ドレスでは走れません! わたし、体操服(?)を作っちゃいます!②
──とはいえ、もう仕立ても終わったし、ここで「やっぱりやめます」はダサい。初志貫徹、やるしかない。運動は健康のため、社会改革のため……という大義名分があるじゃないか。
そう決意した翌朝、わたしは早めに起きて(といってもメイドたちが起こしてくれるんだけど)、出来上がったばかりの体操服(?)に着替える。なんといっても膝上だし、上半身も意外と体のラインが出るから、恥ずかしさで顔が火照る。でも、よし、走るだけだし、誰も見ていない(はず)。
「セシル、マリエ、わたし、ちょっと庭を走ってくるわ。……あの、変な噂にならないように見張っててね?」
メイドたちは「かしこまりました」と頭を下げるが、その顔には「ああ……」「なにやってんの……?」という苦笑が滲んでいる。
中庭に出て、朝の涼しい空気を吸い込む。さあ、ランニング開始!生まれ変わり、いや、転生した身体で走るなんて初体験だ。ゆっくりペースで足を踏み出す。体操服(?)のおかげか、裾が邪魔にならないし、コルセットもしてないから呼吸しやすい!気分は前世でのスポーツウェアを思い出す。わたし、こんなに足が軽かった?いや、女性の体で筋力がどうだろう?と考えつつ、序盤は快調に走る。
風が頬を撫でて気持ちいい。早朝の光が樹木に反射し、庭の花が鮮やかに揺れる。これはいい!「ハア、ハア……思ったよりも快適かも!」と小声で弾む。軽いウォーキングからランニングに切り替え、ドキドキする胸の鼓動に合わせて足を進める。前世の時もランニング初心者だったが、こんなに爽やかな朝を感じるのは久々。
「やばい、意外と楽しい!」
初めは緊張していたが、走り出すと足取りが軽く、スカートじゃないから安全だし、運動自体は気持ちいい。しかも、ドレスのときと違って息苦しさがまったくない。あとは庭の敷地を一周するだけ……。
しかし、調子に乗ってペースを上げ始めた数分後、急に息が上がってきた。前世のときもそうだったが、最初は「いける!」と思って突っ走ると、すぐ酸欠になるやつだ。今のわたし、子どもの身体だけど筋力も心肺能力もそれほど高くないはず。
「え、ちょ、ううっ……ハア、ハア……」
気づいたときには呼吸が苦しく、足が重くなっている。朝の爽やかさが急に遠のき、視界がややチカチカする。体操服が肌に張り付いて、汗が滲んで不快感が増す。ああ、無理しすぎた……。
「ちょっと歩こう……」
そう思った瞬間、足がもつれて思わず倒れ込みそうになる。転ばないように踏ん張ったのに、地面がグラグラする感じがしてバランスがとれず、つんのめる。
「お、お嬢様!」
メイドの声が遠くで聞こえる。わたしはそのまま地面に膝をついて崩れ落ちた。頭がクラクラして、まさかの目が回る事態に。
「だ、大丈夫……大丈夫だから……」と震える声で言うものの、実際は全然大丈夫じゃない。目の前が暗くなり、一瞬倒れ込んでしまった。気づけばメイドのセシルが急いで駆け寄り、わたしを抱き起こしてくれている。
「お嬢様、しっかりなさって! 張り切りすぎですよ!」
「は、はい……ごめん……」
体操服姿で、メイドに支えられるというなんとも情けない光景だが、立ち上がる元気が出ない。息がゼーゼーして、こんなに走れないものかと自分の体力のなさに驚く。
「部屋に戻りましょう。まったくもう、お嬢様、急に飛ばしすぎです!」
マリエも呆れ顔で言うが、その声には心配の色がある。手を貸してもらいながら、どうにか歩いて屋敷へ戻る。
戻ってすぐ、椅子に腰掛けさせられ、水を飲む。体操服は汗でじっとりだ。なんとも恥ずかしい。メイドたちはタオルで拭いてくれようとするが、「自分でやる」と言って断る。これ以上、恥を重ねたくない。
「お嬢様、体力がないとわかっているなら、もっとゆっくり始めるべきですよ。」
セシルが優しく叱る。わたしは情けなくて何も言えない。
「すみません……ほんとに、こんなに走れないなんて。……ああ、思ったよりも、貴族令嬢生活って体がなまるんですね。」
自分のふくらはぎをさすりながら呟く。確かにドレスを着て優雅に歩くだけじゃ運動不足になるのも仕方ない。
「まあ、初日は無理せず、毎日少しずつ続けるのが大事ですよ、お嬢様。」
メイドたちは呆れながらも励ましてくれる。まさに「一夜漬けで世界が変わるわけない」って感じだ。
