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体操服からドレスへ、そして本格メイク……わたし、今どこにいるの?②

 朝食の時間がやってきた。わたしはメイドたちの助けを借りながら、化粧が崩れないように細心の注意を払い、ダイニングへ向かう。


 「それにしても……やっぱり顔が重い気がする。慣れないなぁ」


 心の声が思わず漏れる。これがいわゆるメイクの感覚なのだろうか。ファンデーションやアイシャドウが乗った肌は、ほんの少しだけ突っ張るような、でも艶やかな質感を帯びていて、前とはまるで違う。唇に塗られた色付きのグロスも、ぺろっと舐めてしまったら味がするのではないかと警戒してしまう。


 朝のダイニングにはメイド数名と料理番が控えており、テーブルの上には温かいスープやパン、フルーツが並べられている。フルーツの甘い香りが食欲をそそるが、その前に「口元を汚さないように……」と意識しなければならないのが面倒だ。それでも、がっつり頬張りたい気持ちを抑えながら、一口ずつ丁寧に口へ運ぶ。


 (なんだか食事するだけで神経使うなぁ……)


 そう思いながらも、スープの温かさが胃に染みわたり、少しずつリラックスできる。体を鍛え始めてから、食事がいつもより美味しく感じるのは嬉しい変化だ。スタミナが必要だからか、朝食だけでもそこそこ量を食べるのに、太った感じはしない。運動量が増えたおかげでエネルギーが消費されているのだろう。前世でもこんな健康的な生活を送っていれば、死なずに済んだのかもしれないが……と今さら思う。


 「お嬢様、お味はいかがですか?」


 「うん、美味しいよ。ありがとう。……ただ、メイクを気にしながら食べるのは慣れないね」


 笑い交じりにそう返すと、メイドのマリエがくすっと笑う。


 「そうですね。けれど、これも貴族令嬢たるたしなみと思えば、悪くないのでは? 仮に外で社交パーティがあったら、皆様こうやってメイクを崩さぬよう頑張ってらっしゃるのです」


 「うーん、そういうものなのか……大変だな、女の子って」


 おもわずわたしがつぶやくと(まずい、不審がられるか?)、マリエは「うふふ」と笑顔を見せる。前世では「女性は大変だなぁ」と他人事のように思っていたが、いざ自分がそうなると実感がまるで違う。髪型一つとっても気にしなきゃいけないし、メイクの手間も馬鹿にならない。ドレス着用時にはコルセットで体を締め付けられるし、慣れないハイヒールっぽい靴を履くと足が疲れやすい。こうしてみると、貴族女性の優雅さは、相当な努力と我慢の上に成り立っているものなんだろうと思い知る。


 食事を終えたあとは、部屋に戻って読書をしたり、机に向かって領地関連の書類に目を通したりと、ゆるやかに時間を過ごす。この間も、常に「メイクが崩れないか」「ドレスが汚れないか」を意識しなきゃいけないから、落ち着かない部分もあるが、なんとなく「特別な姿」でいる自分が不思議と悪くない気分だ。自分で言うのもなんだけど、鏡を見るたびに「可愛いなぁ」なんて思ってしまう。もちろん、前世男の思考がちらついて「それは自画自賛でキモいぞ」とツッコミを入れてくるのだが……。いや、「かわいい少女をかわいいと思っているだけだ」と言い返す。


 (でも、こっちの世界に来てから、もう数年……。少しずつ“女の子としての生活”に馴染んでるのかもしれない)


 そう思うと、自分の中に残っている男の部分が少し寂しがるような感覚もある。いや、完全に男性意識を捨て去るつもりはないし、そもそも体がこうだから仕方ない。だけど、周囲が当たり前のように「エリシアお嬢様」と呼び、わたしもそれに馴染んでいるのだから、自然と気持ちも揺れ動いてしまうのだ。


