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03_現実と空想

 次の日の朝。俺は昨日見た世にも奇妙な光景を、ストレスが映し出した世界で一番馬鹿馬鹿しい夢だと解釈した。サイドテーブルに置かれた2リットルペットボトルを適当に持ち上げ、寝る間に渇ききった喉を潤わす。


 夢にしてはあまりにもリアルだった2匹の化け物。名前はなんと言ったか思い出せなかった。パッと朝の支度をして、さっさと執筆作業に移ろうと意気込んだものの、頭の後ろにこびりついた白と黒の陰影がどうしても消えなかった。精神科の受診を真面目に検討しようか……ボロボロになった作業机の椅子に腰掛けながら、そんなことをふんわりと考える。窓に映る真昼間の高い太陽が、いつも斜に構えて社会を見ている俺にとっては、なんとも場違いなスポットライトに思えた。


「やあやあススム君。作業の方は順調かい?」


 突然の出来事に情けない声が漏れる。なんとも記憶に新しい声だった。


「もしかして覚えてない……なんてことはないよね?君ほどの記憶力でも、昨晩の出来事を忘れるほど安い脳みそを載っけてる訳じゃないだろ?」


 昨晩見た黒色の化け物が、部屋の天井付近をくるくると旋回して飛び回っていた。


「まさか……現実だったのか?」


 俺はこの世の全てを疑った。それより深く自分自身を疑った。


「もちろん現実だとも。逆にこの世界に現実じゃないものってあるのか?君の書いてる小説は確かにフィクション。つまり現実じゃない空想だけど、それも文字の中だけのお話。目に映る事象にのみ焦点を合わせれば、現実でないものなど存在しえないのだよ……」


 縦方向に大きく旋回すると、化け物は偉そうにしてみせた。化け物が窓からの日光を遮るせいで、化け物が動く度に部屋の中はチカチカと明転暗転を繰り返している。


 百歩譲って化け物の存在を受け入れたとしても、俺の頭のハテナマークは数個減るのみで、全体で見ればほとんど減っていないも同然だった。


「というかお前は何者なんだ?」


 俺の質問に対して、化け物は何も返答せず、ただ何かを察せとばかりに、俺の目をじっと見つめ返していた。ああ、そうか。こっちの黒いのはそういう性格だったな。


「失礼ですが、あなたは誰ですか?」


 俺は何事も無かったかのように涼しい顔をして、一度吐いた言葉を消し去るがごとく大きく息を吸い込んで、わざとらしく尋ねた。


「ふふん。随分とおかしな敬語だけど、いいだろう許してやる。君にしては頑張ったんじゃないか?」


 化け物は俺を嘲笑したように答える。そして俺の顔に怒りの色が表れるのをじっくりと堪能した後に、こほんと一度咳払いをして自己紹介を始めた。


「僕の名前はエルゴ。君の一部であり、君に生み出された妖精さ……」

「俺の一部?それはどういうことですか?」


「そうだね……答えを率直に教えてあげるのが一番早いんだろうけど、教えてあげてしまったら、僕らの目的は果たせないし、なんなら君の為にもならないなぁ……だから、そのままの意味で理解してもらっていいよ。本当に君の一部、そのままの意味だよ。」


 俺の問いかけに対し、エルゴと名乗る自称妖精は、頬に手を付き何かをあれこれと思考しながら、ブツブツとそう答えた。


「こんなに丁寧に教えてあげるなんて、僕って親切だろう?僕は君の一番の理解者だし、一番の味方なんだよ……」

 ひゅるりと身を返したエルゴは、俺の背後に回ると、そのまま俺の肩に顎を乗せるようにして、パソコンのディスプレイを覗き込んだ。


「順調じゃないみたいだねぇ。昨日見たところから全く文量が増えてない。というか寧ろ減ってない?」


 もはや説明と呼べるのか怪しいような素性の説明に加えて、いきなりこの距離感をとってくるエルゴ。なんて無礼なやつなんだと押し返してやりたくもなったが、このエルゴが纏う不気味とも言える親近感が、俺をそうさせなかった。


「もうちょっと詳しく説明を……」


「ああ、敬語はもう大丈夫だよ。君の奇妙な敬語を聞き続けてたら、もう二度とぐっすりと眠れなくなってしまうからね……」


 食い気味に言葉を挟み込んできたエルゴは、嘲笑八割苦笑い二割といった面持ちでこちらに余計な一言を吐いた。

「わかったよ。じゃあもっと詳しい説明をしてくれるか?」

「んん。そんなことより、執筆進んでないんだろう?困ってるんだろう?ならば、僕が手伝ってあげよう!」


 無理やり話題を逸らし、マウスホイールを勝手に弄るエルゴ。


「白い方のヤツなら、きっと答えてくれたはずだ。」


「白いヤツ……ああコギトのことか。コギトもきっと答えないだろうね。なんだその納得のいかなそうな顔は。僕が嘘をついているとでも?じゃあ今度コギトにも聞いてみるといいよ。きっと君が欲しいような核心は話さないと思うよ。同じように誤魔化すさ。」


 相変わらずの早口。俺の不満そうな顔を見るなり、どんどん加速していく早口に、俺は心底うんざりし、これ以上深く追求しようとする気力は根っこから枯れてしまった。


「そういえば、コギトはどこに行ったんだ?」


 ほーっと嘆息を鳴らした後に、俺は頭の縁に残っていた疑問を口にした。


「昨日喧嘩した後、どこかにふらーっと飛んでいったよ。コギト曰く、『ススム君のことはエルゴの好きにすればいいよ!プンプン!』だってさ。コギトは薄情者だね……」


 若干勘づくレベルのモノマネをすると、エルゴは身震いをするように、羽をバタバタと左右に揺らした。

「そうか。帰ってくるといいな。俺としては迷惑極まりないんだが、エルゴとコギトは仲間なんだろ?」

 俺の問いかけに、エルゴは答えなかった。


 相変わらず勝手にマウスホイールをカラカラ回すエルゴ。俺はニヤニヤと笑っているエルゴの横顔をただ呆然と眺めていた。


「そういえば君。学校には行かないのかい?もう登校時間……というより下校時間の方が近い頃だけど……」


 エルゴは指のようなものを折る動作をして、何かを数えるようにしながら俺にそう尋ねた。


「学校には行ってないんだ。」

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