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スローライフ目指して改革!? まずは孤児の笑顔を守りたいんです!③

 しばらく経ったある日。わたしはシルフィーナとの計画に沿って、少しずつ“基金”の準備を始めることになった。まずは「孤児院を支援するための寄付を募りたい」と周囲に呼びかけるのだが、同時に目立たない形で“富裕層へ協力を要請する”文書も作成する。実に婉曲的で、“善意を示せば将来的に自分たちにメリットがある”と含みを持たせるような書きぶり。まさに政治の駆け引きだが、わたしは14歳でこんなことをしていいのか少し戸惑いつつもやらねばならない。


 侍女長や数名の参与たちにこの文書の下書きを見せると、案の定「ふむ、面白いが富裕層が本気で乗るかは未知数」「しかし、放置すれば不安は募るばかりなので、一考の価値あり」との意見が出てくる。賛否は割れるが、暴動のリスクを感じているためか、完全否定する人は意外に少ない。わたしとしては意外で、少し希望を抱いてしまう。


「皆さまが全員反対するとかじゃなくて良かった……」


 ホッとするわたしに、参与の一人は「エリシア様、あまり楽観は禁物ですよ。表向きは賛成していても、陰で嫌がらせをする貴族がいるかもしれません。特に大商人の中には寄付を渋る人が多いと聞きます」と警告してくれる。確かに、“口では賛成、実際は出さない”という可能性は高い。だからこそ、わたしのほうでも“プチ名誉”を与える工夫――たとえば“寄付者の名を何かしら記念板に刻む”などを準備しようと考える。


「少しずつ行うしかないよね……。大きな動きを見せたら、それこそ槍玉に挙げられるし……」


「そうです。少しずつ、ですよ。ご安心ください。わたしもシルフィーナ様も、微力ながらサポートします」


 何人かの参与たちがそっと微笑んでくれる。わたしは心の底で安堵する。同時に、“彼らがわたしをどう見ているのか”が気になって仕方ない。14歳の少女として扱っているのか、それとも“前世は男”なんて知らないし、普通に令嬢を頑張っていると見てくれてるのか。後者に決まっているんだけど、その差が時々胸をチクチクさせる。これが常にわたしを悩ませるのだ。


(まあいい。とにかく、今はこの改革プランを軌道に乗せるのが先。スローライフのために……ね)


 心にそう言い聞かせ、わたしは翌日から“寄付募集”の下準備を開始する。とはいえ、実際に街頭で叫ぶわけではなく、貴族や商人の間に噂を流す形で広める。例えば「最近、孤児院が苦しいらしい」「寄付すると領主家が感謝してくれるかも」など。最初はかなり地味で、効果を疑問視する声が多いが、わたしは焦らない。何故なら、第一ステップだからだ。


 しかし、ここで予想通りの反発も起こり始める。ある日、シルフィーナ経由で「一部の豪商が『そんなものに金を出すなんて御免だ』と公言している」と情報が入り、わたしは落ち込んでしまう。けれど、同時に「興味あり」と言ってくれる商人も現れたらしい。どうやら本当に“二分”している状態のようだ。


 さらにわたしの耳には、暴動に関する噂がまた一つ増えたと聞こえてくる。ある領地で「税金が重いのに生活が苦しく、既に小さな反乱が起きかけた」という報告があるとか。まだ確かな情報かはわからないが、もし本当ならば、わたしの住む場所も安閑としてはいられない。この噂を追い風にできればいいが、失敗すれば一気に社会が混乱するかもしれない。


「怖い……でも、わたしも動かなきゃ」


 そこで、再びシルフィーナと連携し、富裕層向けの説得文書を少し強めに改定する。具体的には「もし暴動が起これば、あなたたちの財産や安全は脅かされる」「わずかな寄付で防げるなら、投資として考えてみませんか?」というフレーズを追加。わたしとしてはやや脅しに近い気がするが、現実的にそうなる可能性が高いのも事実だから仕方ない。


