表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/43

ドレスでは走れません! わたし、体操服(?)を作っちゃいます!③

 タオルで髪を拭いていると、メイドのマリエがドアの外で「お嬢様、お着替えをご用意いたしました」と声をかけてくれる。わたしはもう一度、「あ、ありがとう」と返事をして、湯浴み室のドアを開けた。


 待ち構えていたマリエは、「お嬢様、湯浴みはいかがでしたか?」と控えめに訊ねる。

 「うん、すごく気持ちよかった……汗もちゃんと流せて、だいぶスッキリしたよ。」


 わたしの答えに、マリエが安堵の笑みを浮かべ、「では、こちらへどうぞ」と案内してくれる。着替え用のバスローブを羽織っても、まださっきのドキドキの余韻が消えたわけじゃないけど、心なしか体が軽い。スポーツをしてシャワーで流す……こんな当たり前のことができるだけで、ちょっとした幸せを感じてしまう自分がいる。


 「さあ、ここからがスタートだ。次は無理しないように走ろう。明日こそは、途中で倒れずに……ね?」


 自分に言い聞かせながら、わたしはメイドの手助けも断って自分でバスローブをキュッと結ぶ。前世との違いに毎回戸惑ってばかりだけど、それでも新しい生活に小さな楽しみを見つけられるのは悪くない。まだ体操服で走ること自体は恥ずかしいけれど、こうしてシャワーを浴びれば少しずつ体力がついているのを実感できるだろう。


 その日のわたしは、どこか晴れやかな気分でシャワーを後にし、翌日からの「もう少し落ち着いたランニング」に思いを馳せた。メイドさんたちの呆れ顔は相変わらずかもしれないが……健康のため、スローライフのため。何事も“ちょっとずつ”が大事なのだ。


 ――こうして、わたしの最初の“本格的運動+湯浴み”は、ドキドキと恥ずかしさの入り混じった幕引きとなった。前世では経験できなかった感覚に戸惑いつつ、明日への期待を膨らませながら、わたしは湯気の残る部屋を後にする。やっぱり、悪い気はしないかも。


 その日はまだ朝も早い時間。わたしは汗を流して着替え、落ち着いてベッドに再度横になる。倒れ込むというか、もう一度眠りたくなるほど疲れた。運動って、ほんと馬鹿にできないなあ……。とりあえず、寝ちゃえ。夢の中で、「いつか元気に外を走れるようになりました」って姿を想像しつつ、次こそ失敗しないように願いながら、まぶたを閉じる。


 こうして、わたしの新しい挑戦、「貴族令嬢の健康計画」は始まったばかり。あまり抜本的じゃない、けれど確かな一歩……いや二歩? そう、まずは健康な身体がないとスローライフも改革も何もできない。運動は面倒だけど必要なのだ。


 誰もが「はしたない」と眉をひそめる体操服(?)スタイルで走る姿が、屋敷の人々の間にどう評価されるかは、これからの話だ。エリシア・エイヴンフォード、この世界で、今さらながらこの体に悩みつつ、立ち止まらずに走り出そうとしている。

 もっとも、今日は「張り切りすぎて倒れた」という残念な結果に終わったわけだけど……まぁ、最初なんてそんなものだろう。大事なのは続けること。

 前世の成人男性としての苦い経験から、「適度な運動が欠かせない」という結論に至った。なら、やるしかないのだ。

 わたしは薄暗くなりかけた視界の中で、もう一度誓う。少しずつ、続けよう。そうすれば、いつか普通に走れるようになるはずだから。



 翌朝――といっても、あの「張り切りすぎの失敗」からまだ数日しか経っていないのだけれど、わたしは再び体操服(?)に着替えて、中庭へ向かう。前回の反省から、無理せずウォーキング中心でいこう、と決めたのだ。ドキドキする恥ずかしさはあいかわらずだし、メイドたちは「また倒れないでくださいね?」と心配そうだが、やるならやると決めたら続けたい。


