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31.私のことを描いてください

 

 画材道具を指を指して尋ねると、彼は「ああ、あれはだな」と答えた。


「以前、絵を描いて欲しいと言っていただろう? お前が目を覚ましたら描こうと思って用意していたんだ」

「いいんですか……? やったぁ」


 目を輝かせ、ぱっと表情を明るくするルセーネ。


「そんなに嬉しそうな反応をされると、描きがいがあるものだな。そんなに自分の絵を描いてほしかったのか?」


 それこそプロの画家に依頼すれば、それなりの料金がかかってしまうから、ルセーネは一度も自分の姿絵など描いてもらったことがなかった。しかし、絵を描いてもらうことに特別な関心がある訳ではない。ただ――。


「ジョシュア様……だから。ジョシュア様の目に、私ってどんな風に映っているんだろうって……知りたくなって」

「……」


 ルセーネが率直な思いを伝えると、ジョシュアはわずかに目の奥を揺らした。それから彼は、ゆっくりと目を細める。


「絵には描き手の感情が現れるものだ。今日はとても良い絵が描ける気がする」

「……?」


 では、ダニエルソン公爵家が用意してくれたドレスワンピースを着て、庭園の椅子に腰を下ろした。朝露に濡れたピンクのバラが、みずみずしく咲き誇っている。また、芝生が風に揺れてそよいでいる。


「少し横を向けるか?」

「こう……ですか?」

「ああ、そんな感じだ」


 イーゼル越しに、ジョシュアが顔や手の位置の指示をした。

 微調整が終わったあと、そのまま動かずにいるようにと言われる。

 ジョシュアは、テーブルの上に画材道具を広げ、真剣な様子でキャンパスに向き合い始めた。

 まじまじとその美しい切れ長の双眸で観察され、ルセーネは気恥ずかしくなる。


(なんかこれ……恥ずかしい。ていうかくしゃみ出そう……)


 くしゃみを出したら、ジョシュアの集中力を妨げてしまうと思い、必死に堪える。眉をひそめ、口はへの字にし、鼻の奥をひくつかせていると、ジョシュアが言う。


「なんだその顔は」

「くしゃみを我慢している顔です」

「我慢しなくていい」

「へくしっ」


 くしゃみをしてすっきりしたルセーネは、清々しい様子で横を向いた。

 ジョシュアは小さく息を吐き、再び筆を取った。



 ◇◇◇



 本格的な姿絵というものはどうやら一日で描き終わるようなものではないらしく、ルセーネは後日また公爵家に通うことになった。今日の作業はおしまいということで、夕方、ルセーネはヘルモルト伯爵家まで送ってもらうことになった。

 ずっと同じ姿勢でいたため、身体が少し凝っていたが、公爵家が美味しい夕食を出してくれたため、心もお腹も満たされている。


「まだ絵を見せてくれないんですか?」

「完成してからの楽しみだ」

「わぁ……そういうのわくわくしますね!」


 一体どんな色彩でルセーネのことを描いてくれたのだろうか。完成するときを待ち遠しく思いながら、夕焼けに染まる馬車の窓の外の景色を眺めた。


 ヘルモルト伯爵家に帰るのは、王女の誕生日会の腹いせで閉じ込められて以来だ。正直もう戻りたくないが、屋根裏部屋のあの魔物のことが気がかりだった。

 そして、伯爵家の屋敷に着いたとき、屋敷の中から悲鳴が聞こえた。


「きゃああっ!」


 ルセーネとジョシュアは顔を見合わせる。その声は、アビゲイルのものだった。

 ジョシュアとともに、急いで屋敷に入り、唖然とする。エントランスにも、廊下にも、魔物がうじゃうじゃといたからだ。


(何、これ……)


 ルセーネが驚いて一歩後退したのと、ジョシュアが腰の剣を引き抜いたのは同時だった。

 数が多いとはいえ、相手は下級レベルばかり。ジョシュアが軽く剣を振るうだけで倒されていく。


 ルセーネもジョシュアに続いて手をかざし、魔物を炎で一つ一つ燃やしていく。

 空中を浮遊している一体に手を伸ばせば、じゅっと音を立てて燃えて床に転がった。


 床に積み重なった魔物たちを尻目に、悲鳴の方向へ進んでいく。

 人の声がしたのは、居間だった。ルセーネがヘルモルト一家に散々いじめられていた部屋。


 室内は惨憺たる状態で、窓ガラスは割れ、調度品はめちゃくちゃに破壊されていた。

 部屋には、アビゲイルと、ディーデヘルム、ミレーナが揃っていた。ディーデヘルムの上に、大きく黒い影がのしかかっている。


「――旦那様!」


 魔物に襲われているディーデヘルムを助けようと、咄嗟に手を伸ばす。だが、魔物の顔を見てはっとし、手に灯していた炎を消す。


「何やってんのよ!? 早くパパを助けて!」

「そうよ! 助けなさい!」


 ディーデヘルムの後ろで抱き合いながら縮こまっているアビゲイルとミレーナがこちらにそう叫ぶ。


(おじいちゃん……)


 ルセーネが手を止めた理由は、その魔物こそ――祖父の顔をした魔物だったからだ。いつも壁に張り付いているだけで大人しくしていたのに。

 魔物は黒い影のままディールヒを押し倒しぐぐっと首を圧迫した。


「ゼリトン……。俺のことを恨んでいるんだな?」


 ディーデヘルムは顔をしかめながら、祖父の名を口にした。


 どうしてディードリヒが祖父のことを知っているのか、祖父が彼を恨んでいるとはどういうことなのか、そんな疑問が頭に浮かぶ。

 すると、遅れて居間にやってきたジョシュアが、剣で祖父の顔の魔物を貫き、そのまま壁に突き刺した。グアッと悲鳴を漏らす魔物。


「おじいちゃん!」


 思わず駆け寄ろうとしたが、ジョシュアに「来るな」と諌められ、ルセーネは肩を竦める。

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