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体操服からドレスへ、そして本格メイク……わたし、今どこにいるの?③

 夕食を済ませ、部屋で少し休憩をした後、わたしはメイドたちの案内で再び湯浴み室へと足を運ぶ。昼間あれほど気を遣って崩さないようにしていたメイクも、もうオフにする時間だ。自分でやってみようかと思ったけど、マリエやセシルが「細かいところまでキレイに落とすのは難しいですよ」と譲らない。そうして、なんだか申し訳ない気持ちを抱きつつ、わたしは椅子に腰かけることになった。


 「まずはメイク落とし用の薬液をコットンに含ませまして……お嬢様、目を閉じてくださいね」


 セシルが優しい声で言いながら、わたしのまぶたにやわらかいコットンを当てる。最初はひんやりした刺激に驚くが、そこからじわっと温かさが伝わってきて、何か不思議な感覚になる。軽く擦られるたび、今日一日分のファンデーションやアイメイクが落とされていくのが分かる。


 「……くすぐったいような、変な感じ」


 「はい、でも動くと上手く落ちませんから、じっとしていてくださいませ」


 言われるがままに大人しくしていると、マリエも別のコットンで頬や唇を拭ってくれる。唇のグロスはまだ残っているらしく、少しずつヌルヌルとした感触が拭き取られていくのが分かる。自分がこんな風にメイクを落としてもらうなんて、前世の男の自分が聞いたら腰を抜かすだろう。しかも相手は美人メイドだ。いや、でも14歳少女の顔を美人メイドたちがせっせとケアしている絵面も相当にシュールだと思うのだが……。


 「ふう……だいぶ落ちましたね。じゃあ、次は軽く洗顔していただきます」


 セシルが準備した洗顔料を泡立てて、わたしの頬に優しく塗ってくる。全自動でやってもらうのはありがたいが、やっぱり「自分でやるよ」と言いたくなる気持ちもある。でも今日はメイクという特別なものを落とす作業だし、専門知識がある人に任せたほうが安全だろう。肌に合わない成分が残ったらトラブルにもなりかねない。


 (なんだか、これが貴族の‘当然’ってわけなのか……。そりゃ、使用人を何人も雇うだけの財力がある家だからこそ成り立つ生活だよな)


 わたしは複雑な気持ちを抱えながら、大人しく顔を洗われる。泡がこめかみから頬、顎のラインをくるくるとマッサージするように動くたび、ちょっとくすぐったい。前世の時のようにゴシゴシ洗うわけにはいかないらしい。こうして優しく丁寧に洗うのが、この世界の「正しい洗顔法」だとか。


 「よし、では顔は終わりましたね。次はお背中や肩など、全身を洗わせていただきますね、お嬢様」


 「え……全身……?」


 思わず声が裏返ってしまう。さすがにそこまでは自分でやると主張したいけれど、メイドのマリエが「もちろん、お嬢様がお嫌でしたらわたくしたちは外しておりますが……」と申し訳なさそうに言う。いや、その顔を見ると断れなくなる。ここで突っぱねても「それでは貴族令嬢らしからぬ」とか、「お怪我をされても困ります」とか言われるのは目に見えている。


 「うーん……でも……」


 「お嬢様、いつもランニングでお疲れでしょうし、背中の筋肉など凝っていませんか? わたしたちがマッサージしながら洗いますので、きっとリラックスできますよ?」


 セシルまで乗り気になっている。わたしは結局、「分かった、じゃあお願いします……」と降参の意を示すしかなかった。だって、彼女たちは好意でやってくれているし、わたしが怪我なく快適に過ごせるようにと真剣なのが伝わってくるからだ。


 それでも、いざバスローブを脱ぎ、下着も外して完全な裸になったときは、さすがに恥ずかしさで心臓がバクバク鳴り出す。目の前に鏡があるわけじゃないけれど、視線を落とせば少女の胸と腰が目に入ってしまう。最近少し運動している分、柔らかさと筋のバランスがとれているようで、ある意味理想的な体型かもしれない。


 「い、いや、これもチェックだから……」


 つい心の中で言い訳する。うっかり“性的”に意識してしまうと危ないので、あくまで健康チェックだ。背後からセシルがスポンジに泡を立てながら、「失礼いたしますね、お嬢様」と声をかけてくる。柔らかい泡が背中全体を包み込み、指先で軽くマッサージされると、思わず「はぁ……」と息が漏れる。これは……気持ちいい。身体が硬直していた分、少しずつほぐれていくのがわかる。


 「どうでしょうか、お嬢様、痛くはありませんか?」


 「う、うん、平気。……ちょっとくすぐったいけど……」


 「では、もう少し力を込めましょうか?」


 背中から腰にかけて、円を描くようにマッサージされると、確かに筋肉がほぐれていく感覚がある。ランニングで疲弊していた脚や腰も、こうして丁寧に洗われるとリフレッシュできるものだなと感心する。だけど、同時に「こんなに恥ずかしい姿をさらしているんだ……」という意識が拭えず、顔が熱くなってくる。


 (……やばい、赤面してるのバレてるかも。でも、こんなのに慣れるのもどうなんだろう……?)


