甘噛み一年生
私の子供は鉛筆を噛む癖があった。
かくいう私も、子供頃は鉛筆を噛んでいた。ハッキリ言って美味かどうかなんて覚えてない。
それでも噛んでしまう。
止めようと思っても、無意識にしてしまう。だったらシャープペンに変更しろという話になるのかもだが、問題はそこではなかった。
もちろん子供にはシャープペンも持たせている。それでも鉛筆は必須で、必ず筆箱の中に入れていた。
そんなある日……小学校入学式かは数日間たった火曜日のこと。
子供が帰ってくるなり、筆箱を開いた。そして私に中身を見せてくる。
「……うん? どうしたの?」
夕飯を作っている最中だったが、子供の声につられて火を止めた。かがんでみれば、筆箱の中身に違和感を覚えてしまう。
この違和感は何だろうかと首を傾げた。
すると子供は、筆箱の中身を全て机の上に出す。
「友だちがね。鉛筆噛ない方がいいよって……噛むとかおかしいって笑って……」
だからゴミ箱に捨てたんだと、泣きながら訴えてきた。
机の上に散らばった物を見ればボールペンやシャープペン、消しゴムはある。けれど鉛筆という鉛筆は一本も見当たらなかった。
「え? 捨てたって……だって三本あったよね?」
昨日確認した時には確かにあった。しかも一本は削られてすらいない、いわば新品そのものである。
「友だちに言われたから捨てたの?」
「……うん」
どうやらその友だちは、お金持ちのお子様のよう。欲しいと言った物は軽々と与えられ、不自由すらない暮らしをしているとのこと。
そんな友だちが私の子供に放った一言は「貧乏くさい」だった。どうやら鉛筆を噛むという行為は貧乏臭さがあるらしい。
好きな食べ物も貰えないから、鉛筆て我慢しているんだという意見だったそうな。
そんの友だちの一言で我が子は泣き、鉛筆全てを捨ててしまったと言う。
鉛筆を噛む=貧乏
この結びつきに、私は疑問すら浮かんだ。
鉛筆を噛む理由は様々なのだろう。それで精神を保てるということもあるし、ストレス社会の中で心を落ち着けるという意味もある。
それに……
「あのね。私も子供の頃に、鉛筆を噛む癖があったの。無意識に噛んでしまっていて、気づいた親戚のおじさんに心配されたかな」
タハハと、苦笑いした。
「でもね? 科学的云々とか、精神的云々は置いておいて……噛みたいなら噛みなさい!」
本当は止めるべきなのかもしれない。でも無理に止めるのはよくない。それは、昔私を心配してくれたおじさんが言った言葉だった。
「おじさんはね、こう言ったの。【本当は止めてほしいけど、噛みたいなら噛めばいい。無理やり止めさせようとするとストレスになるから。】って」
そしておじさんは私にガムをくれた。
あの時の私は、そのガムの意味がいまいちわからなかったけど、今なら断言できる。
「鉛筆を噛む行為をすぐには止めれないよね? でも、少しずつ……噛むものを別の物に変えていこうか」
残念ながら家にガムはなかった。けれどグミはある。それを子供に渡し、こう伝えた。
「学校ではグミ食べるのは無理だけど、家の中ではグミ食べよう。それで、少しずつでいいから鉛筆噛みから卒業していこうか!」
ね? と、子供の口にグミを一つ入れた。すると子供は喜び、うんと頷く。
「……それにしても、その友だちとやらは性格悪くない?」
小学一年生で、友だちに貧乏臭いなどという言葉を使った子。そんな小さな頃から性格がひん曲がっていては、少しずつ嫌われていくだけな気がする。
「……クラスの皆はその子と、あんまり遊びたくないって言ってるんだ」
「……あー、ですよねえ。うん、私も嫌かな。ってか、優ちゃんはどうなの?」
その子と遊びたいのか。などなど。人間関係的な意味で聞いてみた。すると……
「あんまり遊びたくない。先週の金曜日、仲良くなった子の家で皆で遊んでたら文句ばっかり言ってきたし。おやつが少ないとか、玩具が古いとか」
「わぁお! 典型的なわがままかあ」
クラスメイトである以上は、口を聞かないわけにはいかないだろう。けれど、必要最低限の付き合いでもいいのではなかろうか。
そう思った私は、今回の鉛筆騒動をママ友専用サイトに急いで掻き込んだ。すると、わがままな子供の被害に合った子たちが出てくる出てくる。ほぼ全員……同じクラスの保護者たちも、実子がその子の被害にあっているという。
「ふぅむ、これはあれだね」
再びグループ専用サイトへと書き込んだ。その内容は至ってシンプル。
被害にあった子供の保護者たちで、担任の先生に告げ口してしまおうという作戦だ。先生には申し訳ないが、早い段階で手を打つべきだと、私たち保護者一同の判断である。
「これは序の口。これでも懲りなかったら、今度はレベルアップしたやり方をするまでよ!」
私はついつい高笑いをしてしまった。すると我が子は机の上を片付けながら、きょとんとしている。
「ママ、どうしたの?」
「うーん。さしずめ、制裁一年生って事かな? また問題になれば、今度は二年生にレベルアップしまーす!」
先生に告げ口なんて序の口よ。それでも修まらなかったら、今度はやり方を一段上げるまで。ようは、二年生仕様に繰り上げるまでよ。
「ふふ、これでも甘い方なんだから」
さてさて。今度の保護者会では、どうなるのやら。その時が楽しみである。
オマケ
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「──いや、こえーよお前」
これは、夫が帰宅して早々に発した言葉です。