 「……はぁ、なんだかなぁ。もやもやするな」


 机に向かいながら、思わず額に手を当ててため息をつく。ドレスやメイクに包まれた14歳の少女――これが今のわたし。けれど心のどこかで「男としての矜持」みたいなものを残そうとしている。それは自分でも都合のいい両立だとわかっているが、すぐにはどうにもできない。


 そんな内面の混乱を抱えつつ、午前中を過ごした。お昼前には軽く休憩して庭に出ようと思ったが、メイクが崩れるかもしれないし……と思い、結局、室内でゆっくり過ごすことに。今日は特に予定もないし、大した来客もない。メイドたちが時々様子を見に来て「お嬢様、大丈夫ですか?」と声をかけてくれるが、わたしは「うん、平気だよ」と曖昧に笑って返す。


 昼食も同様に、化粧のことを気にしつつナイフとフォークを丁寧に扱い、食事を楽しむ。慣れない動きにちょっと疲れるが、きちんと座って食べる姿勢は、ランニングで鍛えた体幹が役立っているのを感じる。背中が自然と伸び、コルセットの負担もさほど気にならない。これも運動の成果だろうか。メイドのセシルが「本当にお嬢様、姿勢が美しくなられましたね」と褒めるたび、わたしは照れながらもまんざらじゃない気分になる。


 午後、部屋に戻ると、ほんの少し化粧が崩れそうになっているのが鏡に映った。口紅っぽいものが少し薄れているし、頬のチークも汗で落ち気味。焦ったわたしは、急いでメイドたちに「ちょっと直せる?」と頼んでしまう。


 「お嬢様、自分から“直して”などと仰るようになるなんて、嬉しいです!」

 「ち、違うってば! だってこんな中途半端は嫌じゃん……」


 そう言い訳しても、彼女たちは楽しそうに笑みを交わす。メイドたちはササッとブラシを取り出し、手際よくわたしの化粧を修正してくれた。その動きは慣れたものだが、やはり当人であるわたしは毎回恥ずかしい。けれど、こうして丁寧に扱われて完成度の高い状態をキープしていると、どことなく「女の子の幸せ」みたいなものを感じなくもない。


 (……また自分で変なことを言ってる。女の子の幸せってなんだよ。でも、嬉しいことは嬉しいし……)


 軽く頭を振り、午後は書斎にこもって本を読みながらまったりと過ごす。領地改革に関する本や、前世の法律知識と照らし合わせられそうな資料を読んでいると、時間はあっという間に過ぎる。体力はついてきたけれど、やはり知識面はまだまだ。社会改革のアイデアを出すにも、もっといろんな情報を仕入れないといけないと思う。


 やがて夕方が近づくと、ほんの少し疲労を感じるようになる。化粧をしたまま一日を過ごすのは、やっぱり意外と疲れるんだなと痛感する。メイドのマリエが「お嬢様、そろそろご休憩なさいませんか?」と声をかけてきたので、わたしは「そうだね……」と頷く。


 「じゃあ、夜の入浴までに少し部屋で横になろうかな……。あとはメイク落としも……」


 そうつぶやいた瞬間、メイドたちが横目で視線を交わすのが見えた。どうやら彼女たちはすでに「お嬢様の夜の湯浴みのお世話」を準備しているらしい。最近わたしは運動が習慣化してから、洗髪や体を洗うのは自分でやりたいと訴えていた。けれど、「貴族令嬢が一人で入浴するなんて危険です」とか、「お化粧をちゃんと落とすには手伝いが必要です」などと言われ、何度か押し問答があったのだ。


 (今日ばかりは仕方ない……がっつりメイクを落とすには、彼女たちのサポートも必要かもしれない。くそぅ、でも恥ずかしいんだよな……)


 わたしは心の中で葛藤しつつも、「わかったよ、よろしく頼む」と渋々了承する。メイドたちは嬉しそうに「はい、お嬢様」と一斉に頭を下げる。こうしてわたしは、本日の最終イベント――メイク落とし&入浴タイムを、完全サポート付きで迎えることに決まったのだった。


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