14.生贄を助けた恩人
雌山羊討伐の功績は、瞬く間に第一師団中に広がった。ルセーネは魔力の使い方について聞かれたり、一番隊以外の隊の訓練にも呼ばれるように。第一師団で、100年にひとりの魔術師ルセーネを知らない者はいなくなった。
実はあの雌山羊、上級ランクの中でもかなり強いらしい。
第一師団の詰め所を歩いていると、聖騎士二人組に呼び止められる。ルセーネの手にりんごをひとつ握らせて、男のひとりが笑う。
「チビちゃん。これ食ってもっと大きくなれ」
「ありがとうございます!」
すると今度は、向かい側から歩いて来た聖騎士が立ち止まり、りんごを握っていない方の手にパンの包みを持たせる。
「これもやろう。お前はちっさいからもう少し食った方がいいぞ」
「ありがとうございます……!」
「また筋力訓練でへばったらしいからな。体力をつけないと立派な聖騎士になれないぞ?」
「へへ、おっしゃる通りです」
男に頭をかき撫でられ、ふにゃりと笑うと、聖騎士たちもつられて頬を緩める。雌山羊討伐以降、ルセーネの存在が認知されるとともに、マスコットキャラクター的な立場になっていた。
ルセーネはりんごをひと口かじり、きらきらと目を輝かせる。
「美味しい……!」
「はは、良かったな」
最初はルセーネのことを懐疑的に思っていた者たちも、実力を目にして、少しずつ寛容になっていった。というより、素直でひたむきなルセーネに、小動物を愛でるような愛着が芽生えたという方が正しいのかもしれない。
チビだのおチビだのチビちゃんだの色々呼ばれて可愛がられている。
もっとも、ルセーネに親切にする者の中には、将来活躍しそうな逸材に取り入っておこうという思惑を持つ者も多いのだが、ルセーネは全く気づいていない。
「まーた餌付けされてんのか? おチビ」
「スルギさん!」
聖騎士たちに囲まれていると、スルギがやって来て、ルセーネの手元を覗いた。
「さっき食堂で飯食ったばっかだろ? そんなに食ってばっかいたら午後の訓練で動けなくなるぞ」
彼が言う通り、昼食も他の聖騎士の奢りでたらふく食べてきたので、お腹がぽっこりと膨らんでいて重い。
少し視線を上げてスルギの姿を見ると、訓練着ではなく王国騎士団の騎士服を着ていた。
「どこかにお出かけですか?」
「視察だ。北部の山間部の町――デルム村にな」
「……っ」
その名前を聞いて、手に持っていたりんごを滑り落とし、ごろんと音を立てて転がる。
デルム村といえば、ルセーネが幼いころを祖父とともに過ごした場所。そして、七年間も幽閉されていた高塔がある。暗い場所に閉じ込められていた過去が脳裏を過ぎり、背筋に冷たいものが流れる。
真っ青になったルセーネの顔を見て、聖騎士のひとりが「大丈夫か?」と心配してくる。
「へ、平気です。それで、何を視察しに行かれたんですか?」
「高塔に閉じ込められていた魔物と生贄が三年前に消えた。その調査だ」
町に魔物が現れたとき、退魔師を雇う金がない貧しい民は、生贄という手段を使うことがある。王国騎士団は税金でまかなわれているため、無償で魔物を討伐する。だが、王国騎士団を頼るにしても、人手に限りがあり、片田舎まで手が回らないこともしばしば。
生贄を捧げることは、基本的に犯罪であるが、特に田舎の小さな町ではそれが起こってしまう。
聖騎士のひとりが同情的に眉をひそめる。
「生贄って……まだそんな恐ろしいことをやってる村があるんですか? 残酷な話だ」
「ああ。その村の村長はこの件で捕まったんだが、生贄については『知らない』の一点張りだったらしい。報告書によると、あの塔には15歳くらいの少女と龍の魔物が閉じ込められてたそうだ」
その龍は緑色の炎を吐く、推定超上級ランクの魔物だった。
今回の視察では、森に逃げた魔物の痕跡を捜査してきたようだ。魔物は深手を負っており、森の中に逃げ込んでそのまま姿を現していない。
「師団長が致命打を与えたらしい。神力を付与した攻撃は回復に時間がかかるから、まぁ数年は人里に出てきて攻撃することはないだろうがな。だが万が一、あれが人里に下りたら街を破壊するかもしれない」
「街を破壊……」
王国騎士団の人手不足は深刻だ、と腕を組みながら呟くスルギ。
(あの魔物が人里に出て、誰かを傷つけるようになったら、私のせい……なのかな)
ルセーネはりんごを拾うのも忘れ、よろよろとおぼつかない足取りで歩き、あちらの柱、こちらの壁へとぶつかる。
「あいつ、大丈夫か……?」
「さ、さぁ……」
その様子を見ていたスルギは、食べかけのりんごを拾い上げてかじり、ルセーネのことを心配そうに眺めていた。