57 トラウマ 一
膝枕の上のスローの顔は、胸に遮られて見えない。でも起きたみたい?スローはまだ意識がはっきりしないのか、もそもそ動いてはいるけど、起き上がる様子はない。もう少しゆっくりさせてあげよう。
でも……、スローは、いっこうに起き上がらない。
「スロー?目を覚ましてるの?」
「…はっ、雲の世界で天使の声が聞こえる。やっぱりここは天の国なんだ」
「…何言ってるの?スロー」
「あれっ、美奈子なのか?どこにいるんだ。雲に遮られて、何も見えないんだ」
私は、視界を妨げている胸を、身体をよじってどけた。なんだか緩んだ顔のスローが現れた。
「うゎ、美奈子!無事で良かった」
「起きられる?」
「ああ。よっとっ。ここは森…俺は今までどこに寝ていた…?まさか…膝…じゃあ顔のは…、む、む、む、…ああああ」
スローは暴れ出した。
「元気みたいね、よかった」
「あ、ああ。痛いところはない。あれ…、骨折れたはず…」
「そ、そそそ、そんなことなかったよ。け、今朝勉強したヒールで治ったんだよ」
「ヒールで…?どおりで傷一つない…。あれ?ヒールで骨?まあいいか。ヒール使えるようになったんだな。よかったな」
「うん、ありがとう」
「イノシシは?」
「あっち」
「ああ、でも…傷が一つもない、どうやって倒したんだ?…あれ?焦げたあとも…?」
うう、余計なことを…さっきのイノシシを思い出したら、気持ち悪く…。
「うっ…」
「おい、どうしたんだ、こいつにどこかやられたのか?」
「大丈夫、痛いところはないよ…少し気分が…」
「無理はするなよ」
「うん…」
「なあ、もう一人で行くなんて言うなよ」
「うん…一緒に来てくれてありがとう」
「…」
「今日は早いけどイノシシ一匹だけで帰る」
「そうしよう」
私はストレージゲートを出して、ゲートに手を添えるようなパフォーマンスもなく、イノシシの上からゲートをかぶせて、ゲートを閉じた。終始、無詠唱。魔法が届く距離も無視。スローは何か言いたそうだったけど、気を配る余裕なし。
ちなみに、屋敷のあったストレージは、物を入れるというより、自分が入るためのものだったので、一瞬でもそこに血なまぐさい物を入れるのは気が引けてきた。だから、屋敷のストレージとは別の空間を新しくクリエイトした。たぶん総容積が魔力依存なだけで、分割は自由らしい。総容積はそもそも分からないけど…。
しかし…。今日は獲物を二十匹くらい持って帰るつもりだったのに…。少なくとも、今日はもう獣は見たくない。明日はマシになってると良いんだけど。でないと、別の金策を考えなければならない。




