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07.王国騎士団に入団します


「――あった!」


 早朝に目が覚めたルセーネは、ヘルモルト伯爵家でひと通りの家事を済ませたあと、アビゲイルの靴下探しをした。

 居間のソファの下に落ちているのを見つけ、その場に伏せて手を伸ばす。


「ふ……んん」


 大きなソファなので、肩まで突っ込んでようやく靴下に手が届いた。裏が黒く汚れた使用済みの靴下を摘み、眺めながら嘆息する。


(靴下くらい、自分で探せばいいのに。世話が焼けるんだから。全くもう)



 ◇◇◇



 午前中のうちに、ルセーネは出かけた。王国騎士団は、第一から第五までの師団に分かれている。特に、神力を扱う聖騎士が所属する第一師団は花形で、魔物の討伐の他に、王族の護衛も任される。


 第一師団の詰め所は、王都の中心部にある。歴史を感じさせる荘厳な佇まいに圧倒されながら、ルセーネは中に入った。

 受け付けでジョシュアとの面会の許可を取り、執務室に行くように言われたものの、広い建物の中ですっかり迷ってしまった。


(ええっと……執務室はどこ……?)


 きょろきょろと辺りを見渡しながら長い廊下を歩いていると、途中で人にぶつかった。――どんっと身体に衝撃が加わり、ルセーネは床に転んだ。


「わっ――」

「あらあら、大丈夫? よそ見をしていては危ないですわよ」


 ルセーネがぶつかったのは、同じくらいの年の可憐な令嬢だった。ルセーネのような卑しい孤児は一生袖を通すことができないであろう上等なドレスを身にまとい、長くウェーブのかかった金髪をなびかせている。

 彼女の美貌に見蕩れつつ、差し伸べられた手を取って、身体を起こしてもらう。


「私は大丈夫です。すみません、あなたこそ怪我はないですか?」

「わたくしも平気ですわ。お気遣いありがとう。もしかして何かお困りごとかしら?」


 第一師団長であるジョシュアの執務室に行きたいのだと伝えると、偶然にも彼女はジョシュアに会ってきたところだと答えた。

 そこで、執務室まで彼女が案内してくれることに。名前を聞くと、グレイシーと名乗った。そして、自分はジョシュアの婚約者候補なのだ――と。


(そっか。ジョシュア様にはこんな素敵な女の子が婚約者候補なんだ。そうだよね。あの方は地位も名誉もあって、素敵な人だもん)


 それを聞いて、なぜかルセーネの胸がつきりと痛んだ。


「ここは広いですから、迷ってしまうのも無理のないことですわ」

「わざわざ案内していただいちゃって、すみません」

「いえいえ、とんでもございませんわ。ジョシュア様にはどのようなご用で?」

「実は私、第一師団に入りたくて」


 王国騎士団はほとんど女性がいない。

 第一師団に入りたいのだと告げると、グレイシーはぴたりと足を止めてこちらを振り向いた。


「あなた、魔物が倒せますの!?」

「あ……はい。一応」


 剣を使える訳でも神力を使える訳でもなく、魔炎という特殊な力を使って倒すのだが。


「羨ましいですわ。わたくしも叶うのなら、神力が欲しかった。一族は皆、神力使いばかりなのにわたくしだけは神力を持たずに生まれましたの。わたくしは所詮――偽物ですのね」


 彼女の表情に憂いが乗る。『偽物』とは一体どういうことなのだろうか。グレイシーに対して、ルセーネはのほほんと笑いかける。


「ああ、私も実は、神力はからっきしなんです」

「え……? でも神力がなければ魔物は倒せないでしょう?」

「私の力はどうやら魔力らしくて……。他の人からは怪しい力に見えるみたいで、今まで散々、まがい物だとか詐欺師とか言われたりして」

「そうでしたの……わたくしも同じですわ。お辛かったでしょう」

「たまに……そう思うこともあります。でも――」


 ルセーネは満面の笑みで答えた。


「何くそー! とは思いながらも、信じてるんです。ひたむきに頑張っていたら、いつか誰かの役に立つ日が来るって!」

「……!」


 するとそのとき、グレイシーは瞳の奥を揺らした。


「あなたの言葉に、勇気をもらいましたわ。あなたはきっと、知らず知らずのうちにそうして誰かを励まし役に立っているのでしょう。実はね、行方不明になった妹は、強い神力を持っていたそうですわ。妹が生きていたのなら、ちょうどあなたくらいの年になっていましたかしら」