 そもそも、ほんの数分走っただけで目を回して倒れるなんて、貴族令嬢以前に人としてやばいんじゃないか……という危機感が、わたしの背中を押してくれる。どのみち、前世でも運動不足で苦しんだ末路があれなら、今ここで自分を鍛えておけば同じ轍を踏まずに済むだろう。


 「とはいえ、走るのはほどほどに……よし、今日は庭を2周ほど歩いて、軽く走る程度にしよう。」


 そう意気込んで外に出ると、朝の空気が清々しい。先日は気づかなかったが、鳥のさえずりが澄んでいて、敷地の奥には小さな泉があるらしく、水の音も聞こえる。こんな綺麗な自然があるのに、部屋の中でグダグダしているだけじゃもったいないかもしれない。


 ランニングというより「散歩+軽いジョグ」という感じでゆるゆるスタート。体操服のおかげで動きやすさは抜群だ。ただ、やっぱり裾が短いぶん、膝や太ももが露出しているのが気になって仕方ない。前世なら大したことなかったのに、今は女の体。自分の脚線美(?)がバッチリ見えて、ちょっと恥ずかしい……。


 「えっと……人がいないから大丈夫だよね……?」


 敷地の外には、遠目に門番さんたちがいるけど、こっちを見ているわけじゃない(と思いたい)。メイドたちも気を利かせて、あまり近くに来ないようにしてくれているらしい。ありがたいけど、もしまた倒れたら助けを呼ばなきゃだし……まあ、適度に歩こう。


 ゆっくりと歩き始めると、前回よりも楽な呼吸で動ける。時々軽く走りのステップを入れるが、すぐに息が上がる前にまた歩く。インターバル走みたいで、これはこれで効率がいいかもしれない。


 「ふう……これなら、いけそう。」


 息は上がるけど、前回ほど急激には苦しくならない。自分のペースをコントロールすれば、軽い汗をかく程度で済むんだなと実感。体操服も汗を吸ってくれて、ドレスにはない快適さを感じる。今さらだけど、すごく動きやすいこの服がわたしのお気に入りになりそう。部屋着にしてもいいくらい、と前回考えたのも納得だ。


 しかし、その「部屋着にしたい」欲求はメイドたちに止められた。「お嬢様、それはあまりにも露出が……」と難色を示された。部屋着といえども、仮にも貴族令嬢がそんな格好で廊下をうろつくのは駄目なんだと。まあ、バレたら侍女長に叱られるのは間違いない。


 「だよね……仕方ない。」


 そう思いながら、わたしは小走りを再開する。軽く庭を一周して、息が弾むが前回ほど致命的にはならない。心地よい疲労感が広がる。体を動かすってこんなに気分がいいんだっけ?前世でも慣れたら気持ちよかったような気がする。


 「ふふ、案外悪くないかも……」


 頬に涼しい風が当たり、前に感じた倦怠感や死にそうな苦しさはない。これなら続けられそうだ、と胸が弾んだ瞬間――後ろから足音が聞こえて、誰かが駆け寄ってくる気配。


 「あ、お嬢様、すみません!」

 声はメイドのマリエ。振り返ると、向こうが焦った顔で「いま大丈夫ですか?」と声をかける。わたしは歩みを止め、「どうしたの?」と首を傾げる。


 「侍女長様から、少しお伝えしたいことがあると……」

 マリエは申し訳なさそうに視線を落とす。侍女長、何か言いたいことでもあるのかな。嫌な予感がするけど、まあ仕方ない。わたしは「わかった、今行く」と返し、息を整える。


 「ふう……走りたかったのに、まあいいや。一旦戻って話を聞こうか。」


 メイドに案内され、庭の一角に侍女長が立っているのを見つける。彼女はわたしを見るなり、いつもの優雅な態度で微笑んだ。


 「お嬢様、失礼いたします。運動を始められたそうですね。素晴らしい心がけかと思います。」

 言葉だけ聞くと褒めてくれてるようだけど、その目にはちょっとした苦言が隠れていそう。


 「ええ、体力不足を痛感したので。わたし、健康になりたいんです。」

 さらりと答えると、侍女長はやや首をかしげ、「もちろんですわ。それが何より大切です。しかし……」


 やっぱり何かあるか。内心で苦笑する。彼女が言うには、この服装を見て、一部の使用人や庭師が「お嬢様の露出が多いのでは?」と困惑しているらしい。特に外部の人間(庭師など)から「これが貴族令嬢の姿なのか」と驚かれ、噂になる可能性があるという。


