きそうな距離まで来ているのだ。

徐々に魔力が術式に吸われ、喰われていっている感覚がしてきた。

しかし、対価なくしてこの成功は手に入らないのだ。

それならば、対価を払うしかない。


「くそっ。持っていきやがれ!」

「くっ…………仕方ない、な」


二人がそう覚悟を決めた瞬間、それを待っていたかのように、魔力が一気に失われた。



奪われた。



その感覚を受け取って理解する間もなく、男たちは静かに倒れ伏した。見開かれたままの目には何の意思も宿っていない。


ただ口や鼻から夥しい量の血が流れ続け、洞窟の地面に滲みこみながら広がっていった。




薄暗く湿った血の匂いが漂う洞窟には灯りはなく、ただ二つの死体が輝きを増していく白い光に照らされているだけだった。


男たちが倒れてから暫くして、漸く広がり続けていた白い光が収まり、人の形になった。




男たちが魔術を行使し、白い光が生まれ出でた頃、洞窟の外ではちょうど山の端から日が射し始めていた。




もう一話、閑話を挟んでから、本編が始まります。

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