「妹さんはいつ、いなくなってしまったんですか?」

「生まれてすぐでしたわ。誘拐されたのです。わたくしは、会ったことさえない妹にずっと劣等感を抱いているのです」

「そう……だったんですね」


 妹への劣等感というのが、先ほどの『偽物』という言葉に繋がるのだろうか。


「……なんとしてでもこの縁談を成功させなくてはきっと、わたくしの居場所はいずれ、妹に取られてしまいますわ」


 縁談というのはジョシュアとのことだろう。何やらかなり切羽詰まっているようだったが、ルセーネにはよく分からなかった。

 そんな話をしている内に、執務室に到着する。


「ご親切に案内していただいて、ありがとうございました!」

「どういたしまして。あなたが立派な聖騎士になれるように応援しておりますわ。頑張ってくださいまし」

「はい!」


 グレイシーは最後まで気品があって優しく、美しかった。



 ◇◇◇



 グレイシーが去って行ったあと、ルセーネは執務室の扉の前に立ち、深呼吸する。扉をそっとノックすると、中に入るように促された。

 部屋の中に入るやいなや、女性がこちらに飛びついてきた。ピンク色の縦巻きロールの髪をツインテールにしている。


「待ってたわー!」

「うわあっ!?」

「すっごく可愛い。ほわほわしてて食べちゃいたいくらい」

「食べ……!? あ、あの……?」


 抱きつかれた重みでたじろぐルセーネ。彼女はルセーネの両頬を、小動物でも愛でるかのように撫でた。


(あれ……女性にしてはなんだか声が低い……?)


 困惑して立ち尽くしていると、部屋の奥でジョシュアが言う。


「離れろ、ナジュ。ルセーネが困っている」

「ええ〜」

 

