その名はヴィア 4
ヴィアとランドルフがポッドに帰ると一人の女性が出迎えた。
「あ!リーダー、ランドルフさん、おかえりなさい」
「たっだいまー。って、フィオ起きてたの?」
「うん。依頼がきたから、その島の地形とか調べていたらこんな時間になったの」
「わっ!ごめん!任せてしまって」
「いいですよ〜。得意分野だもん。実戦ではリーダーが軸になるんだから、こういうのは任せちゃって」
「フィオ〜!ありがとう!もー大好き!」
ヴィアはフィオに抱き付いた。自分よりかなり背の高いリーダーの体を支えながら、フィオはランドルフに視線を向けた。
「リーダー酔ってます?」
「ああ。少しな。明日何をしていたか本人に教えてやる」
「え〜?ちゃんと覚えてるよ」
「記憶があるという事と自覚があるという事は、案外隔たりがあるぞ。まあ明日改めて自覚するんだな」
ヴィアは頭の上にいくつものクエスチョンマークを浮かべているような表情をしてフィオを見た。今までにも記憶がありつつ“やらかした”事を知っているフィオは笑ってごまかし、
「あー眠い!眠たいです!さ、リーダーも明日に備えて寝ましょー!」
と、ヴィアの背中を押して部屋へと誘導していった。
「ちょっと待って!貝!頼まれてたムール貝とお土産にもらった牡蠣とかマテ貝とか!厨房に持って行かなきゃ」
「それは俺が持って行く。リーダーはもう風呂入って寝ろ。フィオも」
貝が入った袋を取り上げ、ランドルフは二人にそう促した。が、ヴィアは更に付け足して言う。
「牡蠣は私がコキーユ作りたいから置いててねってフレッドに伝えてくれる?」
「分かった。それだけだな?」
「あ、あとね、フレッドにもある程度仕込みが終わったら休むように言っておいて。また夜通し起きていたら怒るよ!って」
「はいはい」
「あとね」
「なんだ。まだあるのか?」
「迎えに来てくれてありがとうね、ランドルフさん。あなたも早く寝てくださいね」
「……そうさせてもらう」
「じゃ、おやすみなさい!」
「ああ、おやすみ。二人とも」
とっとと行けと言うようにランドルフは手を振った。そして二人が楽しそうに話しながら部屋へ向かって行く様子を見届けた後、厨房へと歩き出した。
翌日、出発の準備をしているとエドワードから連絡が入り、彼らも今から国に帰るのでその前に挨拶がしたいという。約束の時間にヴィアとランドルフがポッドから出ると、エドワードとスクードの騎士たちが整列して待っていた。
「わっ!待たせてしまいましたか?ごめんなさい!」
「いや。着いたのは十分ほど前だよ。こちらこそ、ヴィアさん達も出立の準備で忙しいだろうにすまないな」
「大丈夫。もうほとんど終わっているから。それに私の方から挨拶に行こうと思っていたし。……色々迷惑かけちゃったし」
「迷惑?君のお陰であれほどの大物相手に犠牲者も出ず、俺達だって早々に国に帰れるんだから、感謝しかないよ」
「役に立てたのは嬉しいけど、やっぱり一介の魔物ハンターが騎士団長さんに命令して失礼だったかなって思うし、それに……」
急にヴィアが顔を赤らめもじもじとし出したもので、エドワードは首を傾げ、騎士団員たちは顔を見合わせた後に興味津々でヴィアの言葉の続きを待った。
「それに昨日は私少し酔っちゃってて、その、光剣の事もそうだけど、ちょっと気安く触りすぎたり声が好きだとか何か、いくらなんでも初対面の人に馴れ馴れし過ぎたと思って。ごめんなさい!」
そう。ヴィアは前日、話をしながらエドワードの肩や背中を笑いながら軽く叩いたりしていたのだ。しかしいわばそれだけの事で、エドワードは今一つヴィアの謝罪の意味がピンとこず、ランドルフへと視線を送る。すると彼は軽く溜息をついて肩をすくめた。
「リーダーは酒が入ると思っている事を何でも口に出してしまうし、スキンシップが多くなる。その時は本人も分かってやっているんだが、大体が翌日になって思い出しては恥ずかしがっているのでな。基本的に人馴れしていないから加減が分からんらしい」
「え?それだけ?いや、恥ずかしいと言ってる女性にそれだけっていうのも失礼だけど。声が好きとか誉め言葉でしかないし、俺は嬉しかったぞ」
「俺もエド相手ならあの程度は気にしなくても大丈夫と思うがな。老若男女誰でも関係なくやらかすもんだから、常日頃注意している。俺達は酒場で情報収集や依頼を拾うのが基本だから酒は切り離せないし、気安く触られて勘違いする男も出てくるだろう」
「なるほどな。それは確かに問題だ。それにしてもランディ、お前まるで保護者だな」
「リーダーは恩人であり俺達のボスだ。被保護者だなどと思った事はないぞ」
「どちらかと言うと先生だよね」
ニコニコと笑って顔を覗き込みながらヴィアが言い、ランドルフはヴィアの頭に手を乗せグイっと下へと押さえつけた。その様子を内心意外に思いつつエドワードは見ていた。
