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公園には、毎日たくさんの人が遊びに来る。だから落とし物も毎日たくさん出た。それは、ときどき交番へ届けた方がよさそうな貴重品もあるが、大抵は子供たちが持ち込んだおもちゃで、マリーもその中の一つだった。
マリーは布と綿で作られた、身の丈が三〇センチくらいのぬいぐるみ人形だ。黄色の髪はアクリルの毛糸で、瞳は大きな茶色のボタン、にっこり微笑む口は、ピンクの刺繍糸。着せ替えもできるので、家へ帰れば色んな服もあるが、今はレースのフリルが付いた、可愛らしい紺色のワンピースを着ている。
マリーは今、公園の管理棟にある管理人室にしつらえられた、落とし物の保管棚にちょこんと腰かけている。もちろん、そこにはマリー以外にも、たくさんのおもちゃがひしめいていた。
彼らはみんな、ずいぶん長らくここにいるらしい。棚の隅っこにいる赤いミニカーは、届けられてからもう一年にもなると言っていた。着せ替え人形のミカちゃんは半年だ。
おととい拾われたばかりのマリーなど、ここではまだまだ新人だが、彼女は他のおもちゃたちと違って、自分で動くことができた。だから、
「私、行くわ」
マリーは、棚の上にすっくと立ちあがって宣言した。
「行くって、どこに?」
着せ替え人形仲間のミカちゃんが聞いてくる。
「クニコちゃんのところへ帰るの」
マリーの持ち主は、クニコちゃんと言う五歳の女の子だった。マリーの最初の持ち主はクニコちゃんのおばあちゃんだったが、おばあちゃんが大人になっておもちゃで遊ばなくなると、クニコちゃんのお母さんに譲られ、そのお母さんが大人になると、今度はクニコちゃんに譲られたのだ。
「昔、そんな話を聞いたことがあるぞ」
大きなダンプカーのおもちゃが、話に加わってくる。
「メリーと言う外国製の人形が、捨てられた後に自分で持ち主の女の子のところへ帰って行くんだ」
先人がいるのは心強い。
「なんなら道中電話も掛けて、自分の居場所を伝えたりもしたらしい。最初はゴミ捨て場から、次はタバコ屋さんの角から。ようやく女の子に家の前にたどり着き、最後は『今、あなたの後ろにいるの』と電話を掛けて、二人は感動の再会を果たすと言うわけさ」
「でも私、クニコちゃんちの電話番号を知らないわ」
マリーはしょんぼりと言った。
「電話なんか掛けなくても、きっと迎えに来てくれるわよ」
と、ミカちゃん。
しかし、マリーは首を振る。
「私とクニコちゃんは、お父さんの車でおばあちゃんの家まで行く途中だったの。でも、高速道路のパーキングエリアにいたところをカラスに捕まって、なんとか逃げようと空中で大暴れしたら、この公園に落とされちゃったってわけ」
「あらまあ。それじゃあクニコちゃんは、あなたがこの公園にいるって知らないのね」
「ええ」
マリーはこくりとうなずく。
「だから私、カラスにさらわれたパーキングエリアに行ってみようと思うの」
「そう言う事情なら仕方がないわね。あなたが無事にクニコちゃんのところへ帰れるように、お祈りするわ」
と、ミカちゃん。
「ありがとう、ミカちゃん」
マリーはお礼を言って、友だちをぎゅっと抱きしめた。
「だが、気を付けろよ。人形が動き回っているのを見ると、人間たちはそれをオバケと勘違いして、お寺や神社へ連れて行ってしまうらしい。そうなったら、クニコちゃんにはもう二度と会えなくなってしまうだろう」
「わかった。気を付けるわ」
マリーはダンプカーの言葉を肝に銘じた。もちろん、マリーはぬいぐるみ人形なので、おなかの中には肝ではなく綿が詰まってる。
「それじゃあ、私そろそろ行くわ。二人ともありがとう、そしてさようなら!」