 ナジュはかなりがっかりした様子でで肩を落とし、ルセーネから離れた。


「あの、お姉さんは……」

「あらまぁ、『お姉さん』ですって! 聞いた? ジョシュア!」


 ナジュが嬉しそうに頬に手を添え、ジョシュアの方を振り向くと、彼は執務机から立ち上がってこちらに歩いて来た。


「ナジュは男だ。――生物学上はな」

「えええっ!?」


 今一度、ナジュのことを上から下まで観察するが、顔立ちも、すらりと伸びた手足も女性的だ。騎士服もピンク色にフリルとレースの装飾が施されていて、いかにも可愛らしい。


「ついでに言えば、年齢も俺のひと回り年上だ。年齢も性別も不詳感が漂っているがな」

「ちょっと! レディーの年齢に触れるなんてナンセンス。あなた、そんなんじゃモテないわよ」


 ルセーネは驚いて目を瞬かせたあと、のほほんと微笑む。


「あの、性別とか年齢とか関係なく、ナジュさんはとっても素敵だなって思います!」

「…………!」


 すると、ナジュは目の奥を揺らして、ルセーネの手をがしっと握った。


「なんていい子なの……!? 気に入ったわ! このちっちゃくて可愛い子が本当に100年にひとりの逸材?」

「そうだ。あまり絡んで困らせるなよ」


 ナジュはまつ毛が伸びた瞳を大きく開き、ルセーネの顔を物珍しそうに覗き込んだ。

 ジョシュアはルセーネの頭をぽんと撫でる。


「来て早々驚かせて悪かったな」

「いえ、大丈夫です。……私、本当に第一師団に入れてもらえるん……でしょうか」


 剣を扱えない自分が聖騎士になるなんて、本来ならありえないこと。


「ああ、本当だ。では、入隊にあたっていくつか手続きがある。――ナジュ。準備を」

「は〜い」


 ナジュは契約書と、十字の形をした木の板を持ってきた。彼女は木の板を掲げ、「テストを行うわよ」と言った。


「テスト……ですか?」

「そう。簡易的な入団試験ってところよ。ま、あんまり気負わず楽にやってちょうだい」

「は、はい」


 その十字の札は魔物を封印しているものだと説明される。ナジュは腰に提げた剣をするりと引き抜き、剣身を光らせる。


「あたしたちは神力をもって魔物を滅する。――こうやってね」


 札をぱきんと片手で折った刹那、黒々とした魔物が姿を現した。うさぎのような小動物の形をしているが、赤い眼差しは魔物のそれだった。

 唸り声を上げてナジュに飛びかかる魔物を見て、ルセーネは固唾を飲む。


「――はっ!」


 彼は一切怯まず、笑顔を浮かべたまま剣を振るって魔物をふたつに両断する。斬られた魔物は光の粒子となって離散した。


(すごい……これが、聖騎士の力)


 これまで魔物を倒す仕事をして、時々退魔師の仕事ぶりを見てきたが、聖騎士の神力は格が違う。これが本物の強さかと感激していると、今度はナジュに剣を渡されて「やってみて」と促される。けれどルセーネは、今まで剣を握ったことなどない。


「重っ……じゃなくて私、剣は使えないんですけ――」

「じゃあさっそく行くわよ!」


 剣を扱えないと訴えかけたのと、ナジュが二枚目の札を折ったのはほぼ同時だった。ルセーネは折れた札を見て咄嗟に剣を構える。

 咆哮する魔物に対峙し、ルセーネの剣先はかたかたと震えていた。


(う……何これ、めちゃくちゃ重い……!?)


 鍛錬をしてきていないルセーネは、重い剣を持つだけで精一杯だった。


「何ぼけっとしてるのよ。早く魔炎の力を見せてちょうだい」

「分かり……ました」


 ナジュはきっと、この剣に炎をまとわせることを期待しているのだろう。目を閉じ意識を集中すると、剣から緑の炎が燃え上がる。しかし、剣の重さにとうとう耐えかねてバランスを崩し、よろめく。

 構えていた腕を倒した拍子に、近くに立っていたジョシュアの頬の近くを掠め、髪をひと束切り落としていた。


「どわっ!?」

「……君は俺に恨みでもあるのか?」

「ご、ごごごごめんなさい!」

「剣を使えそうにないなら捨てて構わない。どんな方法でも、お前なりに魔物を倒せばいい」


 そのとき、牙を剥き出しにして襲いかかってくる魔物。ルセーネは剣を捨てた。からんと音を立てて剣が床に転がる。

 ルセーネは冷静にそれを見据え、人差し指で額をつんと触れる。ぼふっと音を立てて魔炎が魔物を包み、あっという間に消滅していく。

 その様子を目の当たりにしたナジュとジョシュアは顔を見合せていた。


「これで……合格ですか?」


 ジョシュアは割れた札を片付けながら話した。


「剣を使わずに魔物を倒した奴は初めてみたがな。まぁいい。第一師団長ジョシュア・ダニエルソンの名において、魔術師としての君の入団を認める」

「本当ですか!?」

「嘘はつかない」


 第一師団は実力社会だ。多くの者たちが長い鍛錬を重ねてようやく所属してくる。ルセーネのような剣が使えない素人が、師団長の鶴の一声で入ったら、反感を持たれるのではないかという懸念はある。


「剣を使えない聖騎士なんて、前代未聞ね。これからどんな大物に成長していくのか期待しているわ。100年にひとりの魔術師さん?」


 ナジュがそう呟いたとき、ルセーネのお腹がぐうう、と鳴った。


「あの、それよりご飯が食べたいです」

「出世欲より食欲なのね。あんた、大物になるわよきっと」


 そのあと、契約書に名前を記入し、騎士団入団が決まったのだった。

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