ランドルフはヴィアがそう評価した通り、非常にとっつきにくい性格をしている。よく気が付くし面倒見も良く、慣れれば気の良い人物だと分かるのだが、いかんせんそこに辿り着くまでのハードルが高すぎる。
学生の時、同級生の中でも特に目立っている二人がケンカをした事があった。その二人が「お前はどちらにつくんだ」とクラスメイトに聞いて回り、クラスを二分しての争いに発展しそうになったのだが、ランドルフが
「ケンカなら二人でやれ。他人を巻き込むな。迷惑だ。その二人に乗せられて大事にしている連中、貴様らもバカか。こんな幼稚な連中と実技の演習を行わねばならんとは頭が痛くなる」
と言い放ったり、サバイバル訓練では、火を起こせない女子から「やってくれ」と頼まれたところ
「自分でやってこそ意味があるものだろう。出来ないからと他人に頼っていては一生出来ん」
と切り捨てその女子を泣かせた上に、他の男子も手を出しにくい状況を見事に作り上げた。そんなエピソードが山ほどある。いずれにしても正論ではあるのだが、容赦がないので皆から距離を置かれるし、本人もそれを気にしていない。エドワードが「わざわざそんな言い方をしなくても、もう少し優しい表現の仕方もあるだろうに」と言った事もあるのだが、
「婉曲な言い回しをしては正確に伝わらん事があるだろう。その度に“こういう意図で言ったのだ”と説明するのは無駄な手間とは思わんか?そもそも何故こちらがへりくだってやらねばならん。バカバカしい」
と取り付く島もない。そんなランドルフがヴィアとは普通に仲の良い男女のように接しているのは、意外としか言いようがない。
(それに“俺達”と言ったな。しっかり仲間意識も持っているって事だ。しかしランディが酒場で情報収集……いいのか?)
エドワードがこう思ったのには理由がある。実はランドルフは高貴な家柄の出で、遊学するとしても図書館や学校関係など、まず荒事が関わってこない場所にするものだと思っていたのだ。ヴィアは知っているのだろうか?しかし知らなかったとして、ランドルフがそれを隠しておきたいなら下手に言うものではないしと、とりあえずこの場は余計な事は言わない事にした。
そうしてしばし雑談をしていると島の人達も見送りに来て、昨夜の厨房の女性がファイルと貝が入っているらしい袋を差し出した。見るとファイルには貝を使ったレシピの数々が挟まっており、袋には何種類もの貝が大量に入っていた。
「レシピは皆でおススメのものを書いて持ち寄ったんだよ。貝は今朝採れたての新鮮なものだから、美味しい事は保証するよ」
「嬉しい!ありがとう!でも昨日も服と貝をもらったし、ここまでしてもらっていいのかな?」
「いいって!ヴィアちゃんが来てくれなかったら討伐にもっと時間がかかったっていう話だし、その間あのどデカい魔物に暴れられていたら海産物にどれだけの被害が出ていたか分からなかったしね。むしろヴィアちゃんに仕事料を払わなくてもいいのかと、こっちが申し訳なくなるよ」
「じゃあ今回はこれが仕事料って事で、ありがたくもらっておくね。次からはちゃんと買いに来るから」
「こっちも次に魔物が出たらヴィアちゃんに依頼するからね」
「出ないに越したことはないけど……その際にはよろしくお願いします」
そのやりとりを黙って見ていたランドルフがふと時計に目をやり、ヴィアの肩に手を置いた。
「リーダー。そろそろ行くぞ」
「あ、うん。そうだね。じゃあ名残惜しいけど、また来るね!スクードの皆さんもありがとう!仕事柄そうはいかないかもしれないけど、大きなケガをしないよう気を付けてね!」
そう言って手を振り二人はポッドに向かった。途中、貝とファイルをランドルフが取り上げ持ってやっているのが目に入り、その紳士的な姿にエドワードは内心(後で色々聞きだしてやろう)と、実はこの期に及んで初めて知った連絡先を有効利用しようと決めた。
このアルメハ島での一件は瞬く間に地上に広まった。スクードは騎士団を擁する国の中でも強さにおいてはトップクラスで、そのスクードの騎士団が退治に苦労していた魔物を、一人の年若い女性が参戦した事で瞬く間に討伐せしめたと、双頭の魔物討伐に加わっていた人間が知り合いに話し、その人物がまた他の知り合いに話して、気が付けば噂が広まっていたのである。その規模の魔物は未だアルメハ島に出現した個体しか目撃されておらず、未知の魔物に対して、戦う術を持たない国々が「我が国にその規模の大型の魔物が出たら……」と不安に思い、調べて初めて魔物討伐チームというものの存在を知った者も多い。お陰で他の魔物討伐専門家たちも仕事が増え、その多くはヴィアの活躍によるものとして好意的に見ているが、中にはやはり女が率いる弱小団と侮り、仕事を横取りしようとするチームや、自分たちでもその程度の事は出来たと僻む者もいる。そういった者達も含めて魔物討伐チーム『ラーズグリーズ』とリーダー・ヴィアの名は有名になったのであった。