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30.目を覚ました聖騎士

 

 ルセーネが目を覚ますと、ふかふかの寝台に横たわっていた。視線の先には、レース生地が垂れ下がった天蓋が。上掛けもふわふわで花のような石鹸の良い匂いがした。


 ヘルモルト伯爵家の屋根裏に置いてある寝台は硬くて、朝起きると身体のあちこちが痛くなっていたが、この寝台は、いつまでも身体を沈めていたいと思ってしまうほど心地が良い。


(ここは……どこ……?)


 やけに長いこと寝ていた気がする。

 どうして自分は知らない場所で眠っているのか。ここまでの記憶を遡っていき、みるみる血の気が引いていく。


「――呪いは!?」


 ルセーネはばっと半身を起こした。半覚醒だった意識がはっきりとしていく。

 そうだ。ルセーネはジョシュアに呪いをかけた魔物を倒すための部隊に参加して、見事打ち勝ったのだ。


 手に視線を落とすと、今も龍を剣で貫いたときの感覚が残っているような気がした。剣が使えない聖騎士として侮られてきたが、あんなに立派な魔物を倒すことが自分にもできたのだ。


(ジョシュア様は無事なの……?)


 目が覚めたなら、大人しくしてなんていられない。ここがどこなのかさえ分からないが、早く王宮に行って、彼の呪いがどうなったかこの目で確かめなくては。上掛けを蹴り飛ばしながら寝台から飛び上がり、扉を開け放つ。


 部屋から飛び出した瞬間、どんっと何かにぶつかる衝撃が走った。


「うわっ!?」

「そんなに慌ててどこへ行く気だ?」


 聞き慣れたその声にはっとして顔を上げると、ジョシュアがこちらを見下ろしていて。


「嘘っ、生きてる……?」


 ペタペタと腕や胸を触り、目の前に彼がいることを確かめる。格上の身分の相手に対して許可なく触るなど、普通は無礼極まりない行動だが、ジョシュアはそれを咎めたりせず、困ったように笑った。


「そうべたべた触るな。くすぐったいだろう」

「あ、ごめんなさい……」


 ジョシュアは身をかがめ、ルセーネの顔を覗き込みながら片方の口角を持ち上げる。


「俺は生きている。お前のおかげでな」

「……! じゃあ、呪いは?」

「痣ならすっかり消えた」


 彼はワイシャツのボタンを片手で外し、生地をくつろげて胸元を晒した。その肌は、魔物との戦いでできた傷跡こそあれど、禍々しい呪いの痣はすっかりなくなっていた。


 ルセーネの視界はみるみるぼやけていき、鼻の奥がつんと痛くなる。

 がくんとその場に崩れ落ち、ルセーネは顔を真っ赤にして泣いた。


「わぁぁん……っ。よかったあ……」


 生贄だった自分を助けたあまりに、恩人の彼が呪われてしまった。自分のせいでジョシュアが死んでしまうようなことがあれば、いたたまれなくて、申し訳なくて、その先どうやって生きていったらいいか分からなかった。


 ジョシュアは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったこちらの顔をハンカチで拭い、子どもをあやすように背中を擦るのだった。


 泣きやんだところで詳しい話を聞くと、ルセーネは魔力が枯渇して倒れ、一週間も眠り続けていたらしい。

 ヘルモルト伯爵家にルセーネが倒れたことを伝えると、明らかに煩わしそうな反応だったため、公爵家で療養されさせることを申し出たらしい。


「ルセーネ。お前はあの家でもしかして……ひどい扱いを受けていたりするか? 答えたくなければ言わなくていい」

「お気遣いありがとうございます。あの家で住み込みで働き始めてからずっとなので、もう慣れました」


 ふたり掛けのソファに座り、メイドに出してもらったお菓子を食べつつジョシュアと話をする。隣に座る彼が、不思議そうに尋ねる。


「どうして家を出ない? 召使いの仕事を辞めて、第一師団の宿舎に住んだ方が、ずっと楽なんじゃないか?」

「実は……理由が、あって」


 王国騎士団の給与は、ひとりで暮らしていくのに十分なだけ与えられる。ヘルモルト伯爵家にいたら、半額取り上げられてしまうので、あの家を出た方がよっぽどいいのは分かっている。

 ルセーネは手に持っていたクッキーを皿の上に置き、ジョシュアの方を振り向く。


「ずっと……誰にも話せずに、悩んでいたことがあるんです」

「無理に打ち明けろとは言わないが、もし俺に話して少しでも気が楽になるならそうするといい。力になれることなら何でも協力する」

「何でも……?」

「ああ。困ったときはお互い様だ」


 彼の言葉がとても頼もしく思えた。

 ルセーネの悩みとは、ヘルモルト伯爵家の屋根裏部屋に住み着いている――祖父の顔をした魔物のこと。

 その魔物のことがどうしても倒せず、ほったらかしにするわけにもいかず、ヘルモルト伯爵家から出られないのだと打ち明ける。


「どんな姿形をしていようと魔物は魔物。人に害を成す前に駆除すべき……と言うのが、悪いが俺の意見だな。だが、お前の気持ちもよく分かる」

「早く倒さなきゃいけないって、分かっていました。でもおじいちゃんの顔を見ると……どうしても倒す気になれなくて」


 魔物は魔素を糧に生まれるが、魔素は自然の力で発生するものと、人の負の感情から発生するものの二通りがある。あの魔物に祖父の信念が入っているかと思うと、ルセーネには倒せない。


 スカートは握り締め、しばしの逡巡の末に言う。


「私の代わりに……あの魔物を倒してくれませんか」


 ルセーネが見たところ、あの魔物は下級以下のレベル。

 ジョシュアにとっては、造作もない対象だろう。


「――分かった」


 ジョシュアはそうひと言答え、ルセーネの頭をぽんと撫でた。できるだけ早く、ヘルモルト伯爵家に手紙を送って許可を取ってから訪れると付け加えて。


 すると、先ほどまでルセーネが寝かされていた寝台の横に、イーゼルと真っ白なキャンパスが置いてあるのが目に止まった。それだけではなく、絵の具や筆等の画材道具が一式揃えてあるようだった。


「ジョシュア様。……あの、あれは?」

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