17.師団長の秘密
ドレスに宝飾品、靴を購入したあと、街を少し散策することにしたルセーネとジョシュア。好きな食べ物をなんでも買ってくれると言われ、ルセーネは胸を高鳴らせる。
お昼時ということもあって、街路はひっきりなしに人が行き交っていた。道の脇にはずらりと商店が軒を連ねている。屋台もところどころに並び、美味しそうな食べ物の匂いが鼻腔を刺激する。
(美味しそうな匂い……!)
くんくんと匂いを嗅ぎながら、屋台を見回るルセーネの後ろを、ジョシュアは保護者のように歩いた。
ルセーネは、焼いたパンにカスタードクリームを挟んだものを買ってもらって食べた。ジョシュアは自分はお腹がすいていないからと、ルセーネが食べる姿を見ているだけだった。
すると、道の途中である屋台が目に留まる。
台や棚の上に、色々な素材の宝飾品が並んでいる。その中に、赤い石がついたブレスレットを見つけたルセーネ。
ルセーネを塔の中から解放してくれたジョシュアの落し物も、金のチェーンに赤い石の飾りがついていた。
『すみません、このブレスレットの持ち主を知りませんか?』
『いやぁ、分からないな。すまないね』
『そう……ですか』
『大切な相手なのかい?』
『はい。私の恩人なんです。いつかちゃんとお礼が伝えたくて』
『そうかいそうかい。会えるといいねぇ』
この街で過ごした三年間、出かける度にブレスレットの持ち主を知らないかと聞き回っていたのが今では懐かしい。
「ルセーネ。何か気になるものでもあったか?」
振り向くと、ジョシュアが肩口から覗き込んでいた。
「いえ。そうじゃないです」
仕立て屋で、普段着を大量に買ってもらったように、また気を利かせてしまっても申し訳ない。それにルセーネみたいな孤児に宝石なんて、宝の持ち腐れだ。
ぶんぶんと首を横に振って興味がないと否定したが、ジョシュアは棚の端から端までを指差しで言った。
「ここにあるものを全てもらおう」
「!?」
公爵家の財力、恐るべし。破格の金持ち具合に少し引いてしまう。全て、という言葉にルセーネは恐縮してしまい、だらだらと汗を流す。
ヘルモルト伯爵家に発送してもらえるそうだが、果たしてあの小さな屋根裏部屋に、収まりきるだろうか。……というより、ヘルモルト家の誰かに見つかったら怪しがられ、取り上げられる気もする。
ということで、ルセーネは気に入ったものをいくつか選抜して買ってもらうことにした。
「こんなに色々気を使っていただいちゃって、なんだか申し訳ないです」
「面倒に付き合わせた詫びを兼ねてだ。それにお前のことは、やけに甘やかしたくなる」
「それは、小動物や子どもを可愛がるようなものですか?」
王国騎士団の人たちは、そうしてよく食べ物を与えて肥らせようとしてくるものだ。
「いいや。動物とも子どもとも思ってない。お前はお前で、可愛いよ」
「!」
思わぬ答えになんだか気恥ずかしくなり、顔を赤くさせて俯く。
(やっぱり私も恋人役は向いてないかもしれないです、ジョシュア様。だって私、ふりじゃなくて本当にどきどきしてるもん)
その屋台から離れて、再び歩き出す。人の往来が激しくなり、ルセーネはあちこちで人にぶつかる。人混みに紛れてはぐれそうになったところで、ジョシュアがこちらに手を差し伸べた。
はぐれないように手を繋ごうという意味だろうが、流石に師団長と、しかも年上の異性と手を繋ぐことには恥じらいがあり、ためらってしまう。
「はぐれたら面倒だ。――ほら」
急かされて渋々手を重ねる。
(ジョシュア様って、掴みどころがなくて、よく分からない人)
あまり物事を深く考えていない人なのだということは、この短い付き合いでなんとなく分かった。気まぐれで生贄を逃がすようなことをする人だし。
思いつきのまま、マイペースに生きている感じが時々する。それでも、公爵という身分がある以上、自由は制限されるのだろうけれど。
ジョシュアの手は温かくて、骨ばっている。それは男の人の手だった。
(誰かと手を繋いだの……おじいちゃん以来だな)
祖父の手はしわだらけで血管が浮いていたのを思い出す。
そうしてジョシュアに手を引かれながら歩いて行くとら歓楽街に辿り着いた。
路上でファンファーレ楽団が楽器を演奏し、それに合わせて年若い踊り子たちが踊っている。多くの観衆が演奏に耳を傾け、踊りを眺めている。ルセーネも立ち止まる。
「素敵……」
思わず口から、感嘆の言葉が漏れていた。踊り子たちの笑顔は眩しいほどで、衣装の装飾は陽光を反射してきらきらと輝く。
青々とした広い空は鳥が羽ばたいていて、街道からは馬車の蹄と人の足音が軽快な音を立てている。
なんて、愛おしいのだろう。何気ない日々の営みが、これほど尊く、美しいものだと、七年間暗闇にいなければ気づかなかっただろう。気がつくと自然に涙が零れていた。
「お、おい。どうして泣く?」
泣いているルセーネを見て、ジョシュアは眉を上げる。
「世界は……こんなにも眩しくって、光り輝いているんですね。こんなにも美しいものだと知れてよかったなって思いました。辛い経験があって、見えてきたきらきらの宝物みたいな世界を……大事にしたいです」
「……俺にはお前が一番、眩しく見えるよ」
ジョシュアのその呟きは、ファンファーレ楽団の音にかき消されて、ルセーネの耳には届かない。
(私……ここに生きてるんだなぁ。幸せだなぁ)
ずっと外の世界を夢みて、乞い願っていた。
夜があるからこそ、朝日を美しく思うように、暗闇を彷徨う日々があったからこそ、美しく見える世界はある。
あの日々があって良かったのかもしれない。ジョシュアの手の温もりを感じながら、ルセーネはそう思った。