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22.倒れた師団長

 

 きっとアビゲイルたちは、王女の誕生日を祝うこのパーティーの場に、事情があってたまたまジョシュアとルセーネが居合わせただけだと思っていたことだろう。

 まして、ふたりが恋人同士など、まかり間違ってもありえないというか、可能性の一欠片さえ頭になかったはず。


(一応、恋人のふり、だけど……)


 人生で一度も恋人がいたことのないルセーネは、嘘だと分かっていても、大きく目を見開いて頬を朱に染め、ジョシュアの後ろになぜか隠れる。


「君まで驚いてどうするんだ? ルセーネ」


 そっと耳打ちしたあとで、ルセーネの頬に手の甲で触れる彼。


「顔が赤いし熱いな。人混みに酔ったんだろう。あっちで少し休もうか」

「は、はいごめんなさい」


 顔が赤いのは単に照れているからなのだが、アビゲイルたちから離れる口実を作ってくれているのだと理解し、こくこくと頷く。

 しかし、ルセーネの頬よりもずっと、ジョシュアの手の体温の方が高いように感じた。


(あれ……? ジョシュア様の手、熱い?)


 アビゲイルとミレーネは、去っていく後ろ姿を悔しそうに見ていた。


 ルセーネはジョシュアにエスコートされて、広間の端へと移動する。彼はルセーネをソファに座らせて、気を利かせて飲み物まで持ってきてくれた。

 紫色の液体が入ったグラスを見て、小首を傾げる。


「お酒……ですか?」

「アルコールは入ってない。ただの果実水だ。それともただの水の方がよかったか?」

「いえ! 甘いのは好きです!」


 以前ジョシュアと出かけたとき、オレンジの果実水の美味しさに感動したことをよく覚えている。

 満面の喜色を湛えてグラスを受け取り、葡萄の果実水で喉を潤す。


 ふと、ソファに座ったまま視線を上げて彼のことを見て、彼が額に汗を滲ませていることに気づいた。この広間の中は適温に調節されていて、汗をかくような暑さではないのに。


(もしかしてジョシュア様の方こそ体調が……悪い?)


 彼の身体は常に魔物の呪いに蝕まれている。彼に呪いのことを打ち明けられてから、少しずつ魔炎の力で呪いを焼いてはいるが、呪いが進行する速さに追いつけなかった。

 魔物の呪いは命を蝕むのと同時に、苦痛を伴う。ジョシュアはいつも飄々としていてそういうものを全く外側に出さないが、苦しさはあるはずなのだ。


「ジョシュア様、もしかして具合が悪い――」


 体調のことを聞こうとした瞬間、別の声が降ってきて遮られてしまう。


「ジョシュア様、いらっしゃったのですね……!」


 視線を声の方に写せば、グレイシーが数人の侍女を付き従えてやって来た。

 今日も彼女は美しく着飾ってきて、華やかな雰囲気がある。それは、一国の王女という肩書きにふさわしい気品だった。


「もう今日は来てくださらないかと思いましたわ。なんの連絡もくださらないんですもの」


 不満げにそう言う彼女。


 ジョシュアは、グレイシーの好意を拒みきれずに、ルセーネに恋人のふりを依頼してきた。

 グレイシーにジョシュアを諦めさせる手段としての偽の恋人である。自分が今日ここにいるのは、この瞬間のためだと思うと、身が引き締まる。


「グレイシー王女。私には大切な人ができたんです。ルセーネ」

「は、ははいぃ!」


 名前を呼ばれたルセーネは勢いよく立ち上がり、ジョシュアの隣に並ぶ。明らかに目が泳いでいて、身体は緊張でガチガチだ。そんな様子のおかしいルセーネの腰を自然に抱き寄せたジョシュアは、グレイシーに言う。


「その子を……愛しておいでなの?」

「はい。愛しています」


 愛しています、愛しています……とジョシュアの言葉が何度も頭に反響し、頭から遂に湯気が登る。

 すると、グレイシーの方はみるみる血の気が引いていった。


 ジョシュアが何度応えられないと言っても引き下がらなかった彼女だが、さすがにパートナーがいると分かれば諦める他にないのではないか。


「そんな……っ。どうしてですの……? 納得できませんわ。わたくしには、ジョシュア様と結婚する以外にありませんのに」

「なぜ君は俺に固執する? 別に俺のことを愛している訳じゃないんだろう」

「……! どうして、それを……」

「やはりな。君は俺ではなく、結婚することに執着しているように見えた。それはどうしてだ?」


 グレイシーがジョシュアを愛していないとか、結婚に執着しているとかいう話は初耳で、ルセーネは頭に疑問符を沢山浮かべる。

 他方、グレイシーは元々白い顔を更に蒼白にさせて、一歩、二歩と後ずさる。


「わたくしは……()()の王女ですもの。この王宮にわたくしの居場所なんてありませんわ。ですから結婚をして、わたくしの居場所を作るしかないのです……!」


 そういえば前に、アビゲイルがグレイシーのことを『偽物』と言っていた。確か、本物の王女は生まれてすぐに誘拐され、入れ違いのように王宮の門の前に拾われたグレイシーは、王家の養子になったのだ。


「そんなことはない。王妃様も国王陛下も、君のことをとても想っている。それは君が一番よく分かっているはず――っく」


 するとそのとき、グレイシーを宥めるジョシュアの半身がよろめいた。ルセーネは倒れかかってくる彼の身体を支えた。


(すごく熱い……っ)


 服越しに彼の体温が伝わってくるが、明らかに平熱ではない。また、間近で聞こえてくる彼の呼吸は乱れていた。

 ルセーネの弱い力では、成人男性の身体を支えきることなどできず、ふたりで崩れるように床に倒れる。


「「ジョシュア様!」」


 ルセーネとグレイシーの呼びかけがかさなる。

 ジョシュアの具合は相当に悪いらしく、ふたりの声に反応を返さず、そのまま意識を手放した。


「やだっ、しっかりしてください! ジョシュア様……っ!」


 ジョシュアの頬に触れ、必死に声をかけていると、グレイシーにどんっと突き飛ばされる。


「きゃっ」

「邪魔ですわ。そなたたち、そこの娘をつまみ出しなさい」

「で、でも……っ」

「あなたに何ができるとおっしゃるの?」


 特別にできることはなくて、言い返せない。


(王女様の態度、前と全然違う。すごく冷たい)


 しかし無理のないことだ。あのときは見知らぬ相手に道案内をしただけだったが、今は恋敵なのだから。

 グレイシーは侍女たちに命じる。


「で、ですが王女様。その方は公爵様のお連れの方では……?」

「構いませんわ。ここは王宮。わたくしは王族としての権利を行使するだけ。誰か! 早く医官を呼びなさい!」


 広間は、公爵が倒れたことでざわめき立っていた。グレイシーは迅速に騒ぎを収め、王宮の医官たちもすぐに駆けつける。


(ジョシュア様が倒れたのに、私はなんにもできない。私が呪いを代われたらいいのに……っ)


 グレイシーに言われた通り、ルセーネはやっぱり何もできなくて、侍女たちに広間から引きずり出される間、心配で泣くことしかできなかった。

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