 手紙を出したり、口頭で伝えたりして数日待ってみると、ぽつぽつと“小額の寄付を検討する”という連絡が入ってくる。まだ大半は静観しているが、一部の進取の気性ある商人が「確かに貧困層が増えれば市場が萎縮する。むしろ安定を望む」と言ってくれたり、意識が高めの若手貴族が「孤児院に援助するのは悪くない」と賛同してくれたり。わたしは少しだけ手応えを感じる。


「やった……本当に動くかもしれない……!」


 もちろん成功するかは未知数だ。だが、最初の一歩が動き出したときの感動は大きい。前世じゃ社会に文句を言いながら仕事するだけだった自分が、今はこの異世界で“税と福祉”に関わるなんて。スローライフとは程遠い激務だが、モチベーションが湧いてくるから不思議。


 その夜、わたしは自室のベッドで横になりながら、孤児院で出会った子どもたちの笑顔を思い浮かべていた。あの子たちが将来、ある程度の教育や仕事を得られれば、一部は自立して自分の道を見つけられるかもしれない。そうなれば暴動に荷担することもなくなるし、むしろ社会を支える存在になるだろう。こういう“社会の連鎖”を実感できると、改革の意義が実感としてわかるのだ。


(ほんと、わたし、“女の子の青春”を満喫するよりも先に、こんな大人の社会問題に首を突っ込んでるなんて……でも悪くないかも)


 そう心で呟いた途端、違和感がふっと湧いてきた。「わたしは本来男だし、むしろ家庭を支えるとか、スローライフでノンビリ……」と考えていたはずが、いつの間にか少女の身体で社会の先頭に立とうとしている。でも、もう後戻りはできないし、その必要もないかもしれない。この世界で生きる以上、今の身体と環境を受け入れ、やれることをやる。目を閉じれば、胸の鼓動が少し高鳴る。


 翌日、わたしは朝食後に大広間へ赴く。そこでは、摂政役の侍女長や参与が集まる定例ミーティングがあるのだが、わたしも今回は“観客”として入れることになった。やや形式ばった場だが、先程の寄付や基金の話を簡単に報告するチャンスがあるかもしれない。


 会議が始まると、侍女長が近況報告をし、各担当が領内の治安や農作物の状況などを話していく。わたしは黙って聞いているが、途中で“噂される暴動”の話題に触れられ、みなやや神経質になる。「今のところ、うちの領地は大きな不満は聞こえないが、用心すべき」「周辺領地で不穏な動きがあるという情報は未確認だが、油断は禁物」など意見が飛び交う。


 ここだ、とわたしは意を決して手をあげる。


「すみません……あの、わたしから一つ、ご報告とご提案が……」


 人々の視線が一斉にわたしへ集中する。立場はただの見学者だが、一応、名目上は、ここの領主はわたしだ。だれも止めることはできないはず。もっとも、わたしがこういう場で発言するのは珍しいこともあり、何人かは驚いた表情だが、侍女長が「どうぞ」と許可をくれる。


「えっと、皆さまご存じかもしれませんが、わたしは最近“孤児院”に興味を持ちまして……そこの状況を改善するために、寄付を募ってみようと試みています。そして、少しずつですが賛同する貴族や商人も出てきています」


 一旦ここで呼吸を整え、続ける。「暴動が起きると、富裕層こそ大きな被害を受ける可能性が高いです。だから、わずかなお金で社会の不満を和らげ、かつ将来の人材や消費者を育てることができるなら、メリットは大きいと思うんです。今は正式な税ではなく“基金”の形ですが……将来的には、もっと制度化を視野に入れてもいいのでは……と」


 数名の参与が目を丸くし、別の者は微妙な顔をする。「なるほど、面白いが、そんなにうまくいくかね?」「税金を増やされるのは嫌がるだろう……」とささやきが聞こえる。それでも侍女長は深く首を縦に振り、「なるほど、確かに暴動の噂は気がかりです。エリシア様の言う通り、庶民が貧困や孤児が放置されれば、不満が爆発するかもしれませんね。少額の寄付という形なら抵抗も小さいとは思います。」と意外と好感触。


