銀の国シュトラール編『誘拐』
『ラーズグリーズ』は現在ヴィア、ランドルフ、フィオレッラ(フィオ)、フレデリック(フレッド)、ジルド、リゼット、レオノーラ、セオドア(テッド)の8人が所属している。
皆それぞれ魔物を倒す力を持っているが、魔物討伐専門の団にしては少人数である為、探索、経理・事務作業、料理、掃除・洗濯、ポッドの操縦等々得手不得手はあれど全員が一応全てこなせる。なのでヴィアも料理を作れるし、フィオはリーダーの代わりに仕事の下調べが出来る。専門の分野を作ってしまっては一人にかかる負担が大きくなるし、病気で寝込んだり何らかの事情でラーズグリーズから抜けたりする者が出た場合、その分野が立ち行かなくなるという事を懸念してのヴィアの方針だ。
それぞれヴィアに影響を受けたり救われたりして集まったメンバーという事もあり、みんな個性はバラバラだが非常に仲がいい。中でもラーズグリーズ結成のきっかけともなったヴィアとランドルフは知り合って2年とは思えないほどに仲がいいし息が合っている。依頼は酒場などで情報収集しつつ拾ってくる事も多いのだが、何しろヴィアが、酒が入ると言葉数とスキンシップが多くなるので、護衛と見張りだと称してランドルフが必ずついて行くし、彼女が単独行動をしていたら迎えにも行く。ほぼ常時一緒にいると言っても過言ではないのだが、その理由についてエドワードが手に入れた連絡先を有効利用し、通信機を使ってランドルフに問うと、
「言っただろう。リーダーは俺達のボスで恩人だからだ。それとヴァージルの為にもな」
と答えが返ってきた。
「まずそこからだ。そもそも恩人って何だ?ヴァージルが彼女に助けられたのか?」
「長くなるぞ」
「明日はオフだ。テーブルに酒も用意してある。飲みながら聞くから思う存分話してくれ」
「お前な……俺は明日も仕事だぞ」
そう文句を言いつつランドルフは話し始めた。
特産物に類するものが平和の象徴である鳥『コンコルディア』であった島・ヘレスは、その昔、鳥などが特産物であっても富は得られないと、買い付けてきた物質と島で採れるものとで爆薬や毒物を作り、それを売る事で徐々に世界に対する影響力を強めていった。その内コンコルディアの血と骨を使うと爆薬でも毒物でも最高品質のものが出来ると発見。更に国力が上がり、調子に乗った結果コンコルディアを乱獲、絶滅寸前まで追い込んだ。
平和の象徴の鳥を持つ国が破壊行為に用いる道具を作る事、ヘレスが売った爆薬や毒物が看過できないレベルに世界に広がり、犯罪行為が増えた事で世界中から非難が集まった。そうして世界から孤立し、それらの危険物を作る為の素材となり得るものをヘレスに売るのは全面的に禁止となった。
コンコルディアは絶滅寸前、爆薬や毒物の売買も出来なくなったヘレスの民は、混合物を作り出す技術に長けている事を生かし、人材を派遣することで細々と国を存続させて今に至る。が、近年になってまた不穏な噂が湧いてきた。コンコルディアの血と骨の代用になるものを発見したのだという。それがランドルフの国『シュトラール島』の“希少鉱物ステラが採れる洞窟内で死んだ人間”の眼球、血液、臓器だった。そうと知れたのは偶然である。ヘレスの売人がステラを無断で採ろうとしてシュトラールの民に見つかり、揉み合った結果、民が殺された。そこで流れた血に反応して輝いたステラを見た売人が、反応するのが血のみなのか調べようと遺体を解体して分かったのである。不思議な事に反応を示したステラそのものは代用品にはならない。売人はステラの採掘よりも手軽に代用品が手に入ると喜び、次の“素材”を探しに出たが、一部始終を隠れて見ていた少年が近くの住人に報告、洞窟内を確認した大人が少年の話は事実だと知り、急いで売人を追って身柄を確保した。
捕まった売人は