「うん、そうだよね……ごめんね、わたしも調子に乗った。明日からは、もっとゆっくりペースで走るよ。……この服も、無駄にしないように、ちゃんと続ける。」
そう言いながら、わたしはまじまじと改めて体操服(?)に目をやる。汗ばんだ身体に張り付く生地、恥ずかしいくらい胸や腰が強調されている。でも……走っている間はやっぱり動きやすかった。あとは無理しなければいいだけ。自分が想像以上に体力が落ちていたと痛感したから、これから地道に鍛えようと思う。
(なにより、わたしは社会を少し良くするにしても、婿取りを回避したり受け入れたりいろいろ考えるにしても、まずは自分が倒れたら話にならない。元気でいなきゃ……)
お尻や太ももが思いのほか柔らかく揺れたあの感触。走るとき、細かく震える自分の体。前世の男の身体とは全然違う。今さら意識してしまうけど、ちゃんと慣れなきゃだ。うまく使いこなしていけば、こんなにも素直に動ける体なんだから。
「やっぱり、スローライフを満喫するにも健康第一ね。」
そんなふうに自分へ言い聞かせて、わたしはバスタオルを抱えながら、メイドの視線を気にして恥ずかしさで顔を赤らめる。体操服(?)姿でもう倒れたりして、これじゃまるでギャグだけど、ほんの少し未来への意欲が湧いてきた。
「わたし、ちょっとずつ走ります。無理せず、地道に。もしまた倒れそうになったら助けてくれる?」
セシルとマリエが苦笑しながら「もちろんです、お嬢様」と答えてくれる。明日から本気のランニング……いや、ウォーキングから始めるか。
こうして、わたしの「健康計画」は恥ずかしい幕開けとなった。なにもかも上手くはいかないけど、こうやって少しずつ学んでいくしかない。女性の身体と向き合うのも、社会の問題に向き合うのも、わたしには逃げ場がない。
だけど、逃げずにやってみるか。だって、今度こそ本気で“ラクして暮らす”ためには、健康で強い身体を手に入れるのが近道だと思うんだ。
そんな誓いを胸に、わたしはびしょ濡れの体操服を脱ぎ、シャワー代わりの湯浴み室へ向かうことにした。この世界には魔法を利用した湯沸かし装置があり、いわば“異世界式のシャワー”が使えるのだ。ドレスを着ていたら大変なことになっていただろうけど、体操服のままで汗まみれになるのは新鮮だった。前世でもそこまで激しく運動した記憶はないが、久々に体を動かすと汗が噴き出して止まらない。服が肌に張りついてベタベタで気持ち悪いし、いち早く流してしまいたい。
メイドのセシルが「では、お嬢様、タオルはこちらに……」と案内してくれる。わたしは「あ、ありがとう」と返しながら、運動後のクタクタ感と恥ずかしさに耐えきれず、そそくさと脱衣所に入った。ドアを閉めると、その向こうからはセシルの「ご準備ができましたらお声がけくださいませ」という遠慮がちな声が聞こえ、わたしはホッと息をつく。
「ふう……もう全身汗まみれだよ……」
さっきまで走っていたから、髪の生え際に汗が滴っているのを感じる。体操服を脱ぐときに、身体に張り付いた生地を無理やり引きはがすようでちょっと大変だった。コツが要るんだな、こういう服は。
昔のわたし――前世の自分なら、スポーツウェアが汗でベトつくのは当たり前だったのに、今は妙に恥ずかしい。特に、女の子の体に変わっているせいか、背中から腰、腰からお尻へと汗が流れた感触がやけにリアルだ。そのうえ、お尻は前世よりも丸みを帯びているし、胸だって小さいながら確実に存在感がある。
「……やっぱり、女の子の体なんだよなぁ。」
そう思わず呟きながら、さらし代わりに用意された小さめのバスタオルを胸にあてがう。でもこのタオル一枚なんて、何度やっても慣れない恥ずかしさだ。ドアの向こうから誰か入ってきたら、と思うと心臓がドキドキする。でもメイドたちに手伝われるのも、それはそれで恥ずかしい。
深呼吸をしてから、湯浴み室に足を踏み入れると、魔法の力で温められた湯がシャワーのように噴き出せる仕組みになっていた。壁に取り付けられたレバーをひねると、ポタポタと温かい湯が落ちてきて、次第に勢いを増していく。
「はぁ……あったかい……」
