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ドレスでは走れません! わたし、体操服(?)を作っちゃいます!①

 朝の光がカーテンを透かして部屋の隅々に柔らかく届き始めた頃、わたしはふかふかのシーツを押しのけ、のそのそとベッドから起き上がった。以前なら、こんな優雅な寝起きに憧れたものだが、いざ貴族令嬢の身分でそれが日常になると、なかなか思い通りにはいかない。


 そもそも、わたしは前世で30代の普通の男性だった。いろいろあって、今は中世風ファンタジー世界で「エリシア・エイヴンフォード」という貴族家の一人娘として暮らしている。おまけに魔法の恩恵もあって、部屋は常に快適温度、メイドさんが何もかも世話をしてくれて、金銭面も困らない……という状況なら、そりゃ誰でも「うらやましい」「スローライフ天国実現じゃん」と思うだろう。


 でも、現実はそう単純じゃない。転生して、なぜか女性の体になったせいでいろいろ悩むし、ドレスや礼儀作法は面倒だし、貴族としての社会的責任だって重たい。中でも、最近わたしが気づいたのは、この世界の貴族令嬢って意外に「体力」を使う場面があることだ。パーティやお茶会で姿勢を保ち続けるだけでも肩がこるし、ドレスは重いし、いざというとき頼れる筋力がなくて何度か恥をかいたことすらある。


 「そりゃ、前世の忙しさと比べればまだマシだけど、でも結局、『体力不足』は困るよね……」


 わたしは小声で独り言を漏らしながら、軽く肩を回す。最近、パーティに行っては、意外にも疲れて帰ってくることが多かった。華やかな場では立って話し続けるだけで息が上がるし、慣れないヒールっぽい靴で移動すると足が痛む。さらには、ベッドでぐったり倒れ込む、なんてことも。


 「このままじゃ、いざ『社会改革』とかそんな大げさなことを考える余裕もなくなっちゃうよ。まずは体が資本だし……」


 そう、わたしには一応「社会を少し前に進める」っていう野望がある。それも、あくまでラクをしたいがため、スローライフを充実させるために、社会全体が多少は安定してくれたほうが、わたしも自由に暮らせるんじゃないか?という動機。それに、魔法とかで世界が豊かになる一方で、いろいろ歪みが出てきていると新聞などで聞く。このままだと、この生活も壊れてしまうかもしれない。そこで、少し社会を前に進めないと、と思ったわけだ。

もちろん、いきなり“抜本的”な革命だの大改革だのをやる気はない。そんな面倒ごと、ぜったい無理。わたしはほんの少し、「男女格差をマシにするとか、庶民にも豊かな生活とか、魔法の恩恵を行き渡らせるとか」できれば充分だ。


 だけど、そのちょっとした取り組みですら、全力で動き回っていれば、今の体力じゃ息が切れそう。第一、夜通し勉強したり、移動するのだって、ヘロヘロになったら意味がない。やっぱり身体を鍛えないとダメか……。


 「前世では、30代になると、それまで痩せていても、太りやすくなるし、健康診断で引っかかるかもとか言われて、ちょっと運動始めたんだっけ。結局、週に1回しか走らなかったけど……」


 思い出すと微妙な気分だ。前世でのわたしは仕事仕事で、運動なんて月イチくらいしかちゃんとやらなかった。そのツケが回って体力が落ち、バテやすくなっていた。で、流行病で倒れて、そのまま死んで転生したわけだけど……。


 今、せっかくこんな快適な異世界に来たのに、同じ轍を踏むのはごめんだ。しかも今は“女性”になってる。男女の体格差を甘く見ないほうがいいし、ドレスの圧迫感に負けてるようじゃ、いつか取り返しのつかない恥をかきかねない。社会改革?そんなの、健康体じゃなきゃやってられないのだ。むしろ、男性よりも、強くないと、私の目標は達成できない。


 「よし、運動をしよう。とりあえず走るのが一番ラクだよね、ランニング。前世ではちょこっとやってたし。」


 軽く呟いてみたものの、考えてみればこの世界、普通に「ドレス」が日常の女性ファッション。あんなもので走れるかというと絶対無理!それどころか、裾を踏んで転ぶかもしれないし、コルセットで呼吸できなくなるに決まってる。


 「……スポーツウェアがあればいいのに。」


 前世なら、Tシャツと短パン、あるいはジャージで走るのが当たり前だった。こっちの世界にも、何らかの運動着があるかもしれないけど、少なくともわたしが見たことのある女性服には、そんな“動きやすい”概念がまるでなかった。せいぜい下着やナイトウェアが軽装ってところか。いや、でもそれをそのまま外で着るなんておかしいだろう。


 しかし、いまさら普通のドレスで走ろうものなら、メイドたちに「お嬢様、何をなさるの!」と大騒ぎされるのがオチだ。それならいっそ「運動用の服」を作ってもらえばいいんじゃないか?貴族令嬢なんだから、服飾担当に発注すればできるかもしれない。問題は、周囲がどう反応するか……。


 「でも健康のためだもん。許してもらうしかないよね。何事も健康が大前提、ってみんな言うじゃないか。」


 そうだ、婿取りや跡継ぎ云々を引き合いに出せば、たぶん侍女長やメイドも認めざるを得ないはずだ。わたしはその説得に気が進まないけど、「跡継ぎを産むには健康第一」という理屈は、ここの世界では最強のカードだから。何をするにも「女性としての体を大事にせねば」ってのが、この世界の貴族社会の定番論理なのだ。好きじゃないが、使わない手はない。