『素材は他国の人間を使う』
『完成した物質はこの国にのみ独占的に売る』
『その物質を使って作った物は自由に売ってもいい』『ただ我々に洞窟内を使わせてくれるだけで、この国は何もせずに富が得られるのだ』
と取引を訴え、役人と、立ち合った騎士団副団長は王に報告。王は
「他国の人間であろうが人を犠牲にして出来るものに興味はない」
「そもそも、もし我が国でそのような事が行われていると知れたら、ヘレスのように世界から孤立して民に難儀を強いる事になる」
「いざとなればヘレス側は我が国に全責任を負わせるつもりだろう。売人などの言う事を信用するな」
と取り合わなかったが、場にいた大臣の一人が興味を示し、
「では、殺すのは我が国の罪人に限るという事にすればいいではないですか」
「売人個人が信用できないなら、あの者を一度国に返し、ヘレスの王と書面を交わしての正式な契約にすればいい」
「これで我が国の罪人は減り、国は豊かになり、民に難儀を強いるどころか幸せになれます」
と王の説得にかかった。
賢明な王は勿論そんな事にも耳を貸さなかったが、その大臣が独自に売人と通じて、よりによってシュトラールの王子であるヴァージルを、大臣に同調した役人を使って誘拐した。要求は『ヘレスと正式に書面での独占契約を交わし、協力してこの国の罪人を使って特殊兵器を作る事に同意する』こと。更に『契約締結を確認次第王子は開放する』『この要求が容れられない時は王子には素材になってもらう』と脅してきた。
「バカな事を!こんな要求受け入れられるはずがなかろう!!」
国王は端的に言うところの脅迫状を床に叩きつけた。良識のある大臣は悲痛な表情を浮かべ、役人は誘拐を阻止できなかった事を謝罪し、ランドルフ王子は厳しい表情で投げ捨てられた書に目をやる。
「……父上。返答の期限はいつと?」
「一週間後だ。しかし何を言われようと余の考えは変わらん。息子を救いたいがために国を売る事は断じて出来ん!」
「であれば私がヴァージルの代わりに人質になります。先方にそうお伝え願えますか?」
ランドルフ王子のこの発言に場にいた者達はざわついた。王が“要求は受けない”と断言しているにもかかわらず身代わりになるという事は、王子は“弟に代わって死んできます”と宣言しているも同然だからだ。彼がそう言い出した理由を皆は分かっている。
しばし呆然とした後、王は怒りの形相でランドルフ王子を見た。
「本気でそんな事を言うのか?!余がそんな提案に乗ると思うのか!」
「無論本気です。私は兵士養成校を出ており、成績も優秀であったと自負しております。ヴァージルは私とは違い、王の後を継ぐために帝王学を学んできました。兵士として訓練を受けた身である私であれば奴らの手から脱する事が出来る可能性もありますし、万一それが叶わなくとも後継ぎとしての教育をしっかり受けてきたヴァージルがいれば……」
「やめないか!ヴァージルは大事だ!失いたくなどない!しかしそなたとて“たった一人の姉の大事な忘れ形見”なのだ!ヴァージルと引き換えになど出来ん!」
「この国の為です。亡き両親も責めはしません。それにこのまま手をこまねいてヴァージルを見殺しにするくらいなら、私は奴らに一矢なり報いて死にたい」
「ランドルフ!!」
「陛下、ランドルフ王子、期限までには一週間ございます。その間我々騎士団が必ずヴァージル王子を救い出してみせますゆえ、この場は私に預けていただけませんか?」
そう間に割って入ったのは騎士団長のマクシミリアンである。彼は文武ともに優れた人物で、文官からも騎士団員からも厚い信頼を寄せられている。王も例にもれずその一人なのでマクシミリアンの言葉を聞き入れてこの場は解散となり、ランドルフ王子は王と一度視線を合わせて一礼すると、もの言いたげな養父から視線を外して王の間を出て行った。