 「そうですか……やっぱり。でも、敷地内でしか着ませんし、他の領地の人の目に触れるわけじゃ……」


 わたしが言いかけると、侍女長は静かに首を振る。「屋敷の中にも、外部からの客人が出入りすることはありますし、庭師や業者が見れば、少なくとも噂が広がるかもしれない。わたくしとしては、お嬢様のご健康のために反対しませんが、くれぐれも人前は避けてくださいませ。」


 要するに、「いいけど、目立たないように走れ」ってことか。やはり、この世界の貴族女性としては、膝上露出して走るなんて異端なのだ。もう予想はしていたけど、実際に言われるとモヤモヤする。まあ、そこは割り切ろう。


 「わかりました。なるべく人のいない時間帯や場所で、短時間だけにします。ほかの人にあまり見られないように……」


 そう答えると、侍女長は満足げに微笑む。「ええ、そうしてくださるなら結構です。あくまでお身体のためにおやりになるわけですから……。無理は禁物ですよ、お嬢様。」


 これで、運動の自由は確保できたけど、同時に「周囲の目」を気にしながら走らなきゃいけない。少々面倒くさいが、ルールがある分、わたしも踏み外さずに済む……かもしれない。


 運動を再開しようとしたところで、侍女長がさらに「あとひとつ」と言葉を継ぐ。


 「お嬢様の身体は将来のために大切です。あまり激しい動きをなさらないほうがよいかと……跡継ぎを産み育てるための体を傷めないように気をつけてくださいね。」


 うっ……やっぱりその話か。仕方ないが、言われるたびに前世の自分の感覚が否定されるようで苦い気持ちになる。まるで自分の体が自分のものでないような、実際、転生したからにはそうなのだけれども、何か、納得いかない感じがする。でも、わたしは「わかってます……」と曖昧に答えるしかない。


 こうしてわたしは、運動するたびに「跡継ぎを産むから健康が必要」と再三言われる立場になった。正直ウンザリだけど、その理由がなければ「女性が体力作りに励む必要があるのか」と疑問視されてしまうのだから仕方ない。わたしとしては、婿取りだの跡継ぎだのに縛られたくないが、これを言い出すと余計に揉めるから今は黙っておこう。


 「はあ……ほんと自分が嫌になる。」


 ポツリと漏らした声を誰も聞かない。わたしは心の中で、「女性としての体を大事に」と言われるたび、モヤモヤとした反発を感じるが、この世界で生きる以上、そんなもんなんだろう。慣れたくないけど、慣れなきゃやっていけない。


 でも運動自体は嫌いじゃない。次の日も、その次の日も、わたしはメイドたちのサポートを受けつつ、ほんの15分から20分程度のジョギングを続けた。もちろん誰かに見られないよう気を配りながら、庭の片隅や敷地の裏側を選んで走る。前世の体感では、これくらいやれば体力は少しずつ向上するはずだ。


 最初は2周も歩けば息切れだったけど、1週間も経つと慣れてきて、短い距離なら走りきれるようになった。汗をかいてシャワーを浴びると、なんとも言えない爽快感がある。毎回、体操服が汗で張り付くのは恥ずかしいが、多少は慣れた。


 「これでパーティでも疲れにくくなるかも!」


 と期待してはいるが、成果がすぐ出るわけじゃないし、焦らず続けるしかない。体力が付けば、いつか行動範囲も広がって、社会改革の下準備にもプラスになるだろう。前世のダラダラ30代に比べれば、いまのわたしのほうがはるかに若いし、鍛えれば成長できそうだ。


