11.師団長の優しい一面
「ぐ……あああっ……」
魔炎に包まれながら七転八倒するスルギ。それを見ていた他の聖騎士たちは、狼狽し、スルギの名前を何度も呼びかけた。
その内のひとりが、ナジュに訴える。
「副師団長! 今すぐ対戦を止めてください! あのままではスルギさんが死んでしまいます!」
「あら。『殺すつもりで』と言ったのはスルギじゃない。自分が殺られる覚悟も当然してあるでしょ?」
「ふ、副師団長……!」
当惑する聖騎士たちに対し、ルセーネは顔色ひとつ変えずに手をかざし続ける。他の誰よりも彼女は、自分の力のことを理解している。
ルセーネが魔力をコントロールすれば、肉体に傷を付けることもないし、まして死ぬこともない。
スルギの腹部に触れてから一分ほどして、彼は昏睡状態に陥った。ルセーネが手を下ろせば、魔炎も消失する。
ナジュがルセーネの勝利を告げると、聖騎士たちはスルギに駆け寄った。
「しっかりしてください! スルギさん!」
「おいチビ! スルギさんを殺したのか!? いくら俺たちに嫌がらせされてムカついてたって、やりすぎだ」
男に襟を掴まれたルセーネは、けほけほと咳き込みながら首を横に振る。
「けほっ、殺して……ません。身体の中の神力のみを燃やし尽くしました。しばらく動けないかもしれませんが、元気になります。その証拠に見てください。スルギ隊長の身体はどこも傷ついていないでしょう?」
彼は聖騎士たちに解放されているスルギを振り返る。確かに、ぐったりとはしているが、身体に火傷や傷の類いは見つからない。
ルセーネは、魔炎の火力を操り、燃やす対象や範囲を自由に調節することができる。物理的に対象を炭にすることもできるし、魔力や神力など目には見えないエネルギーを燃やすこともできる。全てはルセーネの意思次第だ。
周りにいた人々は、100年ぶりの魔炎を操る魔術師の実力を思い知り、ただただ唖然としていた。こんな力、今まで見たこともない、と。
対戦が終わったあと、ナジュはこちらに、「これであんたを見くびる奴はいなくなったと思うわ」と声をかけ、一同に告げた。
「彼女が王国騎士団に必要な存在だということは十分理解できたでしょう。分かったら、これ以上幼稚な真似をするのはやめなさい。王国騎士団の面汚しもいいところだわ。情けない」
「「…………」」
ナジュの苦言に、一同は苦い顔をしていた。
◇◇◇
試合が終わったあと、ルセーネは詰め所の廊下をとぼとぼと歩いていた。先ほどの対戦で、魔力を消耗している。
(ああ……お腹空いた……疲れたぁ)
本当は真っ先に食堂に行きたいところだが、まず行かなければならない場所がある。
「ええっと、医務室は……」
壁に貼られた館内図を見上げながら、ううむと唸り難しい顔をするルセーネ。行かなければならない場所というのは、医務室だ。
対戦で負かせたスルギの様子をうかがいに行くつもりである。身体を傷つけないように魔炎をコントロールしたつもりだが、万が一どこかを怪我しているという可能性もあるから。
しかし、長いこと塔に閉じ込められ、まともな識字教育を受けられていないルセーネは、館内図の文字を理解することができない。
どこに医務室があるのかと思案していると、ルセーネの肩口からジョシュアが顔を覗かせた。
「――どこへ行きたいんだ?」
「きゃっ!?」
突然耳元で話しかけられ、びっくりして振り向くと、作り物のような綺麗な彼の顔が間近にあった。
「い、医務室に……行きたくて」
「医務室はここだ。なんだお前、文字が読めないのか?」
案内図の端を指差しながらこちらを見下ろす彼。ルセーネがこくんと頷くと、彼は言った。
「文字は読めた方がいい。俺が教えてやろう」
「いいんですか? お忙しいのに」
「時間があるときにな」
「ジョシュア様は親切ですね」
「お前は特別だ」
「とくべつ……」
特別という言葉に、やけに舞い上がってしまう自分がいる。
そう言って彼はわしゃわしゃと頭を撫でてきた。
(ジョシュア様に撫でられるの……好きだなぁ)
心地良さそうに目を伏せるルセーネを見て、彼はふっと小さく笑った。
すると彼は、文字を教えてくれる約束をするだけではなく、医務室まで案内してくれると言った。ふたりで並んで廊下を歩く。ジョシュアはさりげなく、こちらに歩調を合わせてくれた。
「第一師団には慣れたか?」
「あっその……はい。まぁまぁです」
「嘘が下手だな。噂で色々聞いている。やはり男所帯に女性がいると良くも悪くも目立つからな。ナジュに面倒を見るようには伝えておいたんだが……」
そこで、ナジュが一番隊を訪れたのは、ジョシュアの指示だったのだと理解する。
「それに私は……剣が使えません」
剣が使えない上に、正式な手続きを踏まずに入団した非力な女。雑用ばかり押し付けられてしまったって無理はない。先ほど、魔術師としての実力は示したつもりだが、それだけで偏見が全くなくなるということはないだろう。
「焦る必要はない。できることをやっていくしかないだろう。ひたむきに努力して実績を重ねれば、いつかは認められる」
「そう……ですね! 私、もっと頑張ります!」
「……」
彼の励ましを素直に受け入れ、両手の拳をぎゅっと握り、澄んだ瞳で見上げる。彼は立ち止まり、真剣な表情でこちらに尋ねた。
「やめたいと思わないのか?」
「誰かのお役に立ちたいんです。……ひとりぼっちは、辛いですよ。私たちはみんな、誰かに必要とされたいじゃないですか。私は文字の読み書きもできないし、取り立てて褒められるような長所もありません。でも、魔物を倒すことはできるみたいだから」
そっと、右の手のひらに緑の炎を灯す。
自分がたまたま与えられたこの力が、必要とされるのなら、役に立てたい。それがルセーネの唯一の願いだった。
ずっと暗い塔の中で、誰と言葉を交わす訳でもなく、孤独に過ごしていた。ひとりぼっちはもう嫌だ。誰かと繋がって、あの七年で空っぽになった心を埋めたいのだ。今のままでは、塔の中にいたときと同じ。生きていないのと同じみたい。
「私は誰かに……必要とされたいです。だから、みんなに知ってもらえるような、いつか、国一番の魔術師になります!」
そのとき、ジョシュアの美しい瞳の奥がかすかに揺れた。彼は「一番も何も、魔術師はお前しかいないんだけどな」と小さく笑う。
「お前を見ていると、励まされるな。夢があるのはいいことだ」
彼が優しい声でそう囁き、優しい眼差しを向けてきたそのとき、ルセーネの胸の奥がきゅうと甘く締め付けられる。甘い痺れを誤魔化すように、彼に尋ねる。
「ジョシュア様には、どんな夢がありますか?」
彼は家柄も良く、容姿や能力にも恵まれている人。ルセーネには想像もつかないような壮大な夢を抱いているのではないかと期待する。しかし彼は、憂いを帯びた表情でこう答えた。
「昔は夢のようなものを抱いていたが、俺の場合は……叶わなかった」
そう言い終わったとき、医務室の扉の前に着いた。
ルセーネを送り届けた彼は去ってしまい、はっとする。
(アビゲイルお嬢様のこと、紹介しそびれた……!)
がーんと顔を青くするルセーネ。しかし、また今度にすればいいと気を取り直し、医務室の扉に手をかけた。




