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プロローグ

 無機質な白い廊下が続くその場所に少女が倒れていた。そこを通りかかった男達が少女の傍で立ち止まる。


「何故子供がこのような場所に?」


「“隙間”に落ちたのかな。とはいえ普通はここには入れないよねえ。何だろ?バグかな?」


 男達が少女を取り囲んで不思議そうに見守る中、その背後から更に1人の男が現れて少女を冷たい瞳で見下ろした。その男は少女の傍で片膝をつき、胸の下あたりに手を当てる。


「目が覚めてここを見られては面倒だな」


 男の手から発せられた光によってまだ小さな少女の体に無残な赤黒い穴が開いた……はずだった。が、それは見る間に修復されていき、裂傷痕のみが残る。周囲の者達は皆信じられないものを見てざわつく。冷たい目を持つ男も最初驚き目を見開いて、次いで軽く笑んだ。


「ほう。これは興味深い個体だな。あるいはここに入ってきたのも何者かの導きか」


「チーフ、どうしますか、これ?誰かに送り込まれたんだったら厄介じゃないんですかね?」


「ふむ……。とりあえず目印を付けておく。その後に捨ててこい」


「ここから?さすがに死ぬんじゃないですか?」


「もしそうなったらそれまでの話だ。そんな個体に興味はない」


 言い置いて“チーフ”と呼ばれた男は再び先刻と同じ場所に手を当て、傷痕の上に焼印のようなものを付けた。その作業を済ませた後、ずっと会話をしていた男の方を向く。


「ナイン。捨てるのはお前に任せる」


「了解しました。適当に投げ捨ててきますよ」


 “ナイン”という男はわざとそのような物言いをし、皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめた。

 “チーフ”はもう少女の方をチラとも見ずに歩き出した。ナインはすぐに少女を小脇に抱えて廊下を歩いていきエレベーターに乗ると最上階まで行った。そうして外へ出る。そこは雲より上空にあり、そんな場所から少女を無造作に放り投げた。何か不測の事態が起きないかと期待半分で注意深く見ていたが、何も起きる事なくただ落下していく。


「ただのイレギュラーだったのか?まあ俺にとってはどっちでもいいけどね」


 興味を失くしたように言い、ナインはまたエレベーターに乗り込んだ。その直後、小さな光が少女の後を追うように落ちて行った。




 世界はひとかたまりだった。


 地上・中空に大小様々な国が存在し、中空にはいくつもの箱庭のような島が浮かんでいて、その島ひとつひとつが『国』である。地上から中空への移動にはそれぞれに通じるエレベーターがあり、大多数の人々はそれを利用するが、商人や運び屋、魔物討伐専門のチームなどは専用の足として空を飛ぶ乗り物『ドラゴンズポッド』、通称『ポッド』を用いる。そして上空にも中空の様な島があるが全容は知られておらず、また移動手段も知られていない。

 『国』はそれぞれに特産物があり、特産物はその国以外では入手できない事から交易が盛んで、世界はそれで成り立っている。例えば葡萄が特産物の国があれば、たとえ他国が種を植えたところで実らない。加工は出来るのでワインなどを造る事は可能だが、やはり産業として産出国の加工品が質も良いし信用が高い。そういった事情で特産物およびその加工品がその国の特色になる。

 武器に使用する鉱物などが特産物の国では兵士も重要な交易の材料で、十分な兵力を持たない国への派遣を行っている。彼らの主な任務は魔物退治だ。そう。それほどに世界は魔物が跋扈(ばっこ)しているのだ。それでも以前は街中にまで入ってくる事は稀だったのだが、ここ十五年ほどで急激に街で人が襲われる事例が増えた。


 上空の島『ファルサ・エデン』。詳細は不明とされる上空の島の中で、ここだけは地上や中空の人々にも広く知られている。ファルサ・エデンは通称“神の島”と呼ばれ、災害が起こり地上・中空の島に綻びが出来れば修復し、農作物の実りが悪ければその対策を施すといった、この世界のシステムを正常に保つ為に在る。

 各島にある図書館などの公的施設には大型の通信システムがあり、ファルサ・エデンへの直通回線が開かれている。そこを通じて自分達では解決できない問題の相談や要望を伝えられるようになっているのだが、昨今最も多く寄せられる声はやはり魔物に関する事で、ファルサ・エデンの主、『コンダクター』と呼ばれる男は麾下(きか)の兵士を遣わせ対応にあたっている。


 コンダクターは世界の王、または神として皆から敬愛され、頼りにされている。彼は世界のシステムをより良いものにする為に日々研究、その成果を無償で提供していて、例えば先の通信システムやドラゴンズ・ポッドのような機械関係の技術供与なども行なっている。

 滅多な事では人前に姿を現さないので目撃者は非常に少ないのだが、その希少な経験をした者達によると、彼は肌も髪も真っ白で全身から光を放っているのだという。一目で人ではないと分かる見た目に、優しい目が印象的な人物(?)で、なおかつ不思議な力を持っていたと。大きな地割れが発生し国が物理的に分断された所に現れた際は、その不思議な力を使って瞬く間に割れ目を閉じたとか、ある島に“赤い流れ星”と言われる火球が大量に降ってきた際には、島全体にバリアーのようなものを張り、被害を最小限にとどめたといった逸話がある。そのいずれもが突然現れ島を救うと、礼をしたいと言う人々に「怪我がある者はいないか?」「礼は人々の無事と言葉があれば十分だ」と言って姿を消してしまったそうだ。どうやら彼は突然の自然災害、中でも多くの人が命を落としかねない災害が起こった時には人の前に姿を現すらしい、という噂だ。