 恥ずかしくて耐えきれずに目を閉じていると、メイドたちは淡々と作業を続ける。胸やお尻のあたりは自分で洗いたいと伝えると、一応そこは尊重してくれた。さすがに他人に胸やお尻を洗われるのは、前世の男のプライドというか、理性が崩壊しそうになる。


 「お嬢様、お顔が真っ赤ですね……大丈夫ですか? 湯気でのぼせているのかしら?」


 セシルが心配そうに覗き込んでくる。わたしは慌てて首を振る。


 「だ、大丈夫……平気。ちょっと暑いだけ、だから……」


 確かに湯気でのぼせかけているのもあるが、最大の原因は恥ずかしさだろう。メイクを落とした素顔はすっぴんの14歳少女。だからこそ、自分の体に対して変にドキドキしてしまう。まだまだ“女になりきれない”自分がいて、でも身体は確かに少女そのもの……このギャップをどうにかできるものか。


 (でも、体の線がきれいになってきたのは運動の賜物だよな。うん、そうだ。これは健康的な証拠だ……!)


 自分に言い聞かせながら、丁寧に身体を洗い流してもらい、最後にシャワーで泡を落とす。メイドたちは「お嬢様、髪ももう一度洗っておきましょうか? メイクの粉が付着している可能性もありますし……」なんて言い出すから、わたしは「は、はい」と苦笑いで従う。結果的に、ほぼフルコースの入浴を受けることになった。


 終わる頃にはすっかりくたびれて、同時に身体が芯から温まっている。バスタオルで水気を拭き取られ、ガウンを羽織ると、さっきまでのメイク姿が嘘のように“素”の自分に戻った気がした。鏡を見ると、化粧を落とした幼い顔が映る。前世の俺にはなかった、繊細な輪郭とまっすぐな瞳の少女。もう少し大人になれば、きっともっと女性らしくなるのだろう。


 「ふう……疲れた。ありがとう、セシル、マリエ……」


 わたしは少し虚脱したような声でお礼を言う。メイドたちは「いいえ、とんでもございません」と微笑んで頭を下げる。どうやらわたしの入浴の世話ができることを、彼女たちは誇りに思っているらしい。なんとも複雑な気分だが、彼女たちの好意を踏みにじる気にはなれない。


 部屋に戻ると、メイドたちは「お嬢様、今夜はすぐにお休みになりますか?」と尋ねる。もう夜も深まっているし、わたしとしても今日の“お化粧フルコース”はかなり疲労した感がある。いつも以上に睡魔が襲ってきても無理はない。


 「うん、そうだね。明日も朝から走る予定だし、早めに寝るわ……」


 運動+メイク+フルコース入浴のコンボは体力を消耗する。わたしは軽くあくびをして、メイドたちに見送られながらベッドに潜り込む。ふかふかのシーツが背中を包み、ぽかぽか温まった身体が心地よく沈んでいく。ドレスやコルセットではなく、ナイトウェア姿なのもリラックス要素だ。


 ベッドの中で天井を見つめながら、今日の出来事を振り返る。朝ランで健康を実感し、メイクで少女の可愛らしさを自覚し、そして入浴で自分の体をまざまざと見せつけられた。少しずつ、“女の子としての生活”に慣れつつある自分が、どこか怖いような、でもワクワクするような、不思議な気分だ。


 (本当は、前世での男の心を大切にしたいんだけど……。体が女なら、いずれもっと女性らしくなっていくのは避けられないもんね。少なくとも、恥ずかしいことに慣れすぎるのは嫌だけど、もう半分くらいは覚悟しているのかも)


 そんなことを考えながら目を閉じる。化粧やドレスに振り回されることに戸惑う一方で、こうやって「綺麗」と褒められるのは悪い気がしない。変に意識せずとも、自然と過ごせるようになる日が来るのだろうか。


 (でも、とりあえず、今は体を鍛えて勉強をして……いざというときに動けるようにならなきゃ。社会をちょっとだけ前に進めたい、そう思ってるんだし)


 思い浮かぶのは、土地改革や男女格差の是正など、まだまだ山積みの課題。最近参与のシルフィーナとのやり取りでアイデアを提案したりもしたが、実際にはまだ始まったばかりだ。より柔軟な思考力と体力があれば、きっともっと踏み込んだ行動ができるはず。わたしはそのためにも、今の生活をコツコツ続けるしかない。


 「……よし、明日も走ろう。もう少し頑張るんだ、わたし」


 そう呟くと、体がじんわりとした疲れに包まれ、意識がゆっくり闇の中へ溶けていく。ドキドキや恥ずかしさ、そして少しの期待と戸惑いを胸に、わたしは柔らかなベッドでぐっすりと眠りにつく。いつか、「少女の身体でドレスを着こなすなんて余裕だよ」と言える日が来るのかもしれない。それまで、ゆっくりでも前に進もう――そう思いながら、ゆるやかな夢の世界へ落ちていくのだった。


 朝は必ずやってくる。目覚めたときに、少しずつ慣れていく自分を受け止められるように。まだ迷いは捨てきれないが、運動でついた筋肉と健康が支えてくれることを願いながら、わたしは静かな寝息を立て始める。


 そう、まだ道半ば。男としての自分を忘れきれないまま、女の子としての日常に踏み込んでいる。そのバランスに苦しむこともあるだろうけど、焦らずに一歩ずつ……。せめて、いまは良い夢を見られたらいいな――そんな他愛もない願いを抱きつつ、私は意識を手放す。


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