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クローン通知書

作者: 雉白書屋

「クローン通知書……か」


 部屋で郵便物をチェックしていた彼は、一通の封筒を手に取り、そう呟いた。

 少子高齢化と未婚率の増加が問題視されてから何年経っても解決の兆しは見えず、政治家たちはこの問題に触れることすら避けるようになっていた。

 だが、人々がそれを咎めることはなかった。解決など、無理な話なのだ。子供を育てるには金がかかる。この不景気ではそんな余裕も熱意も持てない。結婚し、親に孫の顔を見せるといっても、せいぜい一人か二人、それ以上は夢物語だ。

 娯楽にあふれ、結婚しなくてもそれなりに楽しく生きていけるこの時代。人口が増加している途上国のように女性の権利を無視するわけにもいかない。このまま国と共に老化し、緩やかな死を迎えるだけ。そう諦めていた。

 だが、ある革新的な技術が誕生し、制度として導入されたことで流れが変わった。


 それはクローン人間の作成であった。


 当然、倫理的な問題を含め大きな議論を呼んだ。しかし、その頃には他国でクローン技術がすでに実用化され、少子化対策だけでなく、軍事目的にも利用されていた。この国はむしろ後発組だったため、反対の声もさほど大きくはならなかった。


 クローン元となるのは、犯罪歴や重大な健康問題のない国民の中から抽選で選ばれる。

 元となる人間一人につき、二人から四人までのクローンが作成され、倫理的な観点から、彼らには一般市民と同等の権利が与えられることが法律で定められていた。

 また、血縁が濃くなりすぎる問題を避けるため、クローンは抽選の対象外とされた。


 彼は封筒を開け、中身をじっくりと眺めた。

 それはクローン作成のための遺伝子提供を求める通知書――通称『クローン通知書』だった。この通知書を受け取った者は、病院や市役所など指定された施設で髪の毛や血液などの遺伝子情報を採取される決まりとなっている。

 提供された遺伝子情報は厳重に管理されることになっているが、制度発足から年月が経つと、役所仕事らしい杜撰さがちらほら見られるようになっていた。しかし、この制度を悪用するような奇特な人間は稀で、大きな問題は表面化していない。もっとも、何か問題が起きたとしても、それが公表されることはないだろうが。

 また、真相は定かではないが、一部では権力者が密かに美形のクローンを作り、彼らを『飼育』したり、臓器移植のためのクローンを育てているという噂も囁かれていた。


「ニイボリさんですね。こちらへどうぞ、採血の前に軽い健康チェックをしますね」


「はい」


 職員の指示に従い、彼は椅子に座った。


「おや、少し血圧が高めですね」


「ええ、まあ、年齢的にそうなりますよ」


「まだまだ現役じゃないですか。高齢化社会ですからね。えー、他は特に問題はないみたいですね。ははは、親に感謝ですね」


「ええ、まったく」


 クローンは国営の施設に送られ、他のクローンたちと共に育てられる。その後、普通の学校に通い、一般社会で普通の人間と同じように生きていく。ただし、双子の兄弟とも言える同一のクローン同士の接触は禁止されており、大学や企業は彼らを分散させるための措置を取っている。

 他のクローンや普通の人間との結婚は禁止されていない。


「お疲れさまでした。ニイボリさんはこれで三回目の提供ですか。あー」


「ええ、それが何か?」


「いえ、ははは、まあ、単なる世間話ですが、クローンを作ったところで、結局、人口は減少し続けているみたいですよね。ただのかさ増しですよ」


「ああ、そう聞きますね」


「だいたい、結婚したくてもできないような容姿の人間のクローンを作ったところで、そのクローンも結婚できないに決まっていますよね。美形や優れた頭脳の人のクローンだけをじゃんじゃん作ればいいのに」


「ああ、そう考える人もいるようですね」


「ええ。まあ、優生思想とか批判されちゃいますけどね。あ、ニイボリさんは結婚は……」


「してないですね。一度も。できませんでしたよ。親に似て、不出来なものですから」


「あ、ああ、それはその、ではお帰りになって大丈夫ですよ。本日はご協力ありがとうございました」


 まるで人類全体が老年期に入ったかのような雰囲気が漂い、結婚率が上がらないまま、国は緩やかに衰退し続けていた。

 遺伝子提供の対象者は減少し、一人の人間が複数回提供するのは珍しいことではなくなった。もっとも、対象者である、犯罪歴や先天的遺伝子疾患を除いた理想的な『普通の人』というのは、もともとそれほど多くないのかもしれない。

 クローンを遺伝子提供の対象にしてはならない理由は、遺伝子の濃さを避けるためともう一つ。クローンから生まれた子は肉体だけでなく、その気質まで元となったクローン人間に似ることが実験により判明していたためであった。


 ――おれのクローンは、おれに似るのかな。


 施設の外に出た彼は空を見上げながら考えた。そして帰り道をゆっくりと歩き出す。

 彼が帰る家――そこには彼の元となった人間が永遠の眠りについている。

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