その名はヴィア 3
結局その後2時間ほどしてからヴィアとランドルフ、エドワードとスクードの騎士の一部は店を出た。もちろん本来の目的のムール貝とお土産の牡蠣などを大量に持って。
しばらく歩いた所でふとヴィアが「あ、そうだ」とエドワードを振り返る。
「エドワードさんに一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「いいよ。まだお礼もしていないし。何だ?」
「エドワードさんの光剣、ちょっと持たせてもらっていい?あなたと波長が合ったものだから私では反応しないのは分かっているけど、どんな物か持ってみたくて」
「ああ。どうぞ」
あっさり承諾したエドワードはヴィアに光剣を渡した。珍しそうにいろんな角度から見るその目は好奇に満ちている。
「これ、どうやったらブレードに当たる部分が出るの?」
「出そうと思ったら、かな。念じるという程のものでもないけど、使う気になったら勝手に出る感じだ」
「へえ。便利だね。こうかな?」
柄を両手で持ち、眉間にシワを寄せて念じるフリをする。光剣の装飾に使われているステラはエドワードと波長が合っているのだから、他の者では基本的に使えない。なので周りにいる者達はエドワードをはじめ、ブレード部分が出るとは思わずに、ただその眉間にシワを寄せている様が可愛くて微笑ましく笑っていた。……ランドルフを除いて。
その皆の笑顔が一瞬のうちに驚愕に彩られたのは直後の事であった。光剣の柄からエドワードですら見た事がない光が発せられ、それはヴィアの剣へと収束して収まった。当のヴィアもポカンとして柄だけに戻った光剣をしばし眺める。
「……え?うわっ!ごめんなさい!これ、使えなくなっていないよね?エドワードさん、試してみて!」
慌てて光剣をエドワードに返しつつ、頭を下げる。まだ呆然としていた彼は柄を受け取ると、ブレード部分を出現させた。
「大丈夫。問題ないみたいだ」
「でも、なんだか海蛇の時と光り方が違う気がする」
「言われてみれば……。まあでもメインウェポンじゃないし、不具合があるようならシュトラールに持っていって見てもらうよ」
「うう……。もし修理とか買い換えが必要なら一生かかっても弁償します……」
「そうだな。もしそうなったら厄介な魔物討伐の際にタダで手伝ってもらおうか」
「あ、それなら勿論」
「いや、冗談だ。物品の弁償の為に命を賭けろなんて言うわけがないだろ」
「でも、そうでもしないと私の気がすみません!やりますやらせてください!」
「その前にリーダー、自分の剣を見てみろ」
「え?」
ランドルフに指摘され、自分の剣を見ると小さく光を放っていた。ヴィアはまさかと思い剣を抜いて皆から距離を取り、片手を刃にかざす。すると剣から放たれていた光がヴィアの手に吸い込まれ、彼女は「うん、分かった」と頷いた。
『顕現せよ魔を滅する光の刃』
そう呟き刃で指を切るとヴィアの剣が形を変え、刃が光剣のそれになった。
「おお〜。凄い。こんな感じなんだ」
感心したように言い、二度三度と剣を振った。夜の闇に美しい光の軌道が描かれる。そうして鞘に収めるとその光は消えていった。
再び呆然と見守っていたエドワードの前に立ち、ヴィアは困ったように頬を掻きながら「え〜っと」と説明を始める。
「私の剣は成長する剣だって話したでしょ?どうやらあなたの光剣を記憶したみたい。あなたの剣に関しては悪影響は与えてないって」
「悪影響は?って……君、剣と会話出来るのか?いや、自分でも何を言ってるか分からないけど」
「正確には剣に宿っている宿主みたいな?言葉を交わす事は出来ないけど何を伝えているかは分かるよ。あと悪影響はないけど、ちょっとステラに干渉しちゃったから今までになかった機能が付いたみたい」
「今までになかった機能?」
「うん。遠隔攻撃可能になったって事だよ。距離とか威力は本人の能力に依存するだろうから、切羽詰まった状況じゃない時にでも試してみて。使い方は多分普段と一緒でそうしようと思ったら出来ると思う。出来ると思い込めるかどうかがポイントになるかもしれない」
「えっと……ありがとう?」
「あはは。意味分かんないよね。ごめんなさい。ともかく、もし本当に光剣に不具合があったら弁償しますから言ってきてくださいね」
