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その名はヴィア 1

 魔物討伐専門チーム『ラーズグリーズ』。2年ほど前に現れ、ここ1年でリーダーの名と共に地上では知らぬ者はいないほど有名になった一団である。

 名が広まったキッカケは1年前の魔物討伐にある。貝の島『アルメハ島』において巨大な双頭の海蛇の魔物が出現し、島の自警団、駐在していた他国の兵士、居合わせた腕に覚えのある男達が協力して討伐にあたったのだが失敗。大規模な騎士団を抱える鉄の島『スクード島』に応援を要請し、合流して討伐を始めたところ……


「何の騒ぎ?」


「ああ、お嬢さん。観光かい?タイミングが悪かったね。今ここの海はデカい魔物に荒らされていてね。現在討伐部隊が戦ってくれているけど苦戦しているんだ。危険だから早く逃げた方がいいよ」


「海の魔物?海上で暴れているの?」


「そうだよ。地上じゃないからここはまだ大丈夫……って、お嬢さん?!」


「私も行ってくる!」


「冗談だろ?屈強な男達や兵士達が束になって戦っても苦戦……おおーい!やめなって!死ぬぞ!」


 通りすがりの親切な男性が引き留めるのも聞かず、彼女は海に向かって走り出した。


 大きな島ではないので間もなく目的地に辿り着く。少し離れた場所からでも姿が確認できる大きさだ。見ると大破した船が散見され、岸からでは攻めあぐねているゆえに苦戦しているらしく、現在は鎧を着たメンバーだけで戦っている。その中の、最も豪華な服を着た騎士団長らしき青年の所に駆け寄った。


「加勢する!現在大破した船に乗っていた人たちは?」


「皆陸に上がって……って、女の子?!」


「じゃあ今は海に人はいないんだね?」


「ああ。しかし加勢はありがたいが危険だ」


「そんな話は後にして!あなたは皆を出来るだけ海から離して。今から私があいつを麻痺させるからその後に攻撃を!」


 とにかく他人の忠告に耳を貸さない彼女は騎士団長らしき青年が引き留めるのも聞かず海蛇に向かっていく。よく分からないが、いざとなったら助けに行けるよう心づもりだけはしておいて、とりあえず彼女の指示に従い皆を海岸から離す。それを確認した彼女は


『雷神よ。我が剣に宿りてその力存分に揮わん!』


 剣を抜くと呪文らしきものを唱え、その刃で自ら指を切って『リベラティオ』という言葉を口にした。すると剣が光を放ち稲妻をまとう。


「いっけえええぇぇぇぇぇ!!!」


 気合の声と共に剣を水面に叩きつけると、水面が震えて双頭の海蛇が雄叫びと共にのたうち始めた。海岸にいた兵士達を襲っていた魔物の頭部は攻撃に絶妙な場所へと倒れてくる。彼女はそこめがけて走りながら叫んだ。


「あなた達はすぐ頭部に攻撃を!麻痺はしているけど完全に動けないわけじゃないから気を付けて!」


「!……分かった!我が団は右を攻撃する!自警団や駐在兵、有志の皆さんは左側をお願いします!」


 信じられない光景にしばし呆然としていた騎士団長らしき青年は、彼女の指示で我に返ってすぐ行動に移った。

 その号令で左右に散った兵達は一斉に攻撃を開始した。それと同時に彼女は一人海蛇の頭部に飛び乗り、そのまま胴体めがけて走っていく。そうして蛇の体を蹴って飛び上がり、落下と共に胴体に斬りこむが、両断するには至らなかった。


「う~ん。さすがにこの程度では致命傷にならないな。どうしようか」


 のたうつ胴体を泳ぎながら器用に避けつつ考える。と、騎士団長らしき青年も蛇の胴体の上を走って彼女の所に来て手を伸ばし、再び胴体の上に引き上げてくれた。


「手伝う。胴体を斬ればいいのか?」


「うん。海にいる蛇はここ辺りに心臓があるから、多分それで倒せると思う」


「……なら俺の武器の方がやり易いな。ここは俺に任せてくれるか?」


「分かった。お願い」


 彼女の返事を受けた青年は剣を鞘に戻すとベルトについているポケットから20cm程の長さの、綺麗な装飾が施されたスティックを取り出した。


(光剣?)


 先刻彼女がしたように蛇の胴体を蹴ってジャンプし「離れて!」と声を上げた直後、青年の持つスティックから光が剣状に伸びて、落下の勢いで胴体を一刀両断した。海蛇は断末魔の咆哮を上げ、絶命するとその体は消滅した。岸で歓声が上がる。青年は一つ息をついてから彼女の方を見て微笑んだ。


「ごめん。また海に逆戻りさせてしまったな」


「泳ぐのは好きだから平気」


「そうか。それは良かった。とりあえず岸に戻ろうか」


 そうして二人は泳いで岸に戻った。海岸まで出ると瞬く間に討伐に関わった人達に囲まれてしまう。「お嬢さん凄いな!」「この島の救世主だ!」等々皆から賞賛される中、青年が彼女に向かって手を差し出した。


「ありがとう。君のお陰だ」


 彼女は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後に顔を真っ赤にし、手を拭こうとして服がびしょ濡れである事を思い出し躊躇したが、構わず青年はその手を握った。


「あはは。突然でしゃばってきて偉そうに命令してごめんなさい」


「いや。本当に助かった。俺はスクード騎士団団長エドワード・アレン。君は?」


「魔物討伐専門チーム『ラーズグリーズ』リーダー、ヴィアです」


 お互い名乗り終え、一度かたく握手をして手を離した。と同時に歓声が上がり、今夜は酒盛りだーと盛り上がる男達にヴィアがもみくちゃにされそうになる。しかしエドワードが間一髪ヴィアの肩を抱いて引き寄せ救出した。