 こうして意を決してわたしはメイドたちを呼び、相談してみることにした。


 「え、運動、でございますか? お嬢様が……?」


 まず、マリエとセシルの二人がそろって目を丸くする。わたしは「うん、そう、運動。ランニングしたいんだ」と努めて明るく言う。すると案の定、セシルが目を泳がせながら「は、走るとは、どういったご用途で……?」と戸惑う。


 「別に大したことじゃないよ。健康のため。わたし、この間パーティで立ちっぱなしだったら、すぐ疲れちゃって。これから社会のいろいろを勉強し、実際に動き回るなら、体力が要るの。分かるでしょ?」


 そう言って、わたしはすかさず追撃する。「それに、将来的に婿取りだってあるかもしれないし、体が弱々しいより健康なほうが都合がいいんじゃない?」


 すると二人は、「ああっ、なるほど……婿取りと跡継ぎ」と頷いてしまう。内心(やだなこの考え方)と思いつつ、作戦成功か。必殺の「将来に備える」論だ。わたしは苦い笑みを浮かべながら付け加える。


 「だから、運動用の服を作ってほしいの。前世……じゃなかった、この世界じゃないどこかの文化で見たみたいな、もっと布が少なくて、足も動かしやすい感じの。そう、袖もゆったりかノースリーブでいいし、丈は膝より上とか……」


 ちょっと口が滑ったけど、まあ「異文化の衣装」とでも言い訳すればいい。短パンに近いものが欲しいし、上はブラウスっぽくてもいいから、とにかく走れる格好が理想だ。


 メイドたちは顔を見合わせ、「ひ、膝上ですか?」と固まる。やはり衝撃が大きいらしい。女性が膝上を露出するのはこの世界では「はしたない」とされているみたいだ。やっぱり。


 「はしたないって言われるかもしれないけど、敷地内を走るだけだし、他人の目もそんなにないでしょ? あと、健康のために必要なの!」


 わたしは必死に訴える。メイドたちはしばらく呆然としていたが、「……侍女長様に伺ってみましょうか」と折れ気味に提案する。そうだよね、彼女らの一存では決めかねるだろう。侍女長こそ、この家の実質的運営者であり、わたしの行動に対して大きな発言力を持っているから。


 実際に侍女長と面会して、同じ話をする羽目になる。「運動服を作りたい」「膝上露出も許してくれ」――侍女長は当初、渋い顔をした。「確かに健康管理は大切ですわね」「よき母になるためにも、健康であることは大事」という理屈には納得してくれたものの、「でも膝上までの露出となると、かなり大胆では?」と案の定。

 (いや、ここは、結構暖かいから、涼しい格好でないとキツいんだよ。)


 「ですから、屋敷の敷地内でしか着ませんし、あまり人目につかないところで走ります。変な噂にならないよう気をつけますから……」


 ここでも「跡継ぎと健康」を強調すると、侍女長は最後に「わかりました。ですが、作るのはあくまで最小限の布で済むような動きやすい服……ですね?」と念押ししてくる。え、最小限って逆に心配じゃない?あまりに露出が多いとこっちが恥ずかしいし。でもまぁ、最低限の露出ならいいや。何かレギンス的なものを考えてもらえばいい。


 「はい、よろしくお願いします。」


 こうして「体操服みたいな運動着」をオーダーすることが確定した。生地選びは侍女長が布庫から探すとのこと。さらに仕立て屋に指示して、わたしのサイズに合わせて仕立てるそうだ。メイドたちも「本当にこんな服作るの……?」と戸惑いつつも、一応は動きやすさ重視で指示を受けてくれることになった。


 そのあと数日、仕立て屋が仮縫いの服を持ってきた。わたしがそれに腕を通すと、予想以上に「自分の体型がもろに出る」感じがして心がドキドキだ。背中や腰、太もものラインがくっきりで、なんというか、前世で言う「学校の体操服」に近い。でももっと布地が厚めだ。上半身は半袖で、下は膝上のショートパンツに近い。


 メイドのセシルが「お、お嬢様……かなり、こう、ピタっとしますね。動きやすいのでしょうけれど。やはり少々、はしたないかも……」と視線を逸らす。


 「だ、だよね……。でも仕方ないじゃない。動くときに布がばさばさするのは嫌だし、それに健康のためだし。何度も言うけど、婿取りがどうこうって言ってたじゃん……ううん、違う、まあ、そっちの理由は言いたくないんだけどさ!」


 恥ずかしくて、言い訳もちゃんとできない。そもそも自分で振った話題だというのに、「婿取り」や「跡継ぎ」の単語を口にするたび、わたしは心がざわざわする。前世男だった身としては、まったく気持ちが追いつかない。冗談じゃないって、いつも思う。でも健康のためだもん、しょうがない。


 試着して鏡を見たら、予想以上に女性らしい体型が強調されていて、「ああ、自分、女の子の体なんだ……」って意識させられる。わたしはこの何か丸みを帯びた腰やお尻、華奢に見えて実は柔らかな太ももラインを見て、変にドキドキする。恥ずかしい……。しかも、お尻が大きい気がする。もともと貴族令嬢ライフでそこまで運動してないから、重力に抗えずに……って感じ?それとも、元から大きいのか。いや、まだ14歳だけど、こういう体型差を前世と比較すると、赤面してしまう。


 「なんか、女の子になったんだなあ……って、いまさら再確認しちゃう……」


 鏡を見てつぶやく声が情けなく震える。こんな姿、絶対人には見られたくない!でも、この姿で走るのか……。うわあ、明日からマジでどうしよう!


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