二人の友だちに別れを告げてから、マリーは棚のふちを走り出した。そうして勢いをつけ、管理人室に一つだけある小さなサッシ窓に、えいやと飛び移る。
窓の外は明るい。だが、それは日の光ではなく、青白い満月の明かり。そう、今は夜だった。
固い三日月錠をなんとか外し、マリーは窓をちょっとだけ開けた。その隙間に身体を押し込み、ころりと外へ落っこちる。
そこは、管理棟の裏手にある小さな空き地だった。たぶん、管理人さん専用の駐車スペースで、乾いた砂利の地面には二本のわだちができている。
わだちをたどって歩くと、少しひび割れたアスファルトの道路に出て、さらに進んだ先は横に張ったチェーンでふさがれていた。おそらく、管理人さん以外の車がうっかり入り込まないようにしているのだろう。
マリーはチェーンの下をくぐり、どんどん先へ進む。外灯や月明かりのおかげで灯りに困ることはなかったが、それでも誰もいない公園は、なんだかひどく寂しかった。
マリーはめげずに歩き、ようやく公園の出口にたどり着いた。小さな橋を渡り、大きな道路に出る。真ん中の黄色い線をはさんで、白い線が両側に二本ずつ。高速道路みたいに広い道だが、高速道路と違ってここには歩道があった。行き交う車の数も、高速道路よりずいぶん少ない。まあ、今は夜中だから、それは当然かも知れないが。
「さあ、どうしよう?」
マリーは考えた。やはり、まずはパーキングエリアへ行くべきだろう。クニコちゃんがマリーを探しにくるなら、おそらくそこだろうし、なんならそこからヒッチハイクして、おばあちゃんの家ちまで行くのも手だ。まあ、住所がわからないので、うまくたどり着けるかわからないが。
カラスに捕まって、空から見た景色を思い出しながら、マリーは北に向かって歩き出す。
しかし、マリーはすぐに気付いた。パーキングエリアは山の中にあり、今いる場所からだとかなり遠い。人形の足では、たどり着くまでに何日もかかってしまう。
何か良い方法は無いかと考えながら歩いていると、コンビニエンスストアの青い看板が現れた。駐車場には軽トラックが一台停まっており、それを見たマリーはピンとひらめいた。
マリーは急いで荷台によじ上った。荷台には、空っぽの青い収穫コンテナがびっしり積まれており、マリーはその中の一つに潜り込んだ。
しばらくすると、コンビニから帽子をかぶったおじいさんが出てきて運転席に乗り込み、軽トラが動き出した。ところが、しめしめと思っているところで軽トラは駐車場から右折をして、マリーが行きたい北と反対側の南に向かって走り出した。
「ちょっと運転手さん、運転手さん。そっちじゃないわ!」
マリーはダンプカーの忠告も忘れ、慌てて呼び掛けるが、荷台にいる人形の声が運転席にまで届くはずもなかった。
途方に暮れるマリーを乗せて、軽トラは夜道をひた走る。そうしてたどり着いたのは、たくさんの畑に囲まれた、納屋のある大きな家だった。
もちろん、カラスに捕まって空から見た景色から、ずいぶん離れている。こうなっては、パーキングエリアがどこにあるかもわからない。
マリーは不安で泣き出しそうになったが、ぐっとこらえた。運転席がガチャリと開いて、おじいさんが出てきたからだ。
おじいさんは、コンビニのレジ袋をぶら下げて、家の中へ入って行った。
それでマリーは、ようやくめそめそと泣き出した。
「おや。このような夜更けに泣いているのは、一体どなたですか?」
コッコッコ、コケっと声がした。
マリーは泣くのをやめて収穫コンテナから顔を出した。すぐに鶏小屋が目についた。
鶏小屋の金網の向こうには、満月の光を浴びて青白く輝く、立派な雄鶏の姿があった。