1 交通事故
気がつくと、私は道路のど真ん中に横たわっていた。高速道路、しかも追い越し車線だ。なんでこんなところに?慌てて中央分離帯に駆け寄る。
身体が重い。ふらついて思うように走れない。なんだか視界が狭くて、意識がもうろうとしている。
そうだ、子供が冬休みに入ったから、仕事の夫を置いて、子供二人と実家に遊びに行くんだった。埼玉の自宅から栃木の実家に向かって、我が家のファミリーカーであるSTIで、東北道を時速一八〇キロで走ってたはず。事故った?車から投げ出された?子供はどこ?
見渡すと、追い越し車線に停車しているSTIの後ろ姿があった。STIは剛性の高いファミリーカーなので、一八〇キロで衝突したって平気!あたりに子供の姿はない。中にいるのかな。投げ出されたのは私だけか。それでも助かったくらいだから…、お願い、無事でいて。
早く子供の顔を見たいのに、やっぱり足がもつれて、うまく走れない。身体のバランスもうまく取れない。車から投げ出されたんだから、どこか骨が折れててもおかしくないか。頭でも打ったかな。痛いところはないんだけど。
やっとの思いで車にたどり着いたときには、もう息が上がっていた。車まで百メートルもなかったように見えたけど、三十分走り続けたみたいに疲れた…。もう身体がガタガタ。起きたときからふらふらだったけど…。
それでも、なんとか左側後部座席のドアを取っ手をつかんだ。取っ手を引いてドアを開けようとしたけど、なかなか開かない。力いっぱい取っ手を引くと、やっとドアが開いた。衝突で車体が歪んで開かないのかと思ったけど、そもそも取っ手が引けてなかった…。
二人の顔を確認する。二人とも外傷はなく、すぴすぴ眠っている。さすがSTI。一八〇キロで事故った割には傷ひとつない。
左に座っているのは四歳の娘、名前はあいか。右に座っているのは七歳の息子、名前はゆうき。どちらもひらがな。私は美奈子という名前で、学校のテストの名前を書くのが煩わしかったから、子供に同じ思いをさせまいと、簡単に書けるようにひらがなにした。
一年生で漢字を習い始めたゆうきは、自分の名前を漢字でどう書くかと聞いてきたので、漢字ではなくひらがなで書くことを伝えた。すると、じゃあどんな漢字にしようかと、当て字を考え始めた。夜露死苦みたいなのはやめてほしい。
さて子供も無事だったし、車にも外傷はなさそうだし、何食わぬ顔で立ち去ろうかな。ははは。
ふと、ルームミラーに目を向けると、鏡の中にいる女神のようにやさしく微笑む、美しい顔立ちの女性と目が合った。誰・・・?何で私の車に乗ってるの?
そして、さらに鏡の奥を覗くと、運転席に座って目をつぶったままの私の姿。