青い夢
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうに。
氷のような風が肌を撫でていく。
冷たいと言う感覚はあるが、身が震えるような反応はなかった。
感覚は残ってはいるが、体の反応が追い付いていないのだろうか。
「……」
しかし、ここはどこだろう。
外だと言うことは分かるんだが。
視界には見慣れない建物が並んでいる。
「……」
西洋風の、なんと言えばいいのか……。
よく洋画なんかで見るような、昔ながらの街並みという感じだ。
レンガ造りのような建物がひしめいている。足元は石畳。
「……」
実際に見たことがないから分からないが。
こういう所ってもっと人が居るモノではないのだろうか。
賑やかな郊外というイメージもあるんだが。
人っ子一人いない。
影も見えない。
音も聞こえない。
「……」
そんな場所に、1人で立っている。
今が朝か夜かも分からない。
明るさはあるが、少し暗いような気もする。
腫れているのか曇っているのか……。
太陽の灯りなのか月の灯りなのか。
何も分からない。
「……」
首は動きそうだから、太陽の有無ぐらいが分かるかもしれない。
そう思った瞬間、体は頭を動かそうと軋む。
首が酷く痛むが、それに竦んで止まることもない。
カクン―
と、後ろに落ちるように視界が一気に上を向く。
「……」
そこには、青い色が広がっていた。
空ではなくて。
青という色を、べたりと塗ったようなものが広がっていた。
これでは太陽の有無なんて分かったもんじゃない。
「……?」
そう思い始めたあたりで、何かが視界の端に現れた。
太陽か月かと思ったが、それから明るさは得られない。
丸い球体ではあったが、やけにカラフルだった。
その丸の下のあたりには、小さなかごもついているようだ。
「……」
気球か……そう気づいた瞬間。
なぜか酷く、落胆した。
「……」
なぜ。
全く分かたない。
何かを求めていたんだろうか。
気球が浮かんでいるだけなのに。
どうしてこんなにも落ち込んでしまうんだろう。
「……」
静かに浮かんでいる気球は、止まることなく青の中を進んでいく。
これは、あれかな。
SOSを出しているのに、気づかれなかった遭難者のそれに似ているのかもしれない。
そうは言ってみるが、救難信号を出した覚えもなし。ここに立っているだけ。
……なんでだろうな。
「……」
酷くゆっくりと進む気球を、ぼうっと。
落胆したままに眺めている。
そろそろ首が疲れてきそうだ。
そう思いだしたあたりで、また体が軋む。
首は悲鳴を上げたが、それにかまわず。
カクン―
と、頭は落ち、視界は一気に戻る。
「……?」
1人の少女が立っていた。
「……」
幼い、可愛らしいワンピースに身を包んだ子供。
4歳か5歳くらいに見える。
腕にはテディベアを抱いているのが、目に焼き付いた。
「……」
少女は、こちらには視線を向けず。
つい先ほどの時分と同じように、上を見上げている。
気球を追いかけているんだろうか。
ああいう年頃の子供って、飛行機とか気球とか飛んでるものに、興味をひかれやすいんだろう。よく見上げて指を指しているのを見る。
「……」
しかしそれにしては、どこか悲し気に見えるのはなぜだろう。
もうすこし、楽しそうに、嬉しそうに、ああいうものは見るべきではないのか。
いや、そうであれとは言わないが……そういう子供もいるだろうから。
「……」
けれど、この少女は違う気がした。
本来はああいうのを見れば、楽しそうに、嬉しそうにする子だと思った。
「……」
それが他人から求められる姿だと分かっていて。
面白くなくても面白いふりをして。
楽しくなくても楽しいふりをして。
子供だから、子供らしくして。
―昔からの自分に似て。
「……」
悲し気に見るのは。
この少女もまた、落胆しているからだろうか。
ああいう風にはなれない。
着の身着のままには出来ない。
好きなようには出来ない。
「……」
自分らしさを失った少女は、自分が分からないから。
好きなことも嫌いなことも。
助けを求めることも声を上げる方法も。
何も知らない上に、分からない。
「――」
突然、視界が青く染まる。
頭上にあったあの青が、落ちてきたのだろう。
重い。
それは。
頭に。
肩に。
落ちてくる。
「――」
その青の隙間から。
いつの間にかこちらを見据えた少女と目が合う。
その小さな頬に青く線がひかれている。
流れる涙のようにも見えて。
この子も、心の底から泣けないのかと思った。
お題;テディベア・涙・気球