 そう、わたしは女の体になってしまったけど、前世より若返っているのだから、ある意味、体はよくなったともいえる。そのメリットを活かさない手はない。恥ずかしさは山ほどあるが……この恥ずかしさと少しの努力を乗り越えれば、きっとバリバリ動ける貴族令嬢になれるはず。あるいは、ドレスを着ても体幹がしっかりしていれば姿勢が崩れず、疲れにくいとか、いろいろ利点があるだろう。


 「うん、やっぱり自分の身体は大事。スローライフとはいえ、健康でなきゃ楽しめないしね。」


 そんな前向きな気持ちを抱きながら、わたしは今日も軽くランニングを終え、汗ばんだ体操服で裏口から屋敷に戻る。多くの人に見られるのはまだ抵抗があるから、こそこそと部屋に直行し、シャワーで汗を流す。ほんの少しずつだが、この生活に慣れてきたかもしれない。前世の学校体育を思い出す変な懐かしさもあるし。


 思えば、ドレスでオシャレしてお茶会に出るだけが貴族令嬢の生き方じゃない。自分が心地いいスタイルを追求したっていいじゃないか。そのスタイルが受け入れられるかは別問題だが、少なくとも屋敷内の限られた範囲なら許可が下りたわけだし……。


 この調子で続けていけば、そのうちパーティでもドレスが重く感じないだろうし、外の視察や移動も楽になるはず。そんな淡い期待を胸に、わたしはシャンプーで髪を洗いながら、少しだけ笑みを浮かべる。


 「うん、悪くない。この『体操服』、ヒットだわ。恥ずかしいけどね……」


 鏡を見れば、濡れた髪が背中に張り付き、女の子らしいラインをさらけ出す。お尻の丸みとか太ももの柔らかそうな部分とか、まだ目が慣れなくて赤面するし、正直ドキドキする。この“女体”にどこまで慣れればいいのかと自問するけれど、今はこの体で生きるしかない。だったら大切に扱わないとね。


 そんなわけで、わたしの「健康計画」と名付けた運動週間は、周囲に「はしたない」などと呆れられながらも少しずつ回数を重ねていく。最初のへろへろは克服し、今は1日15~20分、ゆるやかに走ったり歩いたり。体力が上がれば、もっと社会改革に向けての勉強もはかどるに違いない。


 「女の子の身体で体操服みたいな軽い格好、最初は死ぬほど恥ずかしかったけど、こんなに走りやすいならもう離れられないな……」


 笑う自分に、メイドたちは「まさかお嬢様がこんな形で汗を流す日が来るとは」と呆れている。でもいいんだ。これでわたしはちょっとずつ強くなる。コルセットに頼らなくても姿勢を保てるし、パーティや勉強会、領地視察に備えられる。それがわたしの新しい日常だ。


 思わず鏡に向かってポーズをとりかけ、慌ててやめる。「はしたない」ってメイドに言われちゃうし、わたし自身が赤面するだけだ。うん、まだまだ女子度が低いのか高いのか分からないけど、ともかくランニングライフは始まったんだから、今度こそ続けよう。


 こうして、わたし、貴族令嬢エリシア・エイヴンフォードは、体操服(?)で敷地内ランニングを始めた。目標はスローライフの充実と、ほんの少しの社会改革。大がかりなことは考えていないけれど、自分の身体をコントロールすることが、最初の大事な一歩なのだ。婿取り、跡継ぎ云々のプレッシャーは面倒くさいけど、逆にそれを利用して許可をもらえたのだから、嫌味だけどありがたい。


 まさに「恥じらいのスポーツウェア」は、新しい時代への予兆……といっては大げさかな?でも、わたしとしては、この体操服姿が“当たり前”になる日は来るのかもしれない、なんて妄想しながら、ほんの少しだけ未来に期待を抱いている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