 だが国と国、人と人との諍いなどには基本的に介入せず、そういった面での影響力は発揮しない。あくまでも世界のシステムの運営に関わる部分のみで力を奮ってくれる。

 『ファルサ・エデン』の特産物はコンダクターという“人”そのものなのだ。


 そのコンダクターが険しい顔をしてスーパーコンピューターの弾き出したデータを次々と見ていた。そこへ一人の男がやってきて気遣わしげな目をコンダクターに向ける。


「そろそろ休憩をなさっては?」


『ああ。ありがとう。このデータに目を通し終えたらそうさせてもらおう』


 穏やかに微笑んで返すが、目眩がしそうな量のデータに目を通し終えるまでは休まないと宣言したようなものである。この人は穏やかな人柄に合わず頑固なのだ。


「それは何のデータなのですか?」


『この十五年の魔物の出現位置と数、それに関連して出現条件として予測しうる原因のデータだ。原因が分かれば事前に策が打てるのだが、どれも根拠として弱くてな。一体何が原因なのか……』


「私もお手伝いします。勉強中の身とはいえ一応補佐官なのですから」


『助かるよ。では検証に付き合ってもらおう』


 助かると言ってはくれるが、自分では殆ど役に立たない事を補佐官は知っている。いや、他の誰も彼の代わりは務まらない。もし何らかの形でコンダクターが失われれば世界は混乱し崩壊に直面するかもしれない。それ程のものを一人背負い生きる気持ちはどのようなものか。補佐官は上司の立場を思い、沈んだ表情を浮かべた。


『……どうしたんだ?』


「申し訳ありません。少し考え事を」


『そうか。では今は質問を控えた方がいいか?』


「いえ!何でしょうか?」


『魔物出現の頻度が大幅に増加した事に対する君の見解を聞きたい』


「そうですね……これまでの魔物の出現条件としては人心が不安定な時が殆どだったと記憶しています。ですがこの十五年は特に問題が発生していない地域にも出現しているので、何か……例えば何者かの手によって発生させられているとか」


『やはりそういった発想に辿り着くか』


「貴方は違うのでしょうか?」


『いや。私もそう思う。が、誰が、何の為に、どうやってと考えると行き詰まる。今の規模では単なる嫌がらせにしかならない。あるいはこれから何か起こそうとしていて、その為の布石か……』


「以前から疑問なのですが、人の思念の集合体である魔物が実体化し、物理的に排除できるのは何故なのでしょう?その集まった思念は物理的排除と共に失せるものなのでしょうか?」


 大真面目な顔をして補佐官が問う。無論実際に彼は大真面目なのだがコンダクターが軽く声を立てて笑ったもので補佐官は赤面した。


「それほどおかしい質問でしたか?」


『いや。それはまた根源的な問題だな。つまり君は命そのものに対する疑問を抱いている事になる』


「そんな大それた事は……」


『誰しも疑問を抱いたことがある問題だ。しかし考えるうちに得体のしれない恐怖を覚え、思考を停止してしまう。要するに人は知ってはならない、そこに考え至ってはならないとプログラムされているのだろう。まあ今はそういった話ではない。現に魔物は実体として存在し、人々の生活を脅かしている。現状物理的排除が有効であり、思念体が再集結して実体を形成する事例があったとしても我々にそれを確認する術はない以上、そちらに関しては対処法を変更する必要はない。問題なのは近年増加した魔物の方だ』


「そちらは思念体が基ではないのですか?」


『分からない。一見すると変わらず物理的排除が有効である点も同様だ。しかし何か違和感がある。故にこうして調べている』


 そうしてまたデータに目を落としては気になった点をメモしていく。そのメモを元に理論を組み立てスーパーコンピューターに新たな仮定を入力、シミュレーションをして結果を検証する。他の仕事をこなしつつ時間があればこれを繰り返している。普通の人間ではないとしても彼とて生身を持つ生き物だ。補佐官は彼の身が心配で仕方がない。


「……たまには息抜きに出られてはいかがでしょう?」


『ふむ。実地調査もした方がいいかもしれないな』


「そういう事ではなく」


『分かっている。冗談だ。しかし私が現れると何か大事が起きているのではないかと人々が恐れるのではないか?』


「あ……そうですね。貴方は一目見て貴方と分かってしまいますから」


 コンダクターは一言で言えば“神々しい”見た目をしている。たとえ顔を知らなくてもそうと分かってしまう程に。まとっている空気がすでに常人のそれではないのだ。


『気遣いは嬉しく思う。ありがとう。息抜きに関しては考慮させてもらう』


 こう言いつつ実現はしないだろうと補佐官は思う。彼はずっとこうだ。自分の力不足を痛感するが、落ち込むより先にしなければならない事は山ほどある。さしあたり補佐官は宣言通り検証の手伝いに専念する事にした。


(そう言えば近年急激に勢力を伸ばしている魔物討伐専門チームがあるらしいな。彼らならば何か新種の特徴を知らないだろうか)

『Crimson Snow』が思うように進まなかったため、今回もストックから別作品を出させていただきました。

 あまり作品数を増やしていくのもどうかと思うのですが、せっかく書いているものですから、こういった機会に披露させていただこうかと思った次第です。

 この作品については折を見て(折=Crimson Snowが進まない)また投稿するかもしれません。その際は宜しくお願いします。

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