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25.さらわれた赤子の痣

 

「まぁ……私に相談?」


 セシリアはおっとりと小首を傾げたあと、なんとあっさりと承諾した。

 侍女たちは、よく知りもしない相手とふたりきりになるのは危険だと訴えたが、セシリアは穏やかにそれを跳ね除けて。


 王妃の私室にふたりきりになったところで、ルセーネはこれまでの経緯を洗いざらい打ち明けた。

 両親はおらず、祖父とふたりで暮らしていたが、ある日退魔師に捕まり、龍の魔物を封印するための生贄になったこと。そこで七年間を孤独に過ごし、ジョシュアに救われたこと。

 そして、地下に閉じ込めていた肝心要の魔物は、ジョシュアが仕留め損ねて、彼に死の呪いをかけたまま逃げてしまったのだと。


 なぜかセシリアには、初めて会ったにもかかわらず、安心して本心を打ち明けることができた。


「――つまり、ダニエルソン公爵を救うために、私に王国騎士団を動かしてほしい……ということね?」

「……はい」


 ルセーネがこくんと頷くと、彼女は優しく目を細めた。


「分かったわ。すぐにそのように手配しましょう」

「ええっ!? よろしいんですか!?」

「ダニエルソン公爵は、この国にとって必要な方だもの。それになんだかね、あなたのお願いは聞いてあげたくなって」


 そのとき、彼女の微笑みに寂しさが乗った。

 セシリアは、連れ去られた娘について話し始めた。グレイシーは現在、この国唯一の王女だが、彼女はセシリアの血を分けた実の娘ではなく、拾い子だった。本物の娘が生まれてまもなく拐われ、その直後に王宮の前に捨てられていた。


「娘は生まれてすぐに、連れ去られてしまったの。今見つかっていないし、生きているのかさえ……分からない」

「――きっと、生きています!」


 悲しそうにしている彼女を励ましたくて、ルセーネは身を乗り出すように立ち上がり、強い語気で言う。


「私は……そう信じたいです。だって、こんなに優しいお母さんを残して死ねないはずだもの……」


 セシリアに涙を拭ってもらったときに、自分もこんな母親がいたらいいのに、と思った。ルセーネは父親や母親の愛情を知らずに育ったから。その代わりに、祖父がめいっぱい愛を注ぎ、可愛がってくれたのだけれど。


「あらあら。私のことを励ましてくれたの? ありがとう。娘が生きていたら、ちょうどあなたと同じくらいの年頃のはずだわ。すごく強い神力があって、あの子も紫色の髪に紫色の瞳をしていてね。ねぇ、あなたは孤児なのよね? もしよければ……背中を見せてくれない?」

「背中……ですか?」

「ええ。娘は生まれつき背中に痣があったの。その形を私はよく覚えているわ」


 彼女は行方知らずの娘を見つけるために、しばしば孤児院や修道院を訪ねて、背中を見せるように言っているそうだ。ルセーネはこくんと素直に頷き、ボタンを外して背中を晒した。


「……!」


 セシリアはルセーネの背中を見て、目を見開く。そこには、赤子のときと変わらない、星のような形をした痣が残っていたから。


「ルセフィアネ……」

「! どうして私の名前をご存知なんですか?」


 くるりと振り返り、セシリアの顔を見上げる。


「昔……おじいちゃんに教えられたことがあるんです。私の本当の名前は、ルセフィアネだと。でも、他の人には言わずに隠しておけって……」


 ――ガシャン。そのとき、よろめいたセシリアの手が、テーブルのティーカップにぶつかり、床に転がり落ちる。陶器が割れる音が部屋に響いたのと同時に、部屋の外から侍女たちがいそいで入ってきた。


「セシリア様! 今の音は一体なんですか!?」


 一方のセシリアは、侍女の問いを無視してよろよろと立ち上がり、こちらに歩いてきた。ルセーネの両肩に手を置き、青白い顔で尋ねてくる。


「あなたのおじいさんの名前は!?」

「ゼリトンです。ゼリトン・ロートリモン」

「あぁ……なんてこと。ゼリトン。よく知っている男だわ」


 その刹那、彼女の瞳から静かに涙が零れる。突然泣き出したセシリアに、ルセーネも侍女たちも当惑していると、セシリアはルセーネをぎゅっと上から抱き締めた。


「ずっと、ずっと会いたかったわ。私の可愛い娘……っ。辛い思いをさせてしまってごめんなさいね。そう……あなたの力は神力ではなく魔力だったのね……」

「お、王妃、様……?」


 彼女は確信を持ってルセーネのことを娘と呼ぶが、理解できずに頭に疑問符を浮かべる。

 けれど、彼女の腕の中は温かくて、優しい香りがして心地が良い。


 セシリアはそっと腕からルセーネを解放する。


「ゼリトンは昔、王宮で下働きをしていた男よ。背は高くほっそりしていて、頬に傷痕があるでしょう?」

「は、はい。右の頬に」

「間違いないわ。あの男が……あなたを、ルセフィアネを誘拐したのよ……!」


 セシリアの娘をさらった犯人はずっと、分からないままだった。しかし、王女ルセフィアネの失踪とともに、王宮から忽然と姿を消したゼリトンは疑いを持たれて、捜索されていた。


 ルセーネが祖父と過ごしていたデルム村は、山奥の小さな村だったので、見つからなかったのも納得できる。


(おじいちゃんが誘拐犯……? 違う、そんなはずない。おじいちゃんは、誰かの子どもを拐ったりなんかしない……)


 しかし、時折祖父がルセーネを見ながら申し訳なさそうな顔をし、謝罪をしてきたことを思い出す。


 わずかな心当たりに目を泳がせ、動揺をあらわにするルセーネ。

 一方のセシリアは、すっかり感極まっていて、泣きながらルセーネの頬を確かめるように何度も撫でてくるのだった。

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