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28.魔術師は魔物を仕留める

 

 するとナジュが、後方で控えている聖騎士たちに指示を出す。


「この魔物よ! 炎を扱うから、距離に気をつけること!」

「「はい!」」

「火傷していいのは、このあたしの美貌を目にしたときだけよ!」

「「…………」」

「ちょっと! 返事しなさいよあんたたち!」


 ナジュの軽口を完全に無視した聖騎士たちは戦闘の態勢に入り、それぞれが剣身に神々しい光をまとわせていく。


「お前はそこでゆっくり休んでろ。あとは俺らに任せればいい」

「スルギ隊長……」


 こちらを気遣ってそう声をかけたスルギが、まっさきに先陣を切った。

 魔物の懐に俊敏な動きで忍び込み、腰を屈める。そこから姿勢を上げ、勢いをつけながら斬撃を与えた。彼の騎士服の裾が、身のこなしに合わせて翻る。


「――お前たちも続け!」


 彼に続き、男たちが着実に魔物にダメージを与えていく。しかし思いのほか手こずり、優勢と言える状態ではなかった。徐々に増えてくる怪我人の数に、不安が募る。


(第一師団がここまで手こずるなんて……相当強いんだ)


 ルセーネは下唇を噛んだ。

 魔物の胴体には、癒えきっていない大きな傷ができていた。神力を込めた剣で与えた魔物の怪我は、通常治りにくいと言われている。それに加えて、ジョシュアが深傷を負わせ弱らせているといっても、やはり強敵だった。


 入れ替わり立ち代わりで攻撃を重ねる。何度目かの邂逅。ナジュの一太刀で、魔物はことさら大きな悲鳴を上げた。急所への攻撃だった。

 ナジュはしなやかかつ軽い動きで地面を蹴り、大きく跳躍する。そして、くるりと回転をかけながら、何度も魔物を斬り付けた。


「す、すごい……」


 圧巻の剣技に、どこかからそんな声が漏れる。逸材と称されるジョシュアの影に隠れてしまいがちだが、副師団長としてジョシュアを支えてきた彼の実力は、紛れもなく本物だ。

 ナジュは鋭い眼差しで魔物を見据え、地面に着地して呟く。「だめね」――と。


「あれは人間が敵う相手なの……? 底無しの魔力ね。一体どうやって蓄えたか知らないけど」


 弱音を漏らすナジュ。


「ジョシュアったら。なんて魔物に呪いをかけられてるのよ」


 ぎり……と歯ぎしりする彼を見て、ルセーネは拳を握り締めた。

 あの魔物は、ルセーネから散々魔素を吸い取って成長している。もし、ルセーネが生贄でなければ、あそこまで強くなっていなかったし、ジョシュアに呪いをかけることもなかった。


 魔力が消耗し、立っているのがやっと。それでも、ルセーネはゆっくりと立ち上がり、他の聖騎士たちの間を縫うように前に出る。


「おいルセーネ! 何やってる! 危険だ!」


 魔力が擦り減っているルセーネを、スルギが心配して制止する。しかしルセーネの耳にその声は届かない。


「倒さなければ、ジョシュア様は死んでしまいます。皆さんどうか……どうか私に力を貸してください。私がきっと弱らせてみせます……! ――後援を!」


 いつもへらへらしているルセーネの顔つきが違うことに皆が気づく。

 そして、どうして騎士団に入って間もないルセーネが、そこまでジョシュアを助けようと躍起になっているのか彼らは疑問に思った。

 だがその理由は、この場にいる本人しか分からない。


 聖騎士たちは、互いに目を合わせ合い、あんなに小柄で弱そうな女の子さえ懸命に立ち向かっているのに、怖気付いていられないと互いを鼓舞する。


 ルセーネの目の前に、ふわっと緑の炎がやってきた。咄嗟に両手をかざし、魔炎で応戦する。魔物の炎と、ルセーネの炎が拮抗する。


「くっ……」


 魔物にダメージすら与えられず、ルセーネの魔力が擦り減っていく。魔物の炎に押され、ルセーネは踵で地面を削りながら後ろに後退していく。

 奥歯を強く噛み締めながら、魔物を睨みつけた。


(人から魔素を吸い取るだけ吸い取った――泥棒のくせに、調子に乗らないでよ!)


 力いっぱいに魔力を放出すると、押し切られた魔物がルセーネの魔炎に包まれて「ギャッ」と悲鳴を上げる。

 ルセーネは、開いていた手をぎゅっと握り、炎を圧縮する。


(全部燃やせ。あの龍を構成する魔素を、燃やし尽くすんだ……!)


 握り締めた拳は、ぶるぶると震える。

 悶え苦しむ魔物にスルギとナジュが追撃し、抵抗した魔物が火を放つと後退する。その繰り返しで、少しずつ龍の体力を消耗していく。肉が削がれ、少しずつ、少しずつ弱っていく龍。


「ルセーネ、下がってろ。お前はもう限界だ! それ以上無理したら、お前まで倒れちまうぜ!」

「やです! まだ戦えます!」


 スルギどんなに忠告しても、ルセーネは頑固だった。地面に足が縫い付けられているように一歩も動かず、逃げようとしない。


「はぁあっ!」


 ルセーネがひときわ大きな炎を放出したあと、魔物はぐったりと倒れ込む。ルセーネは、腰の剣を引き抜き、誰よりも早く魔物の傍まで走った。


「私の恩人は……絶対に、殺させない」


 地を這うように、しかしそれでいて強い語気で呟く。

 くらくらと目眩がする中で、魔物の脳天に剣を突き刺す。下手くそな剣だと誰に馬鹿にされてもいい。ただ、ジョシュアに呪いをかけた忌まわしい魔物を倒すこと以外はどうだっていい。

 暴れる魔物に気力だけでしがみつき、全身に力を込めて、深く、深く、差し込んでいく。魔物はくぐもった呻き声を漏らしたのを最期に、絶命した。


「はぁ、はっ……あ」


 ルセーネは息も絶え絶え、虚ろな目をしたまま一歩後退した。


 しん……と聖騎士たちは言葉を失い、剣を使えない少女が不思議な力で魔物を誰よりも消耗させ、最後にはその執念だけで魔物にとどめを刺したのを見ていた。風が吹き抜けて、草木を揺らす音だけが響く。


「おお……! ルセーネが超上級の魔物を倒しちまったぞ!」

「剣を使えないチビちゃんがやったぞ!」


 次の瞬間、割れんばかりの歓声がルセーネの鼓膜を揺らすが、それを自分を称える声だと理解するよりも先に、ぱたんと倒れて意識を手放していた。

 魔力は枯渇し、ルセーネの小さな身体はとっくに限界だった。

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