そう言ってメモに連絡先を書いて渡した。
「仕事の依頼は上、弁償の件なんかで個人的な連絡をする場合は下の番号で。仕事はあればあるだけ有難いから気軽にどうぞ」
「しっかりしているな。魔物討伐の専門家には知己がなかったから助かる。今度から何かあれば君に依頼するよ」
「ありがとう!女がリーダーだからってなかなか依頼が来なくてね。まだ少ないとはいえ仲間の生活もかかっているから助かります!」
満面の笑みでエドワードの手を両手で掴む。あまりにもいい笑顔だったもので思わず彼もつられ笑ってしまった。
そうしてヴィアとランドルフはポッドの停留場へと向かっていった。エドワードと騎士達も宿屋に戻りつつ話す。
「あの子、明るくて可愛いけど不思議な感じの子でしたね」
「ああ。そうだな。本当に可愛かったけどな」
エドワードがサラッと“可愛い”に同意したもので、団員達は意外そうな顔を見合わせた。団長はああいったタイプが好みだったのかと。エドワードは真面目ではあってもそれは職務上の事で、普段は気さくで人当たりも良い事から、ヴィアみたいに明るく、話していて楽しいタイプの女の子とも合うとは思うが、皆なんとなく大人しく女らしいタイプが似合うと思っていたのだ。
「団長、個人的な連絡先も教えてもらったし、アプローチしていったらいかがですか」
一人の騎士がエドワードに言うと、彼は笑いながら肩をすくめる。
「そんな時間の余裕があればいいな。それに残念ながら彼女には大事な人がいるらしい」
「え?!そうなんですか?こう言ったらヴィアさんに失礼ですが、恋人がいるタイプには見えませんでした」
「ああ、それ分かる。魔物討伐チームのリーダーで、しかも戦い慣れしている感じが凄かったもんな。あの年の女の子で、現場に来た瞬間に状況確認と指示出しをした後に一人でデカい魔物に突っ込んでいくって、ちょっと普通の男じゃ気遅れしそうと言うか」
「失礼だぞ。本人の能力とそういった普段の女性としての部分を一緒にするな。それに、あの年の“女の子で”と言うが、性別は関係なく彼女は魔物討伐のプロなんだよ。戦っている時の彼女、精神状態が非常に安定しているように見えた。興奮するでもなく、無論楽しむでもなく」
「それって魔物討伐は日常生活の一環と捉えている、という事ですか?」
「恐らくは。そこに至るまでの境遇を想像すると単純に称賛も出来ないけどな」
数年前まで目が見えなかったとの事だが、短剣だったというあの魔剣が現在男が持ってもおかしくないサイズであること、戦う際の身のこなしが一朝一夕で身につくものではないことから、恐らく彼女を育てたフォルトゥムという人物は戦い方も教えていたのではないかと思う。魔物が頻繁に出る場所に住んでいたのか、もしくは彼女が自分を探す為にこの道を選ぶと分かっていたのか。
そんな風に考えていると、団員の一人が
「ヴィアさんの恋人もやっぱり魔物討伐しているんでしょうか」
と言ってきた。
「いや……恋人ではないんじゃないかな」
「?しかし団長は大事な人がいると」
「大事な人とは言ったが恋人とは言っていないぞ。育ての親らしい」
「親、ですか」
部下の疑問は理解できる。しかしそうとしか表現できなかったのだ。ヴィアの、フォルトゥムという人物の話をする時の幸せそうな顔。あの様子では今は恋云々よりフォルトゥムを探す事で心はいっぱいという雰囲気だったから。
「ん?いや待て、お前達。そもそも俺がヴィアさんに惚れた前提で話すのはおかしくないか?」
「焚きつけなきゃ団長恋人作らなそうなんで」
「大きなお世話だよ。今は魔物の出現が大幅に増加していてそれどころじゃない。我が国だけでなく世界中でのことだからな。今回の海蛇にせよ、あんな大物が頻出するようになったら、戦える人間が限られている現状、どれだけの犠牲が出るか……浮かれている場合じゃない」
表情を引き締めた団長を見て、団員達も軽口を慎んだ。それほどに魔物の増加が著しいのだ。ただ増加したのではなく強くなっていっている。今回の海蛇も、ヴィアが来なければもっと討伐に時間がかかったはずだ。犠牲者も出たかもしれない。
どの国も騎士団を抱えているわけではない。たとえ騎士団や傭兵がいたとしても、魔物相手の訓練はしていない。今はまだ対処できるが今後はどうなるか。不安にならざるをえなかった。