勢いよく降り注ぐお湯がいきなり汗だくの身体を包み込み、じわっとした心地よさをもたらしてくれる。そもそも、この世界のシャワーシステムはわたしが最初に見たとき「すごいな」と思ったものの一つだ。魔法で熱した水が、そのまま管を通って高い位置から降ってくるなんて、まさに異世界の恩恵。
だけど、いざ体を洗おうとして両手を上げると、蒸気の中で自分の身体がなんとなく浮き上がって見える。前世なら男性の痩せ型ボディだったから、もちろん胸なんてほとんどなかったし、腰と太ももの境目なんて意識したこともなかった。なのに今は、「あ、こんな風にくびれてるんだ」とまじまじ見てしまう自分がいる。
「うわ、なんだかエッチな目つきになってないかな、わたし……!」
慌てて視線をそらし、バシャバシャとお湯をかぶる。14歳の少女の体にドキドキするなんて、大人の男性として、許されることではない。
しかし、シャワー(湯浴み)中に自分の体を見すぎるのも変だけど、どうしても気になる。まだ生まれ変わってからそこまで時間が経っていないから、「女性のライン」に馴染めないのだ。
シャワーを浴びながら、髪にも水をかける。長めの髪が背中にまとわりついて、さらに汗やお湯でしっとりしている。ひとつまみしてみると、前世の短髪とはまるで違う感触。シャンプーを手のひらに出して泡立て、ゆっくり頭皮をマッサージするように洗うと、気持ちよさが全身に広がる。
「髪洗うだけでこんなに気持ちいいのに、なんでこんなにドキドキするんだ……」
シャンプーの泡が流れ落ちるとき、首筋や胸元を伝っていく微かな感覚が、まるで自分を刺激するみたいだ。いや、エッチな意味じゃない。単純に「自分の身体がこんなに敏感なのか」と驚いているだけ。それもこれも、前世が男性だった名残なのか、とにかく毎回少し戸惑う。
次にボディソープを手に取り、腕から洗っていく。なんというか、細くて柔らかい。少しは筋肉をつけようと思ってランニングを始めたばかりだから、まだほとんど付いていないし、まるで人形みたいな感じさえする。
胸の辺りを洗うときは、やっぱりバクバクと心臓が鳴る。最初こそ「自分で触ってるのにこんなに恥ずかしいのって何?」と混乱したが、もう何度か経験して少し慣れた……とはいえ、やっぱり意識してしまう。もうすぐ15歳だというのに、こんな風に他人事みたいに思っていいものか。
(でも、これがわたしの体なんだよなぁ。確かに丸みがあるけど、そんなに大きくもないし……まぁ、こういうものか。)
考えていると、ふと前世の自分が浮かんでくる。もし男のままの自分が今の“わたし”を見たら……なんて想像すると、変な気分だ。色気があるかどうかなんて客観的には分からないけれど、一応“女の子の裸”なわけで、ドキドキしないわけがない。
「ああもう、何考えてるの、わたし……!犯罪でしょ!そんな考えは!」
頭をブンブン振って邪念を追い払い、最後にお尻や太ももを洗う。ここのラインがまた、前世とは違いすぎて困る。どちらかというと張りがあって、柔らかそうな弾力があるというか……わざとつねって確かめたくなる自分がいて、我ながらドン引きだ。でも洗わないわけにはいかない。とにかく清潔第一!
洗い終わってもう一度シャワーをざっと浴びる頃には、湯気で辺りが霞んでいる。水音が心地よく、汗と泡をさっぱり流しきった後、全身がぽかぽかして程よい脱力感に包まれる。
「はあ……なんだかんだで、気持ちいいんだよなぁ。」
わたしは備え付けの小さな椅子に腰掛けて、一息つく。まだ心臓がどきどきしてるのは、運動したせいだけじゃないだろう。女の子の体をシャワーで洗うたび、ああ自分は本当に“女”なんだと意識してしまう。それは少し“くすぐったい”ような、恥ずかしいけど悪くないような、不思議な感覚。
最後に立ち上がって、髪を軽く絞ってから湯浴み室を出る。メイドが用意してくれたバスタオルで身体を拭くが、鏡を見れば顔までほんのり赤い。水滴が肌を伝う様子が妙に艶っぽく見えてしまって、やっぱり視線をそらしたくなる。
――こんなの、前世のわたしには想像もつかなかった。女性の体で汗をかいたあと、シャワーを浴びてスッキリするだけでこんなに意識させられるだなんて。
「まあ、でも……悪い気はしないかも。」
口に出した瞬間、少しだけくすっと笑ってしまう。この体にはまだまだ慣れないけど、運動したあとの爽快感は前世にも通じるものがある。何より、走った甲斐があったと実感できるのは、気分がいい。