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狩人のあばら家からマサヨシが離れても、雪は降り続いていた。マサヨシたちが森を抜けても、相変わらず、分厚い灰色の雲が空を覆っているのが見えたし、そこから、雪がふわりふわりと舞いながら落ちてくるのが見えた。例年であれば楽し気に見えていた光景も憎たらしく感じられる。
頭に被った帽子の中からオーイシが顔をちらりとのぞかせたが、忌々し気に空を睨むだけだった。
「交渉決裂とは、残念だったな」
「別に決裂はしてないよ。ただ、僕が先に出発しただけだ」
「それを決裂というのだ」
オーイシは呆れの息を漏らした。
実際、オーイシに言われなくても、マサヨシも決裂したと考えていたのではあるが、わざとそれを口にしなかったのである。どこか口にしてしまうと、本当にそうなってしまいそうであるという懸念が、マサヨシの頭の片隅にあったからかもしれないし、受け入れがたい現実から目を背けたかったのかもしれない。
とかく、しばらくは、狩人のことをマサヨシは忘れるように、雪を睨み付け歩き続けることにした。
道はついに、山道に入り、岩がゴロゴロと転がる道になってくる。白い息を吐き出し、一歩、一歩、踏みしめるように歩く。雪山に入るのはマサヨシにとって初めての経験だった。装備が不足しているのは承知しているが、迂回路も存在しない。
この雪山を越えなければ、北に行くことはできないことをマサヨシは知っている。
ふと、思い立ってオーイシに声をかけた。
「オーイシ、空を飛んで山を越えられないか」
「無理だな」
オーイシはずるりとはい出て、空を見上げ、言った。
忌々しそうに灰色の雲をにらむ。
「この辺りは、気温が低い。あまり気温が低いと、私は使い物にならない」
「何だ。蛇らしく、冬眠するのか」
「似たようなものだ。それに、雲の中にいる奴らが、面倒だ」
「何がいるんだ?」
「……」
オーイシはそれには答えなかった。
無理に聞いて、へそを曲げられても困るので、それ以上、マサヨシは無理に聞くことはなかった。
自然に話し出してくれると、思ったのだ。
日がちょうど、一番高くなったころ、マサヨシは少し休むことにした。また、幸いなことに、ちょうど、雪よけになりそうな巨木があったので、その根元の地面に腰を下ろした。
背負っていた荷物の中から、食料を取り出す。石のような干しぶどうを取り出すと、口の放り込む。
乾燥してただでさえ、硬くなっていたのが、凍り付いてしまっている。口の中で転がし、ふやけたところを嚙み砕く。
ジワっとぶどうの甘さが口の中に広がる。
「わしにもくれよ」
「硬いぞ」
「はん、人の子がよく言う」
オーイシも一粒、干しぶどうを口に入れた。大きさを自在に変えられるオーイシにとってみれば、一粒の干しぶどうでも十分なのだろう。食料については、ある程度さえあれば問題ないのだろうか。
バリボリとかみ砕くような音が響く。
そんな中、マサヨシは一つの心配を抱えていた。
食料が足りないのではないか、という心配だ。
村を出るときに持たされた食料は、あくまで村を出るための食糧でしかなく、それほど多いわけでもない。この雪山を超えるだけの食糧があるとはとても思えなかった。ずさんな食糧計画であったことを、マサヨシは恥じた。通っていく最中の集落で、宿代の代わりに置いていったのは失策でしかなかった。
だからこそ、狩人を仲間に入れたかった。
そうすれば、食糧問題が解決されると考えていた。
膝を抱えて、少し温まる。
「何をしょげている」
ふと、くぐもった声が聞こえ、顔をあげた。
目の前には、あの狩人の姿があった。顔はやはり、布切れで覆われており、表情を伺うことはできないが、目はじいっと静かにマサヨシを見つめていた。弓と矢、荷物を背負い、手には小さな包みを持って立っている。
その小さな包みを、どんとマサヨシの前に置く。
「思ったよりも歩くのが遅いんだな」
「いや、その」
「食料だ。あばら家にあった分を持ってきた。この山を越えるには、十分だと思う」
狩人はマサヨシの前に屈む。
「名前はゲンだ。約束は守ってもらうぞ」
差し出された、ゲンの手を取り、マサヨシは立ちあがった。