 それを聞き、わたしはホッとする。「ありがとうございます。ただ、これはあくまで始まりです。徐々に広げられれば理想的だと思っています」と付け加える。何人かの参与は深く考え込むが、強い反対は今のところ出ない。これなら、しばらくは問題なく進められるかもしれない。


 しかし、会議が終盤に差しかかったとき、一人の年配の参与がわたしに向かってこう言う。「お嬢様のお考え、悪くないが、くれぐれも急進的にならぬよう。もし人々が“もっとよこせ”と要求をエスカレートさせる事態になれば、我々が逆に追い詰められる可能性もあるのですよ」


「……はい、重々承知しています」


「ならばよろしい。わたしたちも穏便な進め方を見守りましょう。ただ、過度な期待は禁物ですな。人心の不満を払拭するのは容易ではないので」


 そう言い残すと、彼は苦い顔で退席していく。わたしは「そうだよね、あんまり甘くはないよね……」と噛みしめる。今のところ“様子見”の参加者が多い中、どうやって実行力を高めていくかが次なる課題だろう。


 こうして会議を終えたわたしは、廊下へ出たところでふと息をつく。まるで大きな戦いをひとつ乗り越えた気分だ。スローライフを望む身なのに、なぜこんなに疲れる会議をしているのか――自嘲しつつも、「やるしかない」と意欲が湧くから不思議だ。


「エリシア様、お疲れではありませんか?」


 侍女長が心配そうに声をかける。わたしは小さく苦笑し、「うん、ちょっと疲れたけど平気。今はむしろやる気が出てきたよ」と答えると、侍女長は「そうですか。お嬢様は強いですね」とぽつりと呟く。元男としての経験か、単なる意地かはわからないが、こうして前に進むしかないのだ。それに、日頃の運動の成果も出始めている。


 その日の夜、わたしはベッドに横になり、もう一度孤児院での思い出を反芻する。小さな子が「エリシアお姉ちゃん!」と呼んでくれたときの温もり、あの笑顔。そして前世男だった自分とのギャップに生まれる少し妙な感覚。ここでも、変なドキドキがわたしを襲う。“お姉ちゃん”と呼ばれるたびに、「わたしは本当は男なのに……」と戸惑うが、それ以上に胸の奥が優しく震えるのだから、もう受け入れるしかないのかもしれない。


「スローライフがしたいけど……子どもを守るためには動かないと。社会が荒れたら、わたしも安全じゃない」


 掛け布団を抱きしめながら、そんな独白を漏らす。男ならもっとハードボイルドに構えるかもしれないが、今のわたしは14歳の少女の身体と感性を持つ。だからこそ、孤児院で感じた愛おしさや保護欲が強く湧いてしまう。そして、そこには少しの罪悪感もある――本当は自分の安寧を守りたいだけかもしれない、と。


 しかし、どんな動機でも結果的に子どもたちを救えれば悪くない。わたしはそう自分に言い聞かせ、瞼を閉じる。次の朝も忙しくなるだろう。富裕層説得のために幾つかの邸宅を訪問する段取りも進んでいるし、メリッサやルイスらとのプチ騒動もあるかもしれない。スローライフ志望とは思えないほど目まぐるしいが、この道しかないのだから仕方ない。


「……早く、子どもたちの笑顔を当たり前にしたい。わたしも平和に暮らしたい。うん、がんばろう」


 前世の自分との性別違和にすこし悩みつつも、社会改革という大きなテーマに足を踏み入れたわたしの物語は、さらに加速しそうな予感がする。その一方で、いつになったら本物のスローライフが訪れるのかは、まだ見えない。だけど、孤児院での経験はわたしの心を動かし続ける。子どもたちが笑顔で暮らせるなら、少しぐらい働いてもいいかな……そう思う自分に、前世男としてのプライドが「軟弱だ」と突っ込みそうになるけれど、いまは聞こえないフリだ。


 こうして、社会改革への道を少しずつ歩み出した一日は終わる。

 わたしが描く“小さな福祉の仕組み”が、果たしてどれほどの効果をもたらすか。暴動を防ぐことはできるのか。富裕層の反発をいかに乗り越えるか。スローライフと改革の矛盾を抱えながら、わたしは次なるステップへ――。


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