「ずぶ濡れの女の子相手に何をしている!まずはシャワーを浴びて着替えてもらうべきだろう!君、着替えはあるか?」


「ああ、いいですよ。ここにはムール貝を買いに来ただけですから。近くにポッドを待機させていますし、戻って……」


「とんでもない!島の恩人をこのまま帰したんじゃアルメハの男の恥だ!俺の妹が服屋を営んでいる。礼に好きな服を選びな!」


 アルメハ島の大柄の男性が言う。ヴィアは遠慮したが騎士たちまでもが「タダが心苦しいなら俺が金を払うよ」と言い出したもので、ありがたく服を選ばせてもらった。そうしてシャワーも浴びさせてもらい、着替えて酒盛りにも付き合う事になる。


 小型の通信機で、ポッドで待機中の仲間に事情を話し、帰りが遅くなる旨を告げた後、ヴィアは宴会場に戻った。案の定盛り上がった男達に次々酒を注がれるが、エドワードが自分のテーブルに呼んでくれたので酒を注がれたコップを持ったまま移動し、彼の向かいに着席する。


「助かったー。ありがとうございます」


「あはは。みんな悪気はないんだけど、こういう時はどうしても羽目を外しがちだからな。女の子を巻き込んじゃ可哀想だ」


「大丈夫。悪気ないのは分かってますよ。みんないい顔でお酒すすめてくれるから。ただ、私あまりアルコールに強くないんですよね〜」


「って事は飲める年齢ではあるんだ」


「あ、私そんなに子供に見えます?これでも二十歳なんですけど?」


 ムッとしてテーブルに手を付いて中腰になるとエドワードに顔を近付ける。アルコールに強くないとの自己申告通り少々酔っているのか、顔が赤い。


「あ、いや。子供には見えないよ。うん。一応確認というか……」


「なんてね。冗談ですよ。だって私、魔物討伐なんてやっているし、同じ年頃の女の子達みたいに綺麗にしていないから、実際より年下に見られるのは仕方ないよ」


「ごめん。本当に確認しただけだから。子供には見えないよ」


 その台詞を聞いて同席している騎士が嬉しそうな顔をして


「お?団長、ヴィアさんを誘ってる?珍しい!」


 などと言う。この騎士は明らかに酔っている。


「誘ってるってなんだ?」


「子供じゃないんだろ?とか言って迫ったり」


「は?失礼な事を言うな。今から大事な話をするからお前は向こうへ行け。しっしっ!」


 手をヒラヒラと動かして冷やかしてきた騎士を追い払う。すると


「ごゆっくり!皆にも二人きりにするよう言ってきます!」


 と、嬉しそうに言って去って行った。

 残った二人は一瞬真顔でお互いの顔を見て、エドワードは赤面して困ったような表情を浮かべ、ヴィアは笑う。その笑顔を見てエドワードは内心(あ、可愛い)と思い、自然に表情が緩んだ。

 ひとしきり笑った後、エドワードは表情を改めてヴィアに向き直った。


「君のあの武器、雷系の魔法剣なのか?あんな形状の武器は初めて見た」


「雷系というわけじゃなくて、“剣が覚えている”属性が使えるの」


「剣が覚えている?」


「うん。私、物心ついた時には親がいなくてね。目も見えなかったからのたれ死ぬところだったのを、拾って育ててくれた人がいたの。その人が言うには森で倒れていた時に私が唯一持っていたのがその剣だったみたいで」


「目が見えなかったって……まさか今も?」


「ううん。数年前に、それまで見えなかったのが嘘みたいに見えるようになったから、今は大丈夫。それでね、その人がこの剣が何かを知っていたみたいで、これは魔剣だって教えてくれたの。剣が戦いを記憶していって成長していくって」


「成長?」


「物理的にもね。私を拾った時には短剣だったそうだけど、今はこの大きさだもん。これ以上大きくなったら困るなあと思っているところ」


「それはそうだろうな。今でも女性が持つには少し大きいし。で、その人は今は?」


「目が見えるようになった時には姿を消していたから、今はどこにいるのか分からない。魔物討伐を始めた理由の一つはその人を探す事でもあるんだ」


「そうか……その人の名前とか、他に何かヒントになるような事は?俺も気にかけておくよ」


「ありがとう。気持ちは嬉しいけどほとんど名前しか知らないんだ」


「ああ、見えなかったんじゃ特徴の知りようもないよな。じゃあとにかく名前だけでも」


「……“フォルトゥム”っていうの。年齢は分からないけど、いなくなる直前の5年前でも声は若かった」


「フォルトゥム……君のヴィアもそうだけど、あまり聞かないタイプの名だな」


 そう言いつつ手帳を取り出して名前をメモするエドワードに、頬を少し赤く染めて嬉しそうにヴィアは頷く。


「うん。私の名前もフォルトゥムが付けてくれたんだ。ファーストネームしかないけど大事な名前なの」


 その幸せそうな顔に、フォルトゥムという人物が余程彼女を大切に慈しんで育てたのだと分かる。なかなかにハードな生い立ちだと思うのだが、本人がいたって明るく、昨日食べた食事の話でもするように「のたれ死ぬところだった」だの「目が見えなかった」と言っているところを見ると、そんな事は問題ではない程にフォルトゥムとの生活は幸